第十章 あったかもしれない(2)心情の吐露

 リサは目を覚ました。だが、まだ意識が朦朧もうろうとしている。


 身体をよじろうと思ったが、それさえ上手く行かない。どうやら、両腕を鎖でがんじがらめにされていて、床に座らされているらしい。


 あたりは暗い。壁に掛けられた蝋燭ろうそくの明かりだけが頼りだ。どうやら石造りの建物の中らしい。よく見れば、目の前は鉄格子。


 ここは牢獄だ。


「ようやくお目覚めか。二日近く眠っていたんだぞ、お前」


 鉄格子の外に人影がある。椅子に座って、こちらを見ている。


 いや――、人じゃない。


「やっぱり、魔族……、だったのか」


「イルオール連邦の兵士だと思って、手加減していたか? まあ、俺には都合がよかったがな。だが、旧き女神の力が使えるからといって、同胞たる人間を甘く見すぎじゃあないのか? ……まあいい」


「お前は、誰、だ……」


「俺は四大魔侯爵のひとり、ラムス。……といって、その様子では、記憶していられるかどうか怪しいものだな、『月の夜の狂戦士』」


 リサは自分の頭がぐらりとして、また意識を失いかけそうになった。気を引き締めたいが、脳のどこにそんなボタンがあったか思い出せない――そんな心境だ。


「なに、を、した――?」


「眠りの術を少々。その鎖は攻撃性の空冥術を封印する。大人しくしておくことだな。なに、魔界に連れて行き、古真こしん正教せいきょう再興の象徴となってもらうだけだ。魔界での自由は保障する」


「ま、た、そう、いう――」


 何度目だろう。自分の力を利用したいという輩が現れるのは。


「いろいろ調べさせてもらった。やはり、お前の魂は、ヴェイルーガ=ディンスロヴァと関係がある。最強の神ヴェイルーガと、彼を祭祀さいしたすけたという、妹のミオヴォーナ。お前はその――」


 ミオヴォーナ? リサはそういった名前だったかと、胡乱うろんな頭で思案する。たしか、ヴェイルーガ神の妻は、レムヴェリア、と――。



 誰かが階段を下りてくる音がする。その音を、気配を察知するだけで、ラムスは振り返らない。


「ああ、魔王陛下がいらっしゃったな。ちょうど、お前が目覚めたところにとは――」


 そこから先は、轟音と衝撃の連続だった。初手から殺意のかたまり。回避して命をつないだラムスは奇跡を掴んだと言ってよい。


 魔侯爵・ラムスは抜剣し、応戦する。しかし、相手は魔族相手にさえ充分な戦略兵器。剣の一振りで壁を破壊し大地をえぐり、地上そして上空にまで轟く衝撃波を繰り出す。


「返しなさい! わたしの、大事な――ッ!」


「何だ貴様、その肌の色は、イルオール連邦人か!? いや、違う。貴様は、魔――」


 リサは、意識が遠のいていく。


「ただちに、死ぬか、消えるか、選びなさい!」


「くそっ、この女を生け捕りにするのでなければ上手く行ったはず――!」


 ああ、目の前に際限なく爆弾が落ちているようなのに、わたしはどうにも眠い。おかしい。身体が動いてくれない。頭が動いてくれない。


 でも、きっと、なんとかなる――。


++++++++++


 次にリサが意識をとりもどしたときには、満天の星々の下だった。どうやら、あの牢獄からは抜け出せたらしい。


 腰や足は地面の上だが、頭だけは、膝枕をされていた。


 リサは目を開けようと努めたが、しっかりとは開いてくれない。どうしても、また目が閉じようとしてしまう。


 だが、大筋はわかった。そこにラミザの顔があり、銀髪があり、声があったのだから。


 ラミザはリサに語りかける。


「ああ、リサ。リサ。わたし、クシェルメートお兄さまのことが大嫌い。兄妹きょうだいとしてふるまったこともないわ。家臣としてふるまえばそれでよかった。でもね、今度のことはよ。リサとの婚約だなんて。わたし、お兄さまを、殺したいわ」


 リサにはわかった。ラミザは、リサが眠っていると思っているのだ。眠っているリサに、自分の心情を吐露しているのだ。


「だけどね、リサ。あなたがその条件を飲んでしまったの。どうしたらいいの。わたし、あなたが決めたことをないがしろにはできない。あなたはわたしにとっての絶対者。わたしにとっての深淵なの」


 深、淵――? それは、いったい?


 リサは考えたが、ラミザが何を言っているのかは解らなかった。


 そうして、ラミザが歌うような声が聞こえる。


 意識が遠のいていく。


 ―― ああ、わたしの深淵。


 ―― あなたにどこまでも堕ちていきたい。


 ―― 星々の輝きも。


 ―― 神々の威光も届かない。


 ―― あなたの奥のその奥に。


 ……やっぱり、わからない。ラミザの価値観は難しすぎる。きっと、ずっと、人が及ばぬどこか遠くを見ているのだろう。


 その一方で、リサの意識は、強制的に落ちていく。


 それこそ、深淵へ。自分の奥のその奥へ。



 そして、リサは黄泉よみの国を見た。


++++++++++

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