第十章 あったかもしれない
第十章 あったかもしれない(1)憂鬱な殺戮マシン
ラミザによるイルオール連邦旧メガン領・前線要塞への爆撃から、二日が経過した。
この二日間は睨み合いとなった。それはオーリア帝国陣営にとって、ありがたいことだった。敵側――イルオール連邦側が爆撃を恐れたのか、それとも地上戦でも勝てないと諦めたのか、それはわからない。
ただ、オーリア帝国軍側としては、二日が稼げたことで、飛翔艦五機に搭載する爆弾が充分な数、揃ったのだ。
皇帝クシェルメートは武将たちを通じ、末端の部下にまで次の作戦を伝達していた。
オーリア帝国軍側の被害を最小化すべく、まずは飛翔艦五機で空爆を行う。そして次に、要塞から出てきた敵兵たちに向けて迫撃砲を撃ち尽くす。敵の陣地を遠距離から荒らしきったあと、白兵戦で要塞を落とすのだ。
リサは、気乗りがしなかった。望んでいた戦争の終結は、オーリア軍による勝利——つまり、イルオール連邦を滅ぼすことでしか得られないのだろうか。
飛翔艦の主機関に空冥術で火が入れられ、五機の飛翔艦が飛び立つ。
リサは、フィズナーやベルディグロウとともに、オーリア帝国軍にまじって、空飛ぶ怪物が飛び立っていくのを見送る。
これで、敵要塞やその周辺を爆撃し尽くしたあと、出てきた敵兵を完膚なきまでに迫撃するのだ。リサなどの地上戦部隊が出撃するのはそのあとだ。
リサの頭は、このところずっと疲れていた。ひとつの問いが、脳にこべりついて離れない。
「わたしはいったい、何をやってるんだろう……」
飛翔艦群による爆撃が始まった。敵要塞周辺の大地を次々とえぐっていく。要塞からは兵士が無数に現れ、逃げまどっている。
一方的な殺戮。味方が大勢死ぬよりはいいに決まっている。しかし、これが本当の戦争か、と憂鬱になる。
以前、
殺戮マシンは、きっと、憂鬱だ。
だが——。
敵の前線要塞の周辺から空冥術の遠隔射撃が放たれ、飛翔艦群の先頭の一機を撃墜した。続いて二機目も、空中で光線に撃ち抜かれ、爆散した。
飛翔艦群の勇姿を見守っていたオーリア帝国軍人たちの集団に衝撃が走った。あの無敵の怪鳥が撃墜されるようなことがあるというのだろうか。
「なっ……!」
残りの三機は急旋回し、緊急的にイルオール連邦前線基地上空から離脱する。
リサの隣に立つ、皇帝クシェルメートが言う。
「おかしい。遠隔型空冥術士のことは検討ずみだ。結論として、飛翔艦の高度と防御力であれば、敵の攻撃能力を上回るはずだった」
「クシェルメート陛下、あの先頭の一機って、ラミザの乗っていたやつですよね!? 撃墜されて……」
撃墜されて、遠くの荒野で爆発、炎上しているのがそれだ。
「ああ、だが、あとには引けない。迫撃砲射撃開始!」
皇帝クシェルメートの号令とともに、迫撃砲から爆弾が打ち出され、崖下の敵前線基地の周辺をえぐっていく。そして、そのあたりの人間も吹き飛ぶ。
「この状況で言えることは、想定した以上の魔族が合流している可能性があるということだ。一度仕掛けた攻撃だ。無駄にしないうちに追撃せねば、向こうから来るぞ」
皇帝クシェルメートは自分の馬まで走り、さっと騎乗する。そして、抜剣し、「われに続け!」と叫ぶ。
武将たちも、騎兵たちも、歩兵たちも、雄叫びを上げて、皇帝のあとに続く。こういうときに先頭に立てるのは、君主として立派なほうなのだろうなと、リサは思う。
土埃あげて、坂道を下りていくオーリア帝国軍に、リサは合流して走った。空冥術による身体強化があれば、馬の速度にだって引けを取らない。
リサが走れば、フィズナーもベルディグロウも抜剣して追随する。
味方を一気に追い越して、リサは左手に光の槍をつくり出して、敵の大群に向かっていく。
一部、彗星銃を持っている敵もいるが、そんなものは相手にならない。さっと回避し、同じ射線で光弾を撃ち返せばいいだけだ。
「乱戦なんて――ッ!」
リサは光の槍で地面を薙ぎ、足場ごと敵兵を巻き上げる。敵がバランスを崩したところへ――殺さぬように――槍で攻撃を見舞っていく。
そして一回転。自分を中心に、周囲に光弾をまき散らす。もちろん、ついて来てくれているフィズナーやベルディグロウを巻き込まないようにはしている。
「――あの要塞さえ掌握すれば!」
リサは槍を回転させ、前進する。飛び上がり、振り落とす一撃だけで、敵を何人も巻き込んで吹き飛ばす。
敵の前線要塞へは、少しずつ近づいている。
これを繰り返しさえすれば――。
「……随分と、手間の掛かる戦い方をしているのだな」
声がしたほうにリサは振り返り、槍の一撃を加える。しかし――。光の槍はその敵の剣によって受け止められてしまった。
「邪魔を、するなッ!!」
リサは光の槍ごと回転し、次の突きへと滑らかに移行する――。
はずだった。
「ぐ……?」
リサは、自分が強烈な衝撃を受けたことだけ、わかった。
「まあ、生け捕りにしろとのことでな。俺もまた、手間の掛かることをしているわけだ。お
敵の男がそう言う。リサは、自分の腹に拳が突き込まれているのを見る。空冥術の身体強化を貫通してくるほどの威力。
並の敵ではない。剣を持ちながら、拳で攻撃してきた、その余裕。褐色の肌に、紫色の髪。
ああ、そうか――。
「お前は、魔族……。飛翔艦も、お前が……」
「俺が撃墜した。あんな
そう言いながら、魔族の男は、意識朦朧としているリサの額に指を当てる。
何らかの術だ。リサが気づいたときにはもう遅い。彼女の意識は闇に落ちていた。
「「リサ!」」
フィズナーとベルディグロウが駆けつけ、魔族を倒そうとする。リサは何らかの術を掛けられ、地面に倒れてしまったところだ。
「これ以上は俺の仕事じゃない。消えてもらおうか」
魔族の男は空冥力を剣に込め、黒い稲妻を帯びた一撃を、戦場の広範囲に見舞う。
「くそっ!」
フィズナーは悪態をついた。
相手の攻撃が強力すぎる。空冥力の盾を展開して身を守るので精一杯だ。ベルディグロウも同じように、身を守っている。
より悲惨だったのは、魔族の男の攻撃に気づけなかった者たちだ。オーリア帝国軍も、イルオール連邦兵士も、みんなまとめて吹き飛ばされる。それも、リサのような加減はない。軒並み致命傷だ。
死屍累々。
たったの一撃でこれだ。
フィズナーもベルディグロウも、自分の命は守り抜いたが、相手が小さく見えるくらい、相当な距離を吹き飛ばされたことに気づいた。
魔族の男は地面に転がるリサを担ぎ上げ、飛ぶような速さで去って行く。
「撤退! 一時撤退!」
武将たちの声を聞き、フィズナーもベルディグロウも撤退せざるを得なくなった。敵も味方も混乱している。こんな状態で殺し合うなど、もはや何にもならない。
崖の上のヴィ・レー・シュト要塞まで戻ったフィズナーとベルディグロウは、逃げ戻ってきたオーリア帝国軍人のなかに、皇帝クシェルメートを見つけ出すと、すぐに事情を伝えた。
リサがさらわれた、と。
だが、皇帝クシェルメートの答えは、怒りとも落胆とも違った。
「相手は魔族なのであろう。だが、愚かだ。彼女を本気で怒らせるとは」
フィズナーもベルディグロウも、皇帝が何のことを言っているのか、わからなかった。
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