第九章 イルオール連邦親征(4)魔族の女王の苦悩

 魔族の要塞の最上階は貴賓室となっていた。


 長いテーブルの上に両足を置き、椅子に美しい女が座っている。女は燃えるような深紅の長い髪をもち、肌は魔族らしい褐色をしている。


 彼女は、腰から下は甲冑のような重装備を着込んでいる。そして、左肩から左の指先までは一連の禍々しい籠手になっている。それは巨大な星芒具だった。

 

 女は言う。


「遅いぞ、ラムス卿」


「申し訳ございません、魔王アルボラ陛下」


 ろうそくで明かりを採っているこの貴賓室に、もうひとりの魔族が現れる。この魔族の男もまた褐色の肌で、髪の色は紫だった。


「ギッテワナ卿死亡という推測はどうであったか」


「……確かでした。首を落とされておりましたゆえ」


 ラムスからの報告を聞き、魔王アルボラは目を瞑り、顔を顰める。


「ギッテワナ卿は死に、レグロス卿はこのありさまか」


 魔王アルボラはそう言い、顎でレグロスの居所を示す。


 褐色の肌に黄色の髪の大男——レグロスは椅子にさえ座れず、壁にもたれかかって、力なく床に転がっている状態だった。そして、視線は定まらず、言語にならないうわごとを延々繰り返している。


 これが、黒魔騎士レグロスと畏れられた四大魔侯爵の一角の現状だ。


 その状況を初めて見たラムスは、思わずつぶやく。


「……これはひどい」


「ひどいだと? 他人事のように……。この地で陸戦兵器の試験・販売をやるよう、レグロス卿にそそのかしたのは卿だと聞いているが?」


「あくまでの候補地のひとつとして渡したまでです。陛下」


「……四大魔侯爵のうち三魔侯爵までもが、このアーケモスの地にいる事態。しかも、そのうちひとりは死に、うちひとりはこのように壊れてしまっている。誇り高き魔族が、なんたるザマだ」


 魔王アルボラは苦々しげにそう言った。だが、それを聞いているラムスは涼しげな顔をして、別の報告内容へと移る。


「魔王陛下、このアーケモス惑星世界を選択したのは、単に兵器の実験場として好都合なだけでなく、ヴェーラ惑星世界との代理戦争を行わせるためだけでもないのです」


「ほう。なんだ、言ってみろ。この損害に見合うのだろうな?」


「むしろ、補ってあまりあると考えます」


「……なんだと? 何を以てすれば、四大魔侯爵が半壊した状態を補えると言うのか」


 もったいぶった様子で、ラムスはアルボラの向かいの椅子に座る。


「このアーケモス惑星世界には、旧きディンスロヴァの系譜を継ぐ者がいると仮説を立てていました。それゆえ、レグロス卿をこの地へ送り込んだのですが……。実際に、目標を発見したのは、ギッテワナ卿のほうでした」


「……何?」


「ギッテワナ卿の遺体から情報チップを回収しました。すると、驚いたことに、ギッテワナ卿はこの地に『旧き女神の二重存在』なるものを発見していたことがわかったのです」


「まさか、その旧き女神とは……」


「この地の者どもは、ヴェイルーガ=ディンスロヴァの妻、レムヴェリア女神の二重存在と見ているようです。しかし――」


「しかし、何だ?」


「いや、まだ確証はありません。ただ、この地の者が見極めたとおり、ヴェイルーガ神に限りなく近しい女神の二重存在であることは間違いないかと」


 それを聞き、魔王アルボラは立ち上がる。


「われわれは現在のディンスロヴァによって魔の者として貶められた者。だが、同時にわれわれは、誉れ高きディオロ神の系譜を引く者。そして、ディオロ神はヴェイルーガ神を導いた原初の神のひとり……」


「ええ、ついに、始まるのです。陛下。われらの古真正教の信仰の再興が」


「よいだろう、ラムス卿。卿に命ずる。必ずや、その者を生け捕りにするのだ! この『神なき時代』を終わらせるのだ!」


 ラムスも椅子から立ちあがり、魔王アルボラに頭を下げる。


「はっ、必ずや! 陛下の前にお連れいたします」


「ラムス卿。それで、その者の名は何という?」


「名前でなく、通称であれば。――『月の夜の狂戦士』と」


++++++++++


 日が暮れ、五機の飛翔艦がヴィ・レー・シュト要塞のそばに着陸する。


 リサはそれらを目の前にして、やはり巨大だと感じた。日本においても、爆撃機は爆弾を積むために、戦闘機よりは巨大な造りになっている。


 だが、これはそれとは違う。まるで空飛ぶ船だ。艦内は複数の人間が歩くほどの広さがあり、座席も四つあるという。そして、何倍も大きな羽。この中になら、桁違いの数の爆弾を用意しておけるだろう。


 飛翔艦群から出てきた乗組員たちを、ヴィ・レー・シュト要塞のオーリア帝国兵士たちが喝采で迎える。


 先頭を歩くラミザは澄ましたもので、喝采には何度か小さく手を振るにとどめた。彼女の後ろを歩く部下たちが跳び上がったり大きく手を振ったりして喜びを示しているのとは大違いだ。


「無事な帰還、嬉しく思うぞ。ラミザ参謀官。よくやってくれた」


 皇帝クシェルメートはそう言って、ラミザを迎えた。ラミザは軽く一礼する。


「はい。手筈通りに進んでおります。爆弾は明後日の補給になるかと」


 そうして、顔を上げると、ラミザは今度はリサのほうへと歩む。


「すべてを、あなたに差し上げます。わたしの大切なかた」


 ラミザはリサに向かってそう言った。皇帝クシェルメートは苦笑する。


「はは、ラミザ参謀官。その女性は、余の婚約者であり、将来の国母――」


 だが、話の途中で、皇帝クシェルメートは、自分に紅玉の両眼が向けられていることに気づいた。ラミザはその両眼で何ごとかを訴えかけている。


「……であれば、『わたしの大切なかた』でも、間違いはないかと」


「ああ、そうだな。そなたの言うことは間違っていない」


「それでは」


 ラミザは一礼して、要塞のほうへと歩んでいく。


 その背が遠ざかっていくのを見て、皇帝クシェルメートは安堵の溜息を漏らすのだった。


「あれの扱いは、昔から難しいのだ」


 リサも皇帝クシェルメートの隣でラミザの背中を眺める。


「そうですね。……わたしにも、すごくできる姉がいるので、わかります」


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