第九章 イルオール連邦親征(2)ひきがね

 リサは単独、ヴィ・レー・シュト要塞へと訪れ、そこを哨戒している兵士たちに、立ち去るように言った。


「ここまでは、オーリア帝国の領土であると聞きました。ですから、立ち退いては頂けませんか?」


 当然、反応は、「なんだお前は?」「ふざけているのか?」といったようなものだった。


 暗闇のなかだったから、砂除け帽子を被った姿では、一見して女に見えなかったかもしれない。しかし、その声質から明らかに女とわかったはずだ。


 イルオール連邦の兵士は、武器も持たずに突然現れた女――リサのことを当然軽視した。


「小娘が。すぐにここを去れ、でなければ――」


 だが、もうひとりの兵士が彼に言う。


「この女、なにか妙だ。『黒鳥の檻』からの噂とされているものでは、『月の夜の狂戦士』は女だという話だった」


「まさか、そんな与太話」


「しかし、警戒するに越したことはない。こいつの肌は白い」


「オーリア帝国の刺客だろうが、『月の夜の狂戦士』だろうが、ここで殺してしまえば終わりだ!」


 イルオール連邦の兵士が剣で斬り掛かってきたところで、リサは回避する。


 『未来視』。


 この近距離であれば、相手の動きの数秒先までが読み取れる。


 何度も振り下ろされる剣。しかし、リサはそれをすべてかわした。攻撃をかわすことに苦労はない。ただ――かわせる程度の攻撃だからかわしたにすぎない。


 リサは言う。


「やめてください。戦闘は望みません。……そこの崖が国境線ですよね。みなさんで、崖の向こうまで退去してください。お願いします。無駄な戦いはしたくないんです」


「貴様! 莫迦にするのも大概にしろ!」


 敵にとっては、リサの落ち着いた話し方も、物腰も、逆上の材料でしかなかった。しかも、無駄な戦いという語の選択が、リサの意図と異なって伝わっている。


 リサに斬り掛かっている兵士ではないほうが、角笛を吹く。戦闘開始の合図だ。その音に引き寄せられて、哨戒中の兵士たちが集まってくる。


「……仕方ない」


 リサは左手に光の槍をつくり出し、それを振り回して応戦する。手始めに、いま斬り掛かってきている兵士を一撃で昏倒させる。


 それを見て、イルオール連邦の兵士たちはたじろぐ。


 リサは彼らに向かって、光の槍を構える。


「ごめんね、少し痛いと思うけど。わたしの槍なら、みんなを殺さずに済ませる出力の調整ができる。だから――!」



 激闘が始まった。束になって掛かってくるイルオール連邦の兵士たち。それを同じく、光の槍でまとめて跳ね飛ばすリサ。


 一撃一殺――ではない。命を奪わない程度に手加減しているからこそ、難しい。気絶させ損ねた兵士は再び立ち上がって襲いかかってくる。


 これは体力勝負だ。


 幸い、月は出ている。満月ほどではないにしても、空冥力は増強されていて、枯渇を懸念する必要はない。


「それにしても――!」


 哨戒中の兵士たちだけでこれだけいたのかという状況だ。槍を回転させ、自らも回りながら、四方から迫る敵をなぎ倒していく。



 さらに角笛が鳴り響く。先ほどのよりも、鳴る回数が多い。


 すると今度は、ヴィ・レー・シュト要塞の扉が開く。そうして、要塞の中から、武器を持った兵士たちが湧くように出てくる。


 しかも、彼らの一定数は彗星銃を装備している。遠距離から撃たれることさえも、気をつけなければならない。


 リサも負けてはいない。光の槍を回転させながら敵の攻撃を防ぎ、そして、光弾を撃ち出して遠距離の敵を打ち倒す。


 直接切り込まれる攻撃は避け、敵の背後に回り込み、迫り来る敵をまとめて倒す。光の槍の軌跡が、夜の闇の中で、美しい模様を描く。


 『遠見』と『未来視』の併用だ。


 さすがにこれは、満月を過ぎた月の夜には厳しい組み合わせだ。消耗するというよりも、頭痛がするような感覚。


 それというのも、イルオール連邦の兵士に対して、手加減しているからだ。殺さないようにしているからだ。全員を殺す気で掛かるなら、そんな手間など要らないのだから。

 


 リサはそれでも、要塞から続々とでてくるイルオール連邦兵士すべてを気絶させるつもりでいた。もし、敵の全員を無傷で敵陣に帰したなら、何かが変わるかもしれないと思ったからだ。


 しかし、それは無邪気な考え違いだった。


 リサは自分の背後から、つまり、オーリア帝国の陣のほうから、近づいてくる馬の足音を聞く。


「「リサ!」」


 フィズナーとベルディグロウだった。


 彼らは剣を抜き、リサの周囲に群がる敵を次々に斬り伏せていく。


 フィズナーはリサの背を護りながら、彼女を叱りつける。


「この莫迦野郎! なんでひとりで飛び込みやがった!」


「だって、わたしなら、誰も殺さずに勝てるはずだから――!」


「そんなふうに思い込むのは勝手だがよ。お前が敵陣に突っ込んで、俺たちがのんびり寝こけてられるとでも思ったのか!」


 そうだ。リサは相変わらず、自分のこととなると、鈍い。


 仲間がひとりで無数の敵と戦っていて、それを放置していられるような仲間などいない。リサ自身、そういう仲間を見つけたら、助けに入るだろう。


 またしても判断ミスだ。どうしても、仲間を思いやるような眼差しで、自分自身を見ることができなかった。


「もう、本当に――ッ!」


 なんてわたしは莫迦だったんだろう!


 フィズナーやベルディグロウに、敵への手加減などできない。彼らの武器はリサの光の槍と違って、本物――実体だ。


 血しぶきを上げ、絶命していく敵。積み上がっていく死体。



「掛かれ! いまが好機である!」


 皇帝の号令。


 それとともに、大群となったオーリア帝国軍の兵たちが押し寄せる。騎兵、歩兵、そして――。


 敵の群れの中に、何発もの爆弾が撃ち込まれる。頭上から真っ直ぐに落下し、地面で爆発を起こして敵兵を吹き飛ばし、炎をまき散らす。


 どうみても、大陸アーケモスの武器ではない。リサが振り返ると、自陣のほうになにかが見える。八キロメートルほど先。


 『遠見』を使って見てみると、それは、何基もの迫撃砲だった。なにをどう考えても日本が――おそらく秋津洲重工が製造・販売し、オーリア帝国が買ったものに間違いはない。


 なんということだろう。


 もうずっと前から、アーケモスで行われている戦闘行動に関して、日本は無関係などではなかったのだ。


 アーケモス大陸に武器を提供していたのは、魔界ヨルドミス、『ヴェーラ人』、そして日本の秋津洲財閥だ。


 リサは目の前で、無数のオーリア帝国兵士とイルオール連邦兵士が殺し合っているのを見た。


 これを今夜引き起こしたのは――わたしだ。

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