第八章 たくさんの羽(2)歌うような宣言

 リサは、カラスのような黒い羽が舞っているのを見た気がした。


 だが、実際にはそんなものは、そこにはない。


 替わりにあったのは、左腕ごと、胴体を半分切断されたギッテワナの姿だった。


「わたしのリサに、なんてことをしているのかしら」


 ラミザの声だ。


 リサの前にラミザが割り込み、剣のたった一撃で、ギッテワナを上下に切断していた。左腕が落ちる。大量の血が吹き上がる。


「な、なんだ、お前、は……?」


 口から大量の血を吐きながら、ギッテワナは急に現れた襲撃者に問うた。だが――。


「その問いすら、無粋」


 ラミザはギッテワナを蹴り、彼を草原に転がす。大量の血が地面に広がっていく。


「魔族は頑丈だわ。ちゃんと心臓は潰したと思ったのに。まだしゃべるなんて」


 剣を持ったラミザが、もはや動けないギッテワナに近づいていく。死が近いギッテワナでさえ、それは恐怖だった。


 死、以上の、なにかが、近づいてくる――。


「や、やめて、くれ――」


 ラミザはもう、ギッテワナには答えない。彼女は魔族の胸に片足を掛け、剣一本で、体重を掛け、きっちりとその首を落とした。仕上げに、切り離した首を蹴って転がし、間違いなく切断できたことを確かめる徹底ぶり。


 あまりの惨劇に、襲撃された側のリサが同情するほどだった。



 振り返るラミザ。彼女は満面の笑みを浮かべていた。血まみれの外套。血まみれの軍装。血まみれの髪。血まみれの肌。すべてが魔族の返り血だ。


 彼女は笑顔でリサに近づいてくる。


「大丈夫だった? リサ。ああ、怪我をしたのね、可哀相に」


 リサが腕や肩に負ったかすり傷を見つけると、ラミザはそこへ近寄り、リサの腕をとってまじまじと見つめたあと、……その傷を舐めた。


「ラ、ラミザ!」


 反射的に、リサはラミザから距離をとる。そんなリサに、ラミザはペロリと舌を出してみせる。、まるでそんな声が聞こえてくるかのような仕草だ。


 仕草の愛くるしさと、やっていることの無慈悲さとが、まるで釣り合っていない。


「皇帝陛下はひどいと思わない?」


 ラミザの高くてかわいらしい声。それでいて、落ち着いた声。いままさに魔族の首を切り落とし、返り血で真っ赤になっている人間の言葉とは思えない。


「……なんで?」


「わたしのリサを盗ってしまおうとするの。ねえ、どうしたら、ちゃんと、わたしのものになってくれるの?」


「えっと、それは……」


「だからね、リサ。わたしは、このアーケモスを統一することにしたの。知ってる? この街の名前。デルン大帝は歴史上九番目にアーケモス全土を統一したおかた。わたしはね、になって、このアーケモスを統一するの!」


 それは、途方もない野望だった。イルオール連邦だけではない。その向こうのエンドル王国も、名も知らぬ小国も、はては自国・オーリア帝国さえも敵に回すような発言だ。


 それは、オーリア皇帝が黙っていないよと、リサは言おうとした。だが、その前に、ラミザが草原の上でくるくると回り、歌うように宣言を始める。足下に転がっている魔族の遺体など、ないも同然だ。


「ああ、わたしのアーケモス! リサにあげるためのアーケモス! 欲しいものは何だってあげる! 天に瞬く星辰の宝石! どれが欲しい?」


 ラミザは気がはやってしまっている。心はここになく、不安と焦燥から、途方もない夢を語る。


 リサの両肩はラミザに掴まれる。ラミザは終始笑顔だったが、それは『貼り付いたような』笑顔だった。


「ねえ、どれでも欲しいものをあげるわ! いくつでも!」


 そんなラミザに対して、リサができることはとても少ない。だけれど、気持ちだけは伝えておこうと思った。


 リサは返り血まみれのラミザの頭を優しく撫でる。


「大丈夫。わたしは、どこにもいかないよ。誰にも盗られたりしないんだよ」


 すると、ラミザの動きは止まる。恍惚こうこつとした表情がどこかへいく。真顔になって、自分の手で、頭の上にあるものを触る。


 それはまるで、暗闇で、探し求めているものを探るかのようだった。


 戦闘力も高く、知力も高い、美貌さえ備えている。そんなラミザが、まるで暗闇の中に閉じ込められた不自由な囚人のように、頭の上のリサの手にたどりつく。


「わたしは——」


 そして、ラミザは両の手で、リサの手を捕まえると、まじまじと見た。そして、それによって撫でられていたことを思い出し、泣き崩れる。


「わたしは、リサに、怖がって欲しかった! 反発して欲しかったの! だって、だって、わたしは、とても恐ろしい存在なのよ! なのに、どうして、優しくしてくれるの!」


 両膝を折り、尻餅をついて泣き叫ぶ様は、まるで子供のようだった。


 リサは、きっと、ラミザは子供のころにこんなふうに泣くことができなかったのだろう、と思った。


「怖くないよ、ラミザ。怖くない。何も怖いことなんて、ないんだよ」


 リサがそう言って頭を撫でると、ラミザは一層、声を出して泣くのだった。


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