第七章 婚約(2)手合わせ、そして求婚

 皇帝との打ち合いが始まった。皇帝の武器はやや破壊力に寄った長剣。だというのに、取り回しが上手いのか、攻撃が間断なく繰り出される。


 リサの武器は光の槍。重さがないため、重力や遠心力に支配されずに戦うことができる。それでも、相手の攻撃はしっかり受け、そして捌くことができる。


 これは……、強い!


 リサは確信した。オーリア帝国皇帝は、かなりの手練れだ。正攻法で応酬をしている限り、決して隙を見せない。


 いや、隙はいくらかあった。だが、それは隙に見せかけた罠。リサはそこに誘われそうになりながらも、隙を見せられれば、必ず別の方向から攻撃するようにした。


 皇帝の表情は自信に満ちあふれている。そして戦いが展開するほどに、その表情に喜びが灯り始める。


 皇帝の側に、勝てる自信のある一撃があったのだろう。しかし、それをリサは跳んで回避する。紺色のワンピースの薄い布地が鮮やかに光を通す。


 空中で身体をひねり、宙空から突きの連撃と光弾の連射を見舞う。


 さすがにこれには、皇帝は空冥力の盾を張って一歩下がる。だが、下がったのは一歩。そこから飛ぶようにリサに縦一閃、斬り掛かる。


 しかし、リサは槍の柄でそれを受けると、そこを中心にぐるりと回転し、皇帝の背後をとった。そして突き掛かる。


 皇帝はリサの突きを読んでいたかのように回避すると、振り返りざまに横一閃。だが、リサはそれも槍の柄で受け、槍を回して振り払う。



 そこから暫くは、攻撃のない時間だった。五秒弱。長剣を右手に提げた皇帝が、光の槍を構えているリサを眺めている。実に楽しそうだ。


 満足したのか、皇帝は長剣を鞘に収める。そして、鞘を帯から外し、剣を大理石の床に置く。


「いったい、何を」


「余の負けだ。実に……強い。舞うような戦いであった」


 そして、皇帝はリサの前にひざまずく。リサには、何が起こっているのか理解できない。


 あの皇帝が、目の前で……。両膝を、床に?


「あ、あの……?」


「リサ・アイカワ殿よ」


「はい」


「そなたこそ、選ばれし者。神話において最強と名高い旧きディンスロヴァ、ヴェイルーガ神の伴侶。最強の女神と謳われたレムヴェリア女神、のこの世への顕現と認める」


 皇帝は何を言っているのだろう? リサは呆気にとられてしまう。


 ついにリサは、神の巫女ではなく、神そのものとして認定されてしまったのだ。


「あ、あの? それはつまり?」


「そなたをこそ、女神レムヴェリアの二重存在と認める。そして、余、クシェルメート・グム=オーリアは、リサ・アイカワ様に求婚申し上げる」


 さきほどから、皇帝による一方的な要求と奇行が続いていたが、話はついにここまで来てしまった。


 リサは皇帝クシェルメートに求婚されたのだ。


 玉座の間の全員がまたも動揺した。エドセナに至っては、立っていられず、倒れるまでになってしまった。彼女は前・皇后候補からの推薦で、皇后候補として名が挙がっていたはずだからだ。


 リサ自身も、突然のことに、どうしたらいいかわからない。動揺しすぎて、いまのいままで光の槍を出しっぱなしだったことに気づく。慌てて、それを消す。


「そ、そんなことを、急に言われましても……」


「オーリア帝国皇帝として申し上げる。事実、いまのアーケモスはイルオール連邦との戦争だけが問題なのではないのだ。魔界ヨルドミス、さらにはヴェーラ惑星世界といった外の世界からの支配を受けている」


 なんと答えたらいいかわからないリサは、ただ聞くことにした。皇帝の陳述は続く。


「日本政府ですら、影ではヴェーラによる干渉を受けているありさま。ゆえに、合同の可能性ありと見て、シデルーン総司令とラミザ参謀官を日本へと視察に送った。そして、日本政府よりは秋津洲財閥に可能性を見た」


「その、シデルーン総司令のことは……」


 リサはつぶやくように言った。シデルーン総司令は日本で殺されたのだ。そして、犯人は限りなく、ラミザ参謀官だ。彼女はすぐそこにいる。


「このアーケモス惑星世界を、つまり、日本を含めたこの世界を守るため、余に力を貸してはもらえないだろうか。オーリア帝国皇帝と旧き女神の二重存在が婚姻関係となれば、魔界とヴェーラの悪影響は取り除けるだろう」


 皇帝が言っていることが本当なら、皇帝に力を貸すということは、オーリア帝国どころか日本を守ることにも繋がる。


「それで、どうして結婚が必要なんですか」


「婚姻は最大の結びつき。リサ殿を引き込もうと狙う者は、イルオール連邦にも、魔界ヨルドミスにも、ヴェーラにもいるであろう。それを、婚姻により防ぐ。そうでなくてもわが皇族はヴェイルーガ神の神託を受けた一族。そなたを他の者に奪われるわけにはいかぬのだ」


「……そうですか」


「そうでなくとも、余は、ひとりの男として、そなたに心を奪われた。これは本当だ」


 リサは心臓が止まるかと思った。静寂。周囲の誰もが無言で、音を立てないようにし、動向を見守っている。


 ばれないように、リサ派深呼吸をする。ここで動揺を悟られてはいけない。これは交渉なのだから。


「わかりました」


 リサが答えると、周囲の人々が一斉にざわつく。フィズナーに至っては、「お前正気か!?」とまで叫んでいる。


「おお、では」


「ですが、条件があります」


「申してみよ」


「わたしたちをイルオール連邦親征に連れて行ってください。先にも話したように、『黒鳥の檻』や魔族の問題は、わたしたちの懸案でもあります」


「なんだ。それなら構わぬ。余について来るがよい」


 先ほどとは打って変わって、皇帝の態度が軟化した。フィズナーの申し立てをバッサリやったあれは何だったのだろう。まさか、あそこから交渉が始まっていたのだろうか。

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