第六章 神域聖帝教会
第六章 神域聖帝教会(1)大神官という男
神域聖帝教会の本部は、オーリア帝国における宗教の総本山であるだけあって、祭りでもないのに入口に人がごった返していた。
夕食前の時間だ。みんな家に帰っていてもおかしくない。だが、街の中でも、ここだけはひときわ人間が多い。
みな、この入口だけでもありがたがって、そこで祈りを捧げているのだ。
切羽詰まった人たちだろうか。リサはそんなことを想像してみたが、人々の抱えている悩みなど、見てわかるわけもない。
そんななかを、ベルディグロウはひょいと中へ入っていく。神官の証としてのペンダントを付けているから、まわりの人も不思議には思わないようだ。だが、リサ自身は付けていない。
だが、ベルディグロウが振り返り、待っているので、入って行かざるをえない。リサは、周囲の視線をできるだけ気にしないようにしながら、教会の中へと入っていく。
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「この娘か、ベルディグロウよ」
厳めしい顔つきをした、豪奢な飾りの付いた衣装を着た男が、ベルディグロウにそう言った。
派手な箱形の帽子。刺繍のされたローブに、肩から幾重にも重ねられた飾り布。ローブの裾から覗く帯まで、細かい刺繍がなされている。
ここはホールだった。祭事が行われるとき、人々が集まるための、ドーム型の集会所だ。前方には、ベルディグロウが首から掛けているペンダントのモチーフと同じものが掲げてある。
それは以前、彼が「神界への帰依を表すもの」と呼んでいたものだ。
「はい。大神官エルブ様。このリサこそ、ディンスロヴァに選ばれし者かと」
そう言いながら、ベルディグロウは両膝を地面につく。
きっと偉い人なのだろうと思い、リサも同じように膝をつこうとするが、それはベルディグロウに止められる。
「あなたは選ばれし者だ。そうすると、われわれ神に使える者に対し、膝をつく必要はない」
そのやりとりを見て、大神官エルブは「ふん」と鼻を鳴らす。
「本当にそうであればの話だがな、ベルディグロウ。貴様はいつもしくじる」
「……この任務に関しては、間違いはないかと」
「どうだかな。貴様は無能だからな」
壇上にいた大神官エルブが下りてくる。リサは反射的に警戒する。あのベルディグロウにそんな暴言を吐くなんて、許しがたいことだ。
「娘よ。空冥術が使えるはずだな。起動してみよ。連繋言語の輝きを、わしが見よう」
大神官にそう言われて、お断りだと突っぱねることもできた。だが、悔しいが、それだとベルディグロウの汚名を返上できない。渋々、リサは星芒具を起動する。
リサの左手に、光の槍が出現する。
それを見た大神官エルブは、リサの左手に近寄り、星芒具上の宝石――連繋言語をまじまじと見る。それらは術の行使中輝いている。
そんな輝きひとつで何がわかるのだろうと、リサは思っていたが、案の定、次の指示が出る。
「リサとやら。祭壇の上に
どうやら、テストは第二段階に入っていたらしい。とはいえ、力を移す? どうやればいいのだろう。
リサがそう思案していると、ベルディグロウがひと言言う。
「いつも放っている光弾を、あれにぶつければいい。ただし、壊さぬように。あれは空冥力を長時間保っていられる珠だ」
なるほど。そう説明されれば意味はわかる。
リサは光の槍を構え、それから、軽く槍を回転させて光弾を撃ち出す。威力としては非常に弱いものだったが、それで充分だったらしい。
銀色だった珠は黄色い輝きを灯した。これで成功したようだ。
リサは、その様子はまるで、満月のようだと思った。
大神官エルブはその珠を取り、持ち上げると、リサとベルディグロウの両名に言う。
「これでよい。あとは食事にしよう。リサ殿、こちらへ来て、使用人の案内を受けるがよい。ベルディグロウ、特別に貴様の随伴を許す」
「ありがとうございます」
ベルディグロウは跪いたまま、即座に礼を返した。だというのに、大神官エルブは不満げに、ホールの奥の扉へと進んでいく。リサにとっては不満でしかない。
だが、大神官エルブに追いつかなければならない。リサは跪いたままのベルディグロウの手を取る。
「グロウ、一緒に行こう」
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異様に長いテーブル。何人掛けだろうかとリサは思い、席数を数えた。
片側十二席。両側で二四人が座れる計算だ。
それの右手側のちょうど真ん中の席に、ひとり分の食事が運ばれて来ている。そして、その向かいにはふたり分の食事が来ている。
つまり、右手側が大神官エルブの座るほうで、左手側がリサたちの座るほうだ。そう解釈して、リサは左手側に行こうとしたが、使用人によると、どうやらそうではないらしい。
なんと、リサのほうがひとりで座るのだ。つまり、教会側ふたりと神に選ばれし者(仮)が向かい合うのだという。
ベルディグロウが静かに言う。
「どうやら、大神官様は、リサについてかなり確信度を高めたようだ」
そう言い残して、ベルディグロウは左手側に座る。リサは仕方なく、右手側に座る。
そうこうしているうちに、大神官エルブが到着し、ベルディグロウの隣に座る。エルブはリサのちょうど正面の位置に座っており、まるでその隣のベルディグロウがお供のようだ。
「いやあ、リサ殿。きょうはお会いできて嬉しく思います。ぜひ、存分にお召し上がりください。ああ、葡萄酒は好まれますかな?」
大神官エルブの上機嫌ぶりは、初対面のときとはまるで別人だ。さんざ人のことを「この娘」呼ばわりして、見事なまでの手のひら返しだ。
そのうちその手首取れろと、リサは思う。
「いいえ、まだ本国では未成年ですので。ジュースなど頂けると嬉しいです」
運ばれてくるのはステーキだ。リサは、またか、と思ったが、肉を焼くというのは極めて基本的な調理法だ。これに不満を言っていてはいけない。日本の食文化が異常なのだ。
それに、よく見れば、保存の利くよう加工された肉ではなく、新鮮な肉だ。こういうたぐいのステーキは久しぶりな気がする。そうとわかれば、ありがたく、美味しくいただくとしよう。
「いただきます」
日本の外では使用されないその文言を唱えてから、リサは次々に運ばれてくる美味しい料理を堪能したのだった。
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