第一章 アーケモスの女(2)リーダーで貴婦人で
コーディネイトが出来上がって店から出てきたリサを見て、フィズナーは大笑いする。そして、代金を支払うために店内に入っていく。
リサはベルディグロウのところに近寄って、小声で彼に訊く。
「これ……。何か変だった?」
「いや、変ではない。むしろ、すっかりオーリア帝国西部——海辺の女だ。フィズナーは、仕上がりが見事すぎて笑ったのだと思う。私も、大変似合っていると思う」
「えー、ほんとかな」
「ああ。こちらの大陸に来る日本人は男ばかりだし、彼らはどうもこちらの服を着たがらない。だから、新鮮で面白いのだろう」
「そっか。それならいいけど……」
いまだに店内から聞こえてくる爆笑に、リサはまた、なんだかイラッとするのだった。
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そうして身なりを整えたあと、リサたちはモリオン子爵の屋敷へと赴いた。ここでも、ベルディグロウの神官騎士という肩書きが効いた。
即座に、リサたちは客間に通され、程なくしてモリオン子爵が現れる。
モリオン子爵は背が低く肥え太っていて、それでいて丸顔に髭が生え散らかした――あまりぱっとしない男だった。
彼はどうやら上下関係に敏感なようで、まず、現役の神官騎士たるベルディグロウに頭を下げる。
だが、そのあとは、帯剣しているものの現職としては何の肩書きもないフィズナーや、アーケモスの女然とした格好のリサには、一瞥をくれただけであいさつもしない。
モリオン子爵はざらざらのあごひげを撫でながら語る。
「いやー、困ったことになりましてな。わが所領は漁業で食いつないでおるのですが。不漁ともなれば一気に食料がなくなる、あやうい土地でして」
まあ、それはそうなのだろうと、リサは思う。だが、その一言だけでも、リスク
ベルディグロウは低い声で語る。
「われわれは、この地に魔獣や野盗が出ると聞いて来たところです。それを聞いては捨て置けぬと――」
捨て置けぬと、リサが言いだしまして、と彼は言いたかったのだが、モリオン子爵がかぶせるように話し出す。
「まさにその通りなのです! 神官騎士殿! わが領内のボナックという村では、どうやら魔獣騒ぎが起こっている様子。噂によっては、悪魔憑きも出ているとか。まさに!
「……確かにそうだが、ボナック村の教会は何を?」
ベルディグロウにそう問われると、モリオン子爵は忌々しげに答える。
「あの教会は駄目だ。悪魔祓いのひとりもいやせんのだ。神域聖帝教会の神官たる意識のない連中よ」
「……お言葉だが、モリオン子爵領のほうで、教会はきちんと維持していたのだろうか」
「維持するのは中央の仕事ではないか! わが家はこんな僻地に領地を与えられて押し込まれて、一体どうしろというのだ! ここは経済が安定していないのだぞ!」
モリオン子爵は激昂してから、相手が自分よりもはるか格上だということを思いだしたらしい。最後に、小声で「失礼しました」と付け足す。
みっともない男だなあと、リサは思う。だが、思うだけにとどめておいた。代わりに、こう言う。
「じゃあ、わたしたちでボナック村に行って、事件を解決してきます。そうしたら、見返りに、首都デルンまで馬車を出してもらえませんか?」
驚いたのは、モリオン子爵だ。神官騎士について来ただけの『ただの女』が、突然今後のプランを話し出し、見返りまで要求し始めたのだから。
「な、なんだ貴様は! 小娘ごときが、このわしをなんと心得るか!」
「モリオン子爵さん、あんたこそ、この『小娘』が何者か、よく心得ていたほうがいいと思うけどな。な、旦那?」
そう言いながら、フィズナーは両手を頭の上で組み、脚も組む。
ベルディグロウはうなずく。
「ああ、この女性は……。われわれ三人の『リーダー』だ」
神官騎士にそう言われて、モリオン子爵はぽかんと口を開けたまま首をかしげる。理解が追いつかないといった風情だ。
リサ、フィズナー、ベルディグロウ。この三人のリーダーはいまやリサということになっていた。照れ隠しに、リサは毛量の多いもさもさの頭を掻く。
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そうして、リサたちはボナック村へと赴き、魔獣と悪魔憑きで村を乗っ取ろうとしていた空冥術士を退治したのだった。
夜通し戦ったため、リサたちがモリオン子爵の屋敷に帰り着いたのは翌日の午前だった。
リサは眠気にうつらうつらしていたが、ベルディグロウとフィズナーが領主と話をしてくれていたところまでは記憶している。
「わかった! 首都デルンまでの馬車を用意するから、それまで当家で休んでいてくれ!」
……どうやら、馬車の調達はできるようだ。
気がついたときには、リサはベッドの上だった。ここがモリオン子爵の屋敷らしい、というところまではわかった。
窓の外の光の様子から、昼過ぎまで寝ていたことがわかる。
フィズナーは同じ部屋の中のソファーで眠っている。それを見て、彼は自分のためにベッドを明け渡してくれたのだと理解する。少々荒っぽいところはあるが、彼は育ちがよく、紳士なのだ。
身を起こし、ぼさぼさの長い髪をなでつけていると、背後から声が掛かる。
「起きたのか」
ベルディグロウだ。リサが振り返ると、彼は壁を背にもたれ掛かって立っていた。……そしてリサは気づいた。彼は立ったまま仮眠をとっていたのだ。
なんてことだ。この三人組のうち、ふたりまでもが紳士だった。紳士だらけのチームだ。何も考えずにベッドを占領して眠っていたのはどうやら自分だけらしい。
そう思ってから、リサはモリオン子爵の屋敷まできちんと歩いてきた記憶さえないことに気づく。ベルディグロウかフィズナーがベッドをリサに与えてくれたのだろう。
恩義を受けっぱなしのリサは、ベルディグロウに言う。
「グロウ、そんなところで立ったまま……」
「構わない。私は訓練を受けている」
「いや、そうだろうけど、ちゃんと寝てよね。わたしはちょっと散歩に出てくるから。ほら、ベッド使って」
「貴婦人の使ったベッドで眠るなど」
「いーいーかーら! ちゃんと寝て!」
リサはベルディグロウの腕を引っ張り、なんとか彼をベッドに座らせると、「寝てよね」と言い残して部屋を出た。
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