第二部 海の向こうのアーケモス
序章 月の夜の悪魔祓い
満月の夜。
闇に包まれた村では、魔獣や悪魔憑きが跋扈していた。
真夜中だというのに、魔の者たちは屋外を徘徊している。
丸い月を背景に、建物の屋根に現れる影。
女だった。気温と湿度の高いこの国に適した薄着で、風にはためく長いスカートが、月明かりに晒され、身体のラインが逆光でシルエットになっている。
暗闇に輝く、緑色の両眼。
薄茶色の波打つ長髪が、緩やかに風にたなびいている。
彼女の右手は肩から先は露わだが、左手には肘から先に
星芒具上の宝石――
そして、姿を現す、光の槍。
彼女は屋根から飛び降りると、一撃目、不意打ちで、黒いオオカミのような魔獣を刺し貫く。
魔獣の断末魔の叫びが上がる。それが合図だ。
「リサ! 魔獣は任せた!」
「うん。フィズは悪魔憑きにやられた人たちを!」
光の槍を扱うリサは、魔獣退治に向いている。実体のない、この光の槍は、空冥術のよどみでできている魔を祓うのに適している。
対するフィズナーは元騎士で、対人戦闘のエキスパートだ。武器は攻撃とスピードのバランスを取った中型剣。
彼の本来の戦い方は殺しに向いているが、悪魔憑きに操られた人間を殺すわけにも行かない。だが、彼は人間の動きを知り尽くしている。それゆえに、操られた人間の攻撃をかわすのは
「リサ、そっちの畑のほうに魔獣がたまってる。気をつけろ!」
「ありがとう。フィズだって、手加減しすぎで怪我しないようにね!」
操られた人間を殺さないように加減しているフィズナーとは違って、魔獣相手のリサは派手に戦っている。光の槍の横薙ぎで、何体ものオオカミの魔獣を破裂させる。
小麦のような農作物を一緒にバッサリやってしまったことは、この際、大目に見てくれるだろう。村人全体が操られているのだし。
フィズナーのほうは、操られた人間の攻撃をかいくぐりながら、肘打ちや蹴りで倒していく。剣で首を落とすのが早道だが、そんなことはしない。
リサは遠見の能力を発現する。村の中に、唯一、ランタンの明かりが付いている家がある。
「グロウ! あそこ! 風見鶏の家の向こう! あそこに黒幕がいると思う!」
筋肉質な長身の男、グロウ――ベルディグロウは、彼の武器である大剣を大地に突き刺し、両膝を折って祈っていた。手には、神域聖帝教会の象徴が象られたペンダントを握っている。
「わが剣に、神の恩寵のありますことを」
ベルディグロウこそは、神域聖帝教会の神官騎士にして、本職の
彼は立ち上がり、地面から大剣を抜くと、猛然と走り出す。当然、彼にも魔獣や悪魔憑きが襲いかかる。だが、リサが遠隔から光弾を放って魔獣は撃ち貫き、悪魔憑きは昏倒させる。
道は作った。
ベルディグロウは大剣を振りかざし、怪しい家の入口を壁ごと破壊する。
家の中には黒いローブを着た怪しい男がおり、巨大な剣を持った突入に恐れおののいている。
それを見たリサは魔獣と戦いながら、益体もないことをつぶやく。
「おおー、『ダイナミックおじゃまします』じゃん……」
「なんだそれ」
フィズナーが呆れたような声を出した。
ベルディグロウは黒ローブの怪しい男に、大剣を突きつける。
「大人しくしていろ。教会に突きだしてやる」
「……あんなところに引き渡されたら人生終わりだろうが! いでよ! 魔獣ゴルオーン!」
ずしん、という振動が鳴り響く。ゴルオーンというのは岩でできた、巨大な人型の怪物だった。あの長身のベルディグロウの一・五倍は大きい。
遠目を使って見ているリサは、あれは日本では「ゴーレム」と呼ばれるたぐいのものだなあという感想を抱いた。周辺の魔獣を掃討しながらだ。かなりの余裕がある。
ゴルオーンは建物の壁を引き千切り、自分の主人たる黒ローブの怪しい男を守るためにベルディグロウに迫ってくる。
しかし、ベルディグロウの大剣は、このような大型の防御の堅い魔獣にこそ真価を発揮する。
一刀両断。
ゴルオーンは
だが、これで一層、この村を闇に沈めた男を救ってやる義理はなくなった。
人々を操り、魔獣をまき散らし、ひとつの村を好き放題にしていた黒ローブの怪しい男。その男は後ずさり、降参する。
「わ、わかった。教会でもなんでも、牢獄でも何でも行くから、許してくれ!」
しかし、ベルディグロウの表情は冷徹なまま変わらない。
「駄目だ。貴様が行くのは、地獄だ」
ベルディグロウは大剣を黒幕の男の胸に突き立て、そのまま男の背後の壁を突き破った。
「あー、あれは、日本でいう、『エクストリームおじゃましました』?」
リサがそう言うと、また、フィズナーは呆れたように返す。
「なんだそりゃ」
時をほぼ同じくして、空が白んでくる。朝日が昇る合図だ。
リサはほぼすべての魔獣を退治し終えていたが、残っていた数頭の魔獣が消えていく。そして、操られていた人々が正気を取り戻していく。
術者たる黒幕を、ベルディグロウが始末したからだ。
リサは光の槍を消し、フィズナーのほうへと歩く。彼もまた、剣を鞘に収めるところだった。
「終わったね」
「ああ」
日が昇り、村が明るくなっていく。
操られていた間の記憶がなく、困惑している村人たちをよそに、リサとフィズナーは、朝日の清い光に清々しさを感じていた。
これが、リサたちが上陸した海辺の街テネサンから馬車で数日のところにある村、ボナックでの出来事だった。
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