第十一章 日常への憧憬(2)鍋パーティー

 リサ、ノナ、ザネリヤの三人が家で鍋パーティーの準備をしていると、チャイムが鳴った。


 入ってきたのは、タクシーで乗り付けてきた安喜やすき少尉と、フィズナー、ベルディグロウだった。


「いらっしゃい、安喜さん」


 きちんと玄関で出迎えるあたり、リサはホストとしての自覚がある。


「お邪魔します、逢川さん。ところで、お母様は? 一応、ご挨拶をしておきたいのだけど……」


「母はいません。町内会の集まりのほうへ行きましたので。パーティーを締めたあとに帰ってくると思います」


「……そうですか」


 安喜少尉としても話したいことがあったのだろう。安喜少尉本人は避けたいと思っていることだが、『総合治安部隊』のエースたるリサを、あの魔竜カルディアヴァニアスに対する決戦兵器として投入する可能性だってあるのだから。



 リビングのこたつの上に出したガスコンロの上で、土鍋がぐつぐつと音を立てる。きょうの鍋はカキやタラがメインの魚介多め鍋だ。もちろん、豚や鳥などの肉も持って来た人がいたので、それも入れる。


 逢川家のこたつに、この人数は少々手狭だ。だが、この手狭さが日本らしくてまたよい。


 こたつの四辺のひとつに、フィズナーとベルディグロウが並んで座る。その隣の辺には安喜少尉が、その隣の辺にはノナが、そしてぐるっと回って最後の辺にはリサとザネリヤが座ることとなった。


 これはザネリヤによる配慮だ。彼女はいい加減なようでいて、変なところで察しがいい。


 ピンポーンとチャイムが鳴る。

  

 リサが出ると、やって来たのは最後のひとり、ラミザだった。


「もう始めているのね。遅くなってごめんなさい」


「大丈夫。始まったところだから、楽にしてて」


 そう言いながらリサはラミザをリビングへと案内し、自分はザネリヤの隣に座る。


 一瞬、ラミザがフリーズする。彼女は自分がどこへ座るべきか、思案しているようだ。しかし、安喜少尉の隣の椀が未使用であることを確認すると、そこが自分の席なのだと理解する。


 ラミザは安喜少尉の隣に座る。それはリサの向かいだったが、隣に座られるよりはずっとよかった。リサにとっては。


 ラミザはザネリヤに一瞥をくれる。ザネリヤもそれに一瞬だけ応じるが、あとは意に介さないフリをした。


 リサはいまだ、ラミザへの警戒を解けずにいる。


 しかし今晩は、ラミザは不思議なほどにリサに話しかけなかった。おかげで、リサは恐慌状態まで行かずに済んでいる。



 あいかわらず、フィズナーは酒をどんどん飲んでいる。席の関係上、やや遠いが、同じく酒好きのザネリヤと同じペースで飲んでいるようだ。


「魔竜だかなんだか知らんが、あんなもんは斬って伏せてやる!」


「そうだ! 星芒具をチューニングしてやるから、容赦なくやっちまえ!」


 酔っぱらい同士の意気投合はやたらに早いものだ。



 フィズナーは隣のベルディグロウに酒を注ごうとしたが、伊豆のときと同じように断られてしまう。仕方がないので、また伊豆のときと同じように、逆どなりの安喜少尉のグラスにビールを注ぐ。


 これでまた、安喜少尉は自分がどんなペースで酒を飲んでいるのか、まるでわからなくなってしまっている。


「やっぱり冬はカキよね」


「年中どこかしらで捕れますけどね」


 リサがそう返すと、安喜少尉は特段気にした風もなく、盛大にわざとらしく文句を言う。口調も、いつもよりも砕けている。


「まあ! これだから若い子は! 地球に日本があったときに花の女子高生だったこっちには、季節感ってものがあるのよ」


「まあ、わたしもそのころ十歳くらいなので、わからなくもないですけど」


「なーに、まだまだお子ちゃまじゃないの」


 安喜少尉はそう言って大笑いしたが、次の瞬間にはチューハイ缶を開けて一気飲みを始めた。彼女は繊細だ。軍人なんてものをしていながら、その「お子ちゃま」を前線に投入する可能性があることを重荷に感じている。



 リビングのテレビはずっと付けっぱなしだった。これはノナの要望で、彼女以外は誰も、まったく見ていない。ノナはテレビっ子だ。いま流れているのは歌番組だが、彼女は画面に見入っていて、歌に合わせてわずかに身体を左右に振りながら黙々と食べている。



 リサは、こたつの角を隔てて隣に座っているベルディグロウに話しかける。彼は無口だ。掘り下げた話をするならこういうタイミングになるだろう。


「ねえ、グロウ。神域聖帝教会っていうのの、神官騎士なんだよね。神職さんなの?」


「まあ、そうなるな」


 ベルディグロウは話をしている間、箸を置いてしまった。リサは食べながらでもいいのにと思ったが、こうなった以上、細々と話を振るよりも、まとめて訊いてしまうのが一番いいと思った。


「神職さんなのに騎士で……その、左目側の大きな刀傷は、どんな事件でついたものなの?」


「ふむ……」


「や、答えづらい話だったらいいよ」

 

 リサは両手をバタバタと振る。このジェスチャーは謙遜や拒否を表すが、これはアーケモスでも同じなのだと、以前ザネリヤが言っていた。


「これは、任務中についた傷だ。空冥術を悪しき呪いのために使う輩を成敗する際に」


「呪いみたいな使い方もあるんだね。魔獣召喚術みたいなもの?」


「いや……。部下が悪魔憑きに操られてな。それで、……判断を誤った。それだけだ」


 想像はしていたが、想像以上に重い話だった。


「ごめん」


「謝ることはない。これだけ大きな傷、目立つものだ。いままでずっと気になっていただろう」


「でも、ごめん」


「リサ、あなたが気にすることではない。私はあなたを教義のために神域聖帝教会へ連れ行こうとする者だ。恨まれこそすれ、哀れみを受けるなど――」


 リサがうつむいていると、フィズナーがベルディグロウの肩を無理矢理組む。酔っ払いだ。


「さっきから聞いていたけどさ、旦那もつらいことあったんだな。俺でよかったら話聞くから」


「やめろ、食事にならん」


「箸置いてるんだからいいじゃないか。語り合おう」


「俺は別に過去を語りたくもない。お前が好きに語っていろ。……お前だって、ジル・デュール公爵領の事件は、自分から語りたくもないだろうに」


「まあ、それはそうなんだけどな……。俺はともかく、旦那は、たまには吐き出すのもいいんじゃないのか」


「不幸を語るのに慣れると、人間、よくならんぞ」


「それは、そうかもしれないな……」


 フィズナーはなにか思うところがあったのだろう。ビールをぐいと飲むと、自分のを注ぎ、ついでに安喜少尉のグラスにも注いでおく。

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