第七章 約束の文化祭(4)メイドお好み焼き喫茶
制服に着替えたリサが生徒会室から出てくると、そこにはラミザが待っていた。彼女は嬉しげに言う。
「せっかくのお祭りだもの。いっしょに見て回ってもいいかしら?」
リサは、鏡華やノナとは別行動で共に文化祭を堪能するつもりでいた。というのも、リサと鏡華は別のクラスであり、それぞれ別の時間に自分の暮らすに行く必要があるからだ。
「ラミザさん。いいけど、わたし、クラスの仕事のときとかには抜けちゃうから……」
「大丈夫よ。その間はひとりで見て回れるもの」
「そう。それなら――」
リサがそう答えたところで、文化祭実行委員による校内放送が入る。
『お時間となりました。それではこれより、第五十五回、四ツ葉祭を始めます!!』
アナウンスとともに歓声があがる。廊下の窓の外からも楽しそうにはしゃぐ声が聞こえてくる。
生徒会のある場所は新校舎北館四階。この学校で最も高い場所だ。そこから見下ろせる校門からは、門が開くまで待っていたのだろう、大勢の客が押し寄せるように入ってきている。
「さーて、いよいよだ」
リサは自分が自然と笑顔になっているのに気づいた。これから始まるのはミッションだ。それも、うんと楽しいミッションだ。
++++++++++
リサとラミザはふたり、階段を下りて西館のほうへと移動する。文化部質の多い北館は展示系の出し物が、教室のある西館のほうが、飲食系の出し物が多い。
ちなみに、視聴覚教室も北館だから、リサたちは自分たちの演技の時間の前には北館に戻ってくる必要がある。
「ラミザさん、一緒に来てた他の三人は?」
「安喜少尉たちなら、それぞれバラバラに見て回るそうよ。安喜少尉は話を聞く限り、ここの卒業生らしいの。だから、懐かしみたいのだそうよ」
「それは聞いてない話だ」
先輩にあたるのなら、教えておいてくれてもいいのに、とリサは思う。四ツ葉高校は進学校だ。青京、洛城などの七大国立大学か、青京商業や青京工業のような都内の文系トップや理系トップ大を目指すのが普通だ。国防大学校への進学はさぞ珍しがられただろう。
安喜少尉は脇に置いておくとして、リサはまた考える。ベルディグロウとフィズナーは馴染めるだろうか。彼らは目下珍しがられているだろう。日本人離れした髪の色のフィズナーはもちろん、明らかに常人とは思えない体躯のベルディグロウは、ちょっとした出し物よりも目を引くに違いない。
「まあ、あんまり心配してもしょうがないか」
「そうよ。お客さんが増えてきて、廊下が賑わってきたわ。それに仮装した人もいるみたい。これなら、わたしたち外国人も目立たないわ」
ラミザがそう言うとおり、廊下は四ツ葉高校の生徒と来訪者たちでごった返し始めている。
気の早い飲食系のクラスなどは、売り子の女子がフリル付きの派手なメイドの格好をして客引きをしている。また、「一度入ったら出られない迷路!」などという看板を持って、大声で呼び込みを行っている男子生徒もいる。
リサが傍らを見ると、ラミザが楽しそうにしている。
「なんだかいい匂いもしてきたわ。食べ物、もう食べられるのかしら」
「早いところはもうできてるんじゃないかな。あの教室入ってみる? 飲食系みたい」
「じゃあ、ぜひ」
ふたりが入ったのは、メイドだらけの粉もん屋だった。つまり、お好み焼きやたこ焼きのような、小麦粉を焼いた食べ物を供する店だったわけだ。
リサには、店員のコスプレとあまりにもコンセプトがずれている気がした。だが、ラミザはそういうものだと思っているのか、ただただ物珍しそうに、あたりを見回している。
ふたりが向かい合って着席した座席には、メイドの格好をしたウェイトレスがつき、注文を待っている。もちろん、座席は平時は机として使われるものだ。
「じゃあ、ラミザさん、お好み焼きとたこ焼きを一人前ずつでいいかな。ふたりで分けようよ」
「いい考えね。そうしましょう」
「じゃあ、お好み焼きとたこ焼きをください」
リサがそう注文すると、メイドの格好をしたウェイトレスは注文を控えて去って行った。料金五百円はその場で支払った。
周りを見れば、もうすでにかなりの客が入っている。やはり、メイドウェイドレスの客引きの効果だろうか。
もうすでに焼き上がっていたのだろう。お好み焼き一枚とたこ焼き八個、それに水のコップがすぐに運ばれてくる。もちろん、リサとラミザに一膳ずつ割り箸も渡された。
「じゃあ、待っててね、お好み焼きはまず半分に割るから。たこ焼きはそっちの四個がラミザさんの。残りがわたしの。熱いから気をつけてね」
「熱いのね。わかった」
ラミザは割り箸を使って、たこ焼きを掴む。上手いものだ、とリサは感心する。確か、アーケモスには箸などなかったはずだ。スプーンなどを要求してもよかったなと思ったが、そんな心配は不要なようだ。
ラミザは小さな口で、たこ焼きの上半分をかじる。一口でいかないのは、リサが熱いと注意したからだろう。
「想像したよりも美味しいわ。甘いものかと思ったけど、海鮮の味がする。でも、この中に入ってる、デコボコしたものは何かしら」
「タコだね」
「タコ。タコって食べられるものなのね。アーケモスではほとんど食べないものだわ」
「大丈夫、おいしいよ」
リサはそう言いつつ、たこ焼きをひとつ自分の口に放り込む。思っていたとおり、熱い。はふはふ言いながら咀嚼し、水で流し込む。その様子を、ラミザは興味深そうに見ている。
「ふうん。そうやって食べるのね」
「タコ、だめならやめとく?」
「リサが美味しく食べられるものなら、問題ないわ」
そう言って、ラミザはたこ焼きの下半分を口に入れ、同じようにはふはふ言ってから水を飲む。
なんとも不思議な光景だ。褐色の肌に流れるような銀髪。そして整った顔に右頬の傷というアンバランスさを併せもつ美女。そして、深々とフードをかぶり、その顔を人に見せまいとしている。
そんなラミザが、初めてのたこ焼きを食べている。
「おいしいわ。タコって思っていたよりもずっと味わい深いのね。食感も不思議。アーケモスだと何に似ているかしら」
しかも気に入ったらしい。日本においても、ルーツが日本ではない人では苦手な人もいるというタコを、リサが食べるからという理由だけであっさりと受け入れてしまった。
「じゃあ、お好み焼きのほうもいってみようか」
「それには何が入っているの? またなにか不思議なもの?」
「普通に豚肉とキャベツくらいのものだよ。そのへんはアーケモスでも食べるやつだったよね」
「ええ。じゃあ普通なのね」
「うん。食べてみて」
ラミザは言われるままに、リサがするのと同じように、お好み焼きを箸で切り分けて口に入れる。
「おいしいわ」
どうやら、こちらも当たりだったらしい。
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