第七章 約束の文化祭(5)アーケモス人の文化祭

 リサとラミザのふたりでの文化祭巡りは、その後も続いた。


 段ボール迷路も入った。ラミザが一部破壊したのでリサが止めに入るシーンもあったが。


「そこは通れないんだよ」


「通れるわ、ほら」


「通れないことにして!」


 わたあめや唐揚げも食べた。どれもラミザはご満悦のようだった。こうも喜んでもらえると、リサのほうも嬉しくなってくる。


 ただ、不思議だったのは、人混み疲れをして中庭のベンチにまで来たとき、ラミザが飲み物を買うと言って姿を消したことだ。飲み物屋など、その当たりには見当たらないというのに。


 二人分の飲み物代として二百円を渡したが、ラミザがリサに「そこに座って待っててね」と強めに言ったのは不思議だった。


 リサはしばらくの間、ベンチの隣にある奇妙な像とともに待つことになった。ベンチは池のそばにあり、そのほとりに奇妙なポーズをした童子像が建っている。だが、三年間、学校に通ってほぼ毎日見ていると、逆に愛着が湧いてくるから不思議だ。


 どうやらこの像も、青京藝術大学に進学した先輩からの寄贈品だということだった。卒業生の愛校心がやけに強い。それがこの四ツ葉高校の校風だ。


 卒業生である安喜少尉も、いまごろどこかで思い出を発見しているのだろうか。



 ラミザが二人分のジュースを持って帰ってきて、リサが自分の分を飲み干すと、そろそろ演劇部の本格演劇の時間だった。


 ふたりは揃って、演劇部の演劇を見に行った。演目はハムレット。イギリスという国がない現在のアーケモスにおいて、意味が通じるかどうか不安だったが、意外にも、ラミザは食い入るように見ていた。



 演劇部の劇が終わると、リサのクラスの出し物、おばけ屋敷の時間だった。このあたりで一旦別行動になる。


「ごめんね、ラミザさん。わたし、受付担当になっちゃったから」


「仕方ないわ。それが仕事なんでしょう。大丈夫。リサの劇には間に合わせるから」


「……間に合わせるって、何を?」


 リサの問いに、ラミザは一瞬、きょとんとする。それから、言ったことを訂正する。


「ちゃんと間に合うように到着するという意味よ。視聴覚教室って、たしか向こう側の建物でしょ」


「うん。新校舎北館。もし迷ったら、学生服を着た人に、北館の視聴覚教室はどこって訊いてみて」


「わかったわ、ありがとう」


 そう言って、ラミザはすたすたと去って行った。


 ここで、リサはやはり違和感を覚えざるを得なかった。いつも別れ際にはなんとなく名残惜しそうにするラミザが、異様にあっさりしている。もっと惜しんで欲しいわけではないが、何かが引っかかる。


 ともあれ、仕事があるので、リサは自分のクラスへと向かった。


++++++++++


 クラスのおばけ屋敷は抜群の出来だった。数分おきに、暗い教室内から悲鳴が聞こえてくる。


 リサはというと、すぐあとに生徒会の演劇に出演するという理由により、おばけ役は免除された。おばけ役は絵の具で顔を真っ青にしたり、血糊まみれになったり、相当に汚れる必要があるからだ。


 そういうわけで、入口で受付をしているのだが、静かにたたずむリサを見て油断をした客が中で慌てふためくという、うまい構成になっていた。


 そこへ、ベルディグロウとフィズナーがやって来る。ふたりとも、リサの姿を見つけてやって来たという風だ。


「グロウ、フィズ」


「リサは仕事中か」


 そう言ったのはベルディグロウだ。リサは首肯する。


「うん。そっちは楽しんでる?」


「それなりに安くで食べ物をいただいた。あれは採算がとれているのだろうか?」


 リサはへらっと笑う。


「採算とかはないよ。この文化祭は儲けるためのものじゃなくて、楽しく過ごすためのものだから」


 それに驚いたのはフィズナーだ。


「マジかよ。儲かりもしないのに学生がメシ作って持って来てくれるわけか? 平和を通り越して、なんか別のものになってないか」


「そうだよ」


「信じらんねえ……」


「じゃあ、ふたりはおばけ屋敷はどう? これはタダだよ。あ、それに、このあとのわたしの出る劇もタダだからね」


「ますます信じらんねえ……」


 フィズナーは訝しそうにリサを見ている。たしかに、ノリだけでやっている文化祭のことは、国外の文化の人にはなかなか通じないだろう。


 一方、ベルディグロウは真剣な面持ちでリサに問う。


「おばけ屋敷というのは、悪霊のたぐいが出るのか?」


「悪霊は出ないけど……。悪霊風の人間は出てくるから、驚いてあげるといいかなーなんて」


 リサのそのもの言いに、フィズナーは溜息をつく。


「お前さ、この旦那が誰だか判ってるだろ。神域聖帝教会の神官騎士。いうなれば悪魔祓いエクソシストだ。本職だよ」


「あー。ここのお化けは退治してもらうと、大変まずいかな……」


 クラスメイトが除霊されてしまっては目も当てられない。


 ベルディグロウは口に手を当てて、少し考える。


「ふむ。では、私は北館の展示とやらを見て回ってくる。あれは面白いものだ。この国のことがよくわかる。フィズナー、行くぞ」


「またそっちに行くのかあ? さっき、巨大ロボアニメ?の歴史だとか、よくわからん展示で頭こんがらがったばっかなんだよ」


 困り声を上げながらも、ベルディグロウのあとを追うフィズナー。ベルディグロウのほうは、ずいずいと歩いて行く。


 リサはその様子を、苦笑いで見送るしかなかった。


 なまじ、星芒具の翻訳機能で展示物の解説が読めてしまうのいうのも考えものだ。言葉の意味がわかっても理解ができないというのはなかなか苦痛だろう。


 頑張れフィズ。リサは心の中で応援だけしておいた。


++++++++++

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