第六章 どこへ行くか、行かざるか(5)黄龍寺

 天庵てんあんという仏僧に案内されて到着したのは、商店街の外れの坂を少し上ったところにある寺だった。


 入口の門には、大きく『黄龍寺こうりゅうじ』と書かれている。


 リサもこの街の住人として、こういった寺があることは知っていたし、この寺の前を歩いたことも一度や二度ではないが、こうして境内に入るのは初めてだった。



 リサ、鏡華、ノナの三人は畳張りの部屋に通された。しばらくのちに、天庵が、緑茶の入った急須と、四つの湯飲みを盆に載せて現れる。


 天庵は盆を畳の上に置き、急須の茶を湯飲みに注いでいく。その音が、なにやら不思議と心を落ち着かせてくれる。

 

 不思議な効果もあるものだ、とリサは思う。


 落ち着いた口調――心をまったく泡立てないような言い方で、天庵は三人に語る。


「この街も、やや物騒になりましたな。カルト宗教も活動しているようですし、さすがに日本刀を振り回す輩は、きょう初めて見ました」


 お茶を注いだ湯飲みをもらって、鏡華やノナはそれを少し飲む。すると、ふたりとも、緊張や恐怖といった負の感情が和らいだようだ。


 鏡華は天庵に言う。


「あの、電話をお借りしても? 家の者が心配していると思いますので」


「はい。電話は廊下の先にありますので、お使いください。……残りのおふたりも使われますよね?」


 天庵の問いかけに、ノナは首を横に振る。


「いえ、わたしはひとり暮らしなので。お茶、ごちそうさまです」


 一方のリサは、家に電話をしても意味がないことくらいわかっていた。あの母が心配などするはずがない。それよりも、彼女には訊きたいことがある。


「わたしも大丈夫です。それよりも、天庵さん、お伺いしたいんですが、それは星芒具ですよね?」


 しかし、天庵はその『星芒具』という名に心当たりがなかった。


「ほう、これはそういうものなのですか。そういえば、あなたがたも同じようなものを付けていますね。――失礼、自己紹介を忘れておりました。拙僧は山里やまざと天庵。この黄龍寺の住職になります」


「逢川リサです。四ツ葉高校の三年生です」


「ノナ・ジルバです。いま電話をしに廊下に出たのが澄河鏡華といいます」


「これは、星芒具というものなんですね。もしや、アーケモスから来たものでしょうか」


 天庵の言葉に、リサは首を縦に振る。


「はい。ノナは翻訳機能のために、星芒具を常に使っています。一方のわたしは、戦闘用の星芒具なので……その、必要のあるときだけ使っています」


「なるほど」


 天庵はリサの言葉を受け止めた。必要のあるときとは何か、などと追及することもない。


「天庵さんはどうして、星芒具を手に入れたんでしょうか?」


「それですよね。この街にカルトが溢れるようになってから、そういった者たちに説法をしに行くことが多くなりましてな」


「そんなことあるんですか」


「ちょっとした趣味です。そうすると、以前、禅問答を行った際、荒事になってしまいまして」


「相手を怒らせたわけですか」


「『魔法教』なるものを知りたかったのです。それで、彼らを撃退した際に、この星芒具というものを手に入れました。手に巻く籠手のようでしたので、巻いてみたところ、不思議な神通力を授かったのです」


「……数少ない、日本人空冥術士だったというわけですね」


「ほう、あの不思議な力は『空冥術』というのですか。この神通力も御仏のお導きであればと思い、より一層、カルト宗教に乗り込むことが増えまして――いや、お恥ずかしい。僧が荒事などと」


「いえ、歴史的には僧兵とかもいたそうなので、変とは思いませんが……」


「そう言っていただけると、ありがたいです」


 しかし、とリサは悩む。天庵住職は在野の空冥術士であり、それをカルト宗教退治に活用している。それゆえ、『人類救世魔法教』の幹部に知られる存在にまでなっている。悪いことはしていない。だが――。


「天庵さん。自分のことを棚に上げて言いますけど、戦闘機能のある星芒具の個人所有は、この日本では許可されていないんです。銃や刀と同じ扱いなんだそうです」


「なんと」


「それで……。自己紹介を追加します。わたしは逢川リサ。国防軍総合治安部隊所属の空冥術士です。この星芒具は国防軍所有の武器として登録されていて、それを貸与される形になっています」


「国防軍……。昔は自衛隊と言われていた組織ですな。周辺国への配慮が不要になり、正式に軍に改組したという――」


「総合治安部隊は空冥術士の部隊です。まだメンバーは少ないですが。そこでは、公務として『人類救世魔法教』などと戦っています。あのカルトには空冥術士が何人かいますから、総合治安部隊が受け持っているんです」


「なるほど」


「なので、天庵さん。総合治安部隊に届け出ませんか? このまま無許可で持っていると国防軍に怒られることになると思います。わたしも怒られました。届け出ると、総合治安部隊への加入を勧められるかもしれませんが……」


「たしかに、軍に怒られるのは早いうちがよさそうですね。では、総合治安部隊とやらに電話をしましょう。逢川殿、あなたも軍へは報告事項がたくさんあるのでは?」


 図星を突かれて、リサは一瞬口ごもる。


「えっと、そうですね。わたしも、きょう何があったのかを報告しないとですね。思い出させていただいてありがとうございます」


「いえ、簡単なことです。総合治安部隊には、あなたのことを気に掛けている人がいるのではないかと思ったのです。ずっと、総合治安部隊のことを話していらっしゃったので」


 またも図星だ。この分だと、家との関係が良好でないことまで見抜かれていそうだ。……きっと、口にしないだけで、とっくに見抜いているのだろう。リサは諦め、溜息をついた。


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