第六章 どこへ行くか、行かざるか(4)武装の仏僧

 リサにはまるでわからない。宇宙人? 何を言っているんだろう? ……いや、先日、『総合治安部隊』のミーティング中に出た「魔族」というキーワード。あれは確か、『魔界』と呼ばれる惑星に住む人種だという話だった。そうすれば、広い意味では、魔族も宇宙人と言えそうだ。


 大真面目の依知川に対し、フランツが茶化す。


「『同友会』の依知川さんネ。あなた、よほどカルトの素質あるよ」


「なんとでも言うがいい」


 それは『魔族』の差し金なのか、とリサが問おうとしたところ、一瞬早く、ヴォコスが依知川に質問をする。


「『同友会』の幹部殿。それは、もしや、魔族の手によるものか、あるいは――」


 ヴォコスの問いに、依知川は一瞬だけ訝しそうにするが、ハッキリと否定する。


「いや、俺は魔族という連中のことは寡聞にして知らぬ。連中が『』と名乗っているという話は掴んでいる」


「『ヴェーラ人』――ッ!」


 その名を言いながら震え上がるヴォコス。


「どうした、ヴォコス殿」


「それは、魔族よりもずっとタチが悪い相手です。あなたがた日本人の感性では宇宙人なのでしょうが、それがしたちは、やつらが畏れ多くも『神の代理人』と自称しているのを聞いたことが――ああ、恐ろしい……」


 これもアーケモス大陸人の独特の表現なのだろうか。世界観の拡大はとどまるところを知らない。日本の外は不可思議な神を信仰するアーケモスの世界。そして、そこには『魔族』も『神の代理人』も出現している。


 さらには、、『


 ――いや、このことには聞き覚えがある。アーケモス世界には管理者がいる。日本政府も操り人形だ、と。


 リサは、それを言っていたのが誰だったのかを思い出そうとした。誰だったか……。そうだ。シデルーン総司令が初めて総合治安部隊を訪問したときに隊舎を案内していた――澄河御影だ。


 澄河御影。澄河家の長子にして、秋津洲財閥の次期総裁。彼は魔族の存在もすでに知っていた。であれば、ヴェーラ人と呼ばれる宇宙人のことについても、知っている可能性は高い。


 リサはいま一度、背後をちらと振り返る。彼女の背後では、鏡華もノナも縮こまっている。鏡華は御影の妹だが、兄が『総合治安部隊』なるもののパトロンになっていることも先日まで知らなかった。おそらく、『ヴェーラ人』のことも知らないと見ていいだろう。



 フランツが依知川のほうへと向き直る。余分な勧誘者が出て邪魔だと判断したのだろう。この勧誘においては、『人類救世魔法教』と『黒鳥の檻』はリサを共有することで話がついているようだ。だが、『大和再興同友会』はまったくの別枠だ。


「依知川さんネ。宇宙人の脅威だかなんだかしらないけど、リサさんを取られるわけにはいかないのよ」


「フランツ・ブランと言ったか。どうやら貴様は金のことしか見えていない外道のようだな。いつか成敗しようと思っていたが、どうやらいまがそのときのようだ」


 依知川は日本刀に左手を掛け、カチン、と抜刀の準備に入る。


「ヴォコスさん!」


 フランツが叫ぶかどうかと言ったところで、依知川が抜刀し、ヴォコスが空冥術の盾でフランツを守る。


 二撃、三撃、依知川の斬撃がヴォコスの「盾」に打ち込まれ、それを破壊しようとする。


 市街地で戦いが始まってしまった。流石の荒事に、他の通行人が立ち止まり、見物人が増えていく。このままではいけない。


 なんとかこの場を収めようと、リサはカバンを開けた。星芒具を取り出して、装着するのだ。リサならば、この三人を相手にしてもまだ制圧可能のはずだ。


 しかし、リサが左腕に星芒具を装着するより前に、一陣の風が彼女の傍を抜けて行く。


 シャン。


 なんの音かと思ったが、棒状の――杖の先に輪がついた――錫杖の音だった。髪を短く刈り上げ、黒い僧衣を着た青年が飛び込んできて、錫杖で依知川の刀を跳ね返していた。


 依知川は突然の乱入者に、一旦飛び退き、間合いを取る。謎の敵には無理に攻め入らない。依知川は戦い慣れしている。


「何者だ、貴様。坊主か」


「拙僧は天庵と申します。夕刻とはいえ、まだ人通りのこの街中で荒事とは、辻斬りよりも見境がないと見えますな」


 天庵と名乗る仏僧は錫杖を地面に突き、シャリンと音を鳴らす。


 リサは、この謎の僧が左手に星芒具を装着しているのを確認した。間違いない。この人は在野の空冥術士だ。


 物陰からオオカミの魔獣、ガンディアが天庵に襲いかかったが、彼はそれを錫杖の一振りで叩き潰した。魔獣の残骸は風に消えていく。


「坊主の言うことも一理ある。熱くなりすぎた」


 依知川はそう言うと納刀し、リサに頭を下げる。「ではまた、近いうちに」彼はそう言い残すと、去って行った。


 残ったのはヴォコスとフランツだ。意地でもリサを獲得したいヴォコスは天庵に向けて再度、魔獣をけしかけようとしたが、それをフランツが止める。


「ヴォコスさん、アレはよくない相手です。一時撤退といきましょう」


「なぜです? アレを倒さねば、前には進めませんが」


「アレはわれわれに対して対話の余地がない。そのうえ、分が悪い」


 そう言うフランツに対し、天庵は穏やかに話しかける。


「やはり、あなたが絡んでいましたか。『魔法教』とやらのフランツ殿。まだ続けるおつもりですかな?」


「いいえ、こちらはこのあたりでオイトマですネー。それでは」


 フランツが駆け足で去って行ったのを見て、困ったのはヴォコスだ。完全にひとりで取り残されてしまっている。目の前には得体の知れない仏僧がいて、その背後のリサは星芒具の装着が完了している。


 交渉にならず武力衝突になりつつある現状では、あまりにも不利な状況といえる。


 渋々ながら、ヴォコスも退散することにした。


「この場は仕方がないでしょう。それがしも退かせていただきましょう。ですが、神の導きあらば、リサ殿は必ず正統教会にお越しになるでしょう。それでは」


 こうして、ヴォコスも立ち去った。


 リサにして思えば、こちらは武器の装備が間に合っていない状態での、『黒鳥の檻』、『大和再興同友会』、そして『人類救世魔法教』の幹部の揃い踏みだ。背後に守るべき鏡華とノナがいることを考慮すれば、非常に危ない状況だった。


 それにしても、このお坊さんには助けられた。お礼くらいは言わないと、と思いリサは話しかける。


「あの、ありがとうございます。危ないところを助けていただいて」


 錫杖を持った僧は振り返り、女子三人に対し微笑む。


「いえ、お怪我がなくてよかった。とはいえ、まだ緊張は解けておらぬご様子。うちの寺にいらっしゃってください。粗茶ですが、お出ししますよ」


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