第六章 どこへ行くか、行かざるか(3)巫女巫女同志

「早い話が、『人類救世魔法教』も『黒鳥の檻』も、あなたに巫女として来てほしいわけなのですヨ」


 フランツはそう言った。当然、リサは訝る。


「わたしが、カルトの巫女に……?」


「ご存知の通り、われわれ『人類救世魔法教』はなにも信仰していません。信仰しているのは、信徒たちが収めるお布施です。そこへ、リサさんが参加されれば、信徒たちはたちまち信仰心を高め、多額のお布施をするでしょう」


「汚い」


「まあそう言わないでくださいよ。この日本で充分なお金があれば、豊かな暮らしができますよ。われわれ幹部が目指すのはそこです。まあ、教祖・赤麦だけは本気で日本の国教にする気のようですから、いずれ邪魔になるでしょうが。それも巫女がいれば容易いこと」


「本当に汚い」


「巫女としての仕事は、われらが『人類救世魔法教』と『黒鳥の檻』とで兼務していただきたく……。ヴォコス氏のほうでは別な考えがあるとかで」


 フランツの計画の話を、ヴォコスが受け持つ。


「リサ殿。あなたは本当に、神代のディンスロヴァの巫女であると確信しております。あの伝説の古代魔獣タレアをやすやすと倒せたのも、その証拠のひとつ」


「いや、あれは、四人がかりで倒したので……」


 リサが言葉を差し挟んだが、ヴォコスはそれを気に留めない。


「われらイルオール連邦の正統教会と、オーリア帝国の神域聖帝教会では、同じディンスロヴァの神を信仰していますが、詳細は異なるのです。正統教会は、現ディンスロヴァを尊びつつも、ディンスロヴァの力でしか乱世を平定できないと考えております」


「現在のとか、旧いとか、そういうのって……」


 よくわからない。そう言おうと思ったが、リサには心当たりがあった。日本神話はそうではないが、ギリシャ神話あたりではそういった話があったはずだ。……ゼウスがクロノスを倒して最高神になったとか、そういう神の代替わりの話だ。


「『魔法教』で一定のお仕事をなされたあとでもよいのです。ぜひ、われわれ『黒鳥の檻』とともにアーケモスに――イルオール連邦に渡っていただき、正統教会にお越しいただきたい。元司祭であるそれがしを通せば、すぐに教会の最高位に立っていただくことが可能でしょう」


 休戦。さきほどはそう言っていたが、これはそんな生やさしいものではない。リサにはわかった。これは露骨なだ。


 『人類救世魔法教』は、金の話しかしなかったが、リサを『総合治安部隊』から取り上げることで、戦力の増強を図りたいという意味もあるのだろう。


 一方、『黒鳥の檻』は本気でリサを気でいる。組織トップのグラービの考えはわからないが、ヴォコスは心の底からリサのことを救世主だと考えている。



 しかし、そこで第三の人物が現れる。その人物は左腕に星芒具を付け、なんと帯刀までしている。『大和再興同友会』の若い幹部・依知川だ。


 依知川はヴォコスやフランツの背後から姿を現した。


「そこまでにしてもらおうか。『黒鳥の檻』、それにカルト宗教」


「なんだか、われわれの扱いが悪くありませんかネー」


 フランツは肩をすくめる。だが、彼は立場をわきまえてもいる。『人類救世魔法教』が他の集団に比べれば理念の面ではるかに劣っていることもよく理解している。


 依知川はリサに目を合わせると、一礼する。


「逢川さん、勝手ながらお名前を調べ、後を付けさせていただきました。無礼をお許しください。それに、先日はご迷惑を」


「ご迷惑というのは……?」


「大川埠頭の件と、自然公園で澄河のご令嬢を誘拐した件です」


「あれは、わたしたちが斬り込んだ話ですので……。いや、後半は許す気はありませんよ」


「……これからする話の上では、必要のある謝罪かと思いまして」


「はあ」


 リサにはいまひとつ、この生真面目な軍人めいた男の考えていることがわからない。いや、本当の軍人はリサのほうなのだが――。


「単刀直入に申し上げます。俺――いえ、私は、逢川さんにぜひとして『大和再興同友会』に加入いただきたいのです」


「え?」


 『黒鳥の檻』に『人類救世魔法教』に『大和再興同友会』。いずれの組織もリサを欲しがっている。これはいったい、なんというシンクロニシティだろうか。


 フランツやヴォコスが抗議の声をあげるが、依知川は微動だにせず、リサへ話を続ける。


「まさか、ここまで引き合いが強くなっているとは思わず。こうして飛び出してくることになりました。会長の櫛田も、ぜひ会いたいと申しております」


「あの会長さんも、ですか」


「はい。これは『同友会』の総意と受け取っていただきたい。全員で歓迎をいたします。ぜひ、わが国、日本の地位向上のために、共に戦っていただきたいのです」


「地位、向上?」


「現在の日本政府は傀儡政権です。われら『大和再興同友会』はそれを正すことを志してつくられた組織です」


「傀儡、政権?」


 リサは依知川の言うことを繰り返すので精一杯だった。このところ、アーケモスでは複雑な事情があるのだと理解したばかりだが、まさか、自分の住む日本のことで、ここまで理解不能の説明をされるとは思わなかった。


「会長の櫛田や、現在拘留中の波間野は、日本政府に圧力を掛けることで、政府が自ら正していくことを期待しています。ですが、私にはそれは無理であろうと考えています」


「なぜです?」


「日本政府の背後にいるのは、だからです」


「は?」


「逢川さんのお力添えがあれば、『大和再興同友会』の組織目標そのものを変えることができるかもしれない。すなわち、日本政府の是正ではなく、背後の宇宙人の打破ということを目標にできるかもしれないのです」

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