第六章 どこへ行くか、行かざるか(2)街での遭遇

 琴吹屋モールに到着すると、三階、女性用衣料品コーナーで、リサとノナのファッションショーが始まった。


 紫色のタイトスカートのワンピースを着たリサは、試着室のカーテンを開けると、女性店員と鏡華に拍手で迎えられる。


「お客様、よくお似合いです」


「やっぱり、イメージぴったりね。レースのアクセントも上品でよろしい。あとは、コサージュとかで飾りを……」


 鏡華がそうやってぶつぶつとつぶやきながらコーディネートを考えていると、リサの隣の試着室のカーテンが開く。


 現れたのはノナだ。彼女は黒いワンピースを着せられている。とはいえ、素朴な感じではなく、ところどころにフリルがついていて、装飾も何点かついている。


「こ、これ本当に、姫の従者の服装で合ってるんですか?」


 ノナの第一声は、心配げなその言葉だった。だが、店員も鏡華もまったく意に介さない。


「あら、お客様も素敵で~」


「本当、リサもノナさんも背が高くて手足が長いから何を着せても映えるわね。うらやましいったら」


 実に、ここに至るまで、何着も着替えさせられたリサとノナだった。しかし、早々に桃色のドレスに決まってしまい、ずっとそれを着たまま指示出ししている鏡華もなかなかに似合っている。


 どこで買ったのか、扇子を持って指示出しをしているものだから、姫役そのものだ。姫なのか女王なのか怪しいところはあるが……。


 リサは、日本人女性としては身長は高めの一六五センチメートル弱。鏡華の言うとおり、手足は長い。しかし、極端な痩せ型のせいで、ボディラインの出る服を着ると、身体に曲線が乏しいことがハッキリとしてしまう。


 それに比べて、鏡華の可愛らしいこと。しかも、つくべきところには肉と脂肪がしっかりついているという健康的なスタイルのよさ。しかもいまはコルセットで腰を締めているから、なおさらだ。


 髪も、リサのようなヘアブラシを跳ね返す荒波ではなく、鏡華のは軽く毛先だけ揺れる艶髪のセミロングだ。


 うらやましい、はこちらの台詞だ。リサはそう思った。しかし、人は自分が持たないものばかりうらやむのも自然の摂理だ。なので、リサは何も言わずに着せ替え人形になっている。



 二時間超のファッションショーが終わり、ようやく解放されたリサは、いつもの制服に着替え直して、大型書店で時間を潰していた。


 購入する衣服やアクセサリーの代金は鏡華が支払ってくれている。鏡華は『お得意様カード』と書かれた黒いカードを手に、店員とどこかへ行ってしまった。その間、帰ってくるのを待っていなければならない。


 本屋でバイトをしているというのに、リサは雑誌や小説を次々に手に取っては、パラパラと中身を見ていく。気に入りそうなものがあれば、買うこともある。


「リサさんは、本が好きなんですね」

 

 私服に着替えて帰ってきたノナにそう声掛けされ、リサは一瞬戸惑う。自分にとって本はあまりにも身近な存在だったため、好きとか嫌いとか、考えたこともなかった。


「あー、うん。そうだね。昔ある人が言ってたんだけど、本は、書いた人がその人生で感じたことを凝縮したものなんだって。だから、本を読めば読むほど、たくさんの人生を生きるのと同じなんだって」


「すごいです。わたし、そんなふうに考えたことなかったです。主計学院の勉強も嫌々やっていたし」


 ははは、とリサは笑う。彼女は勉強や読書に抵抗はなかったが、世の中にはノナのように、本といえば――特に勉強といえば、苦痛を連想する人も多いことは知っている。


「世界は広いからさ。まだまだ知らないことがいっぱいあるんだよ、わたしには。わたしの人生はひとつしかないけど、生きてみなきゃいけない人生が、ここにはたくさんあるんだ」


 そのあたりで、鏡華が「終わったわよ」と言いながらやって来る。買った服は店員さんが持ってくれている。この服はあとで、四ツ葉高校あてに宅配してくれるとのことだ。


「じゃあ、帰りましょう。遅くならないうちに」


 鏡華のその言葉を合図に、リサもノナも彼女について歩く。しかし、リサは、ふと振り返る。


 いつもバイトをしている本屋とは違う、明るい本屋。ありとあらゆる種類の本が並べられ、積み上げられ――たくさんの知識と概念と世界観であふれていて――そんな夢のような場所。


 リサはつぶやく。


「そうだ。わたし、小さいころは、本を書く人になりたかったんだっけ。どうして忘れていたんだろう……」


++++++++++


 三人は琴吹屋モールを出ると、ふたたび商店街の方へと向かった。リサの家は商店街を抜けた先にあるし、ノナもリサの家に向かう気でいる。鏡華は迎えの車が来ているが、都合、商店街の出入口に待機させたままだ。


 商店街に向かう途中の歩道で、リサたちは見覚えのあるふたりに道を阻まれる。


 『黒鳥の檻』のヴォコス・スベリアールと『人類救世魔法教』のフランツ・ブランだ。


 リサは鏡華やノナの前に立ち、反射的に身構える。星芒具は通学カバンの中に入っているが、このように奇襲を受けた場合は、カバンから取り出して装着しているだけの時間がない。


 リサは瞬時に確認する。ヴォコスとフランツはそれぞれ左手に星芒具を装着している。戦闘準備は万端だ。星芒具を装着しているということは、凶器を持って現れたのに等しい。

 

 ちらと後方を確認する。鏡華とノナはすくみ上がっていて、とても動ける状況にない。走って逃げようという作戦をとったとして、うまく行くかどうか怪しいところだ。


 リサはぐっと腹に力を入れる。ここで弱みを見せるわけにはいかない。


「すぐに立ち去らないと、大声を出しますよ。澄河家のセキュリティサービスが近くにいるはず。あっという間に彼らが駆けつけてくれるはず」


 だが、フランツもヴォコスもまったく動じない。


「ああ、あの商店街の方にいた黒塗りの車ですネー」


「あのあたりには魔獣召喚の陣を施しておきました。抵抗する場合は、彼らを魔獣で襲わせます」


 リサは歯噛みした。鏡華の顔が青ざめていくのも見える。身を守ってくれるはずのセキュリティサービスが、思わぬ形で人質にとられてしまった。


 相手が一枚うわてだ。


 警戒心がありありと見えるリサたちの様子を見て、フランツが軽口を叩く。


「おっと、今回は争う気はないですヨー。お嬢さんがた」


「しかり。われわれはリサ殿とを取り付けに来たのです」


「休戦だって?」


 リサは徒手空拳で戦うため、拳を上げたままだ。まったく警戒を解いていない。とはいえ、彼女は星芒具なしで戦うのは不可能だ。身体的な強さは空冥術による強化がなければ、高校生女子の平均程度しかない。空手や柔道、合気道などの武道を経験したこともない。


「まあ、一度、われわれの話を聞いてくださいよ。悪い話ではありませんから」


 フランツがそう言った。この状況では戦うだけ不利だ。リサには、その話とやらを聞くしか選択肢がない。


「……一応、話は聞く」


 どんな話になるかはわからないが、この状況だと、武力行使になるよりまだいい。論戦で打ち勝てるよう、努めるだけだ。


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