第六章 どこへ行くか、行かざるか
第六章 どこへ行くか、行かざるか(1)街の新陳代謝
週二回の『ゆめ書店』でのバイトの日。薄暗い店内のカウンターに座って、リサは大学受験問題集を解いていた。
客など来ない。だからこうして勉強に集中していられる。店内外の掃除と商品の入れ替えを多少すれば、勉強しながらバイト代をもらえるのだから、こんなに割のいい仕事はない。
ちなみに、同様にカウンター内に収まって売り物の漫画本を読んでいるノナは何も仕事をしていない。バイトの身分でもないが、このような暴挙に出ても売上に影響はないとのことで、店主公認でお目こぼしをいただいている。
いつもなら、このまま閉店まで勉強をしたり、ときどき棚の本を整えたりするだけでするだけで終わる。
ところが、この日は思いがけない来店者がいた。
澄河鏡華だ。
リサとノナの友人であり、都立四ツ葉高校の生徒会会長。リサとは同じ学年だが違うクラスではあるが、生徒会の活動で放課後の一緒になることが多い。
「珍しいね、鏡華がここに来るなんて。『ノーノ』の発売日だっけ?」
リサは問題集から顔を上げた。鏡華は首を横に振る。
「ここへは学校からの帰り道にすこし遠回りをするだけで寄れるもの。リサとノナさんがいると聞いていたから、顔を出そうと思ったの」
「ほー、わざわざ」
「ところで、バイトの時間はいつまで? 文化祭も近いじゃない。そろそろ、リサのドレスを買いに行かなきゃだし」
「ドレス? ちょっと待ってよ」
「だって女神喫茶の目玉なのよ。女神様役なら着飾らないと」
「なにも高校の文化祭程度でそんな……」
「文化祭という大事な場だから本気なのよ。ね、ノナさん」
鏡華にいきなり話を振られたノナは、漫画本から顔を上げ、何も聞いていなかったことを自覚すると、ただただ首を縦に振った。
リサはうなる。
「うーん。ドレスというと、多分だけど、鏡華だとスカートにワイヤーパニエが入ってるようなやつを考えてるでしょ。それ、このあたりじゃ買えないよ」
「あら、じゃあ、都心まで出る?」
「そうじゃなくて。このあたりで買える程度のものにしてくれると嬉しいな……」
「むー。まあ、それで手を打ちましょう。飾り少なめでエレガントに見えればいいのよね。それで、バイトはいつ上がれるのかしら?」
「七時」
「結構掛かるのね。最寄りだと琴吹屋モールが九時閉店だから、なんとか間に合うでしょう。店内で待たせてもらってもいいかしら――」
そのとき、店の奥から店主が階段を下りてくる音がする。店主は一階店舗に姿を現すと、しわがれた声で、思いがけないことを言うのだった。
「買い物に行くんだろう。早いほうがいいから、店はもう閉めていいぞ」
その申し出に、リサが驚く。
「え、でも。バイト中ですし」
「そんなんはもういい。きょうはもう店じまいだ。大して客が来るわけでなし。日頃、よく働いてくれているしな。きょうくらいのこと、こんな店のために、若いもんの楽しい時間を邪魔できんわ」
「いやいや、でも、お金もらって働いているんですし」
「なんだ、若いのに頭が固い」
リサは腕を組む。そして考える。店主の言うことはいちいちもっともだ。客が来ないとか特に。だが、それを言ってしまうと、この書店の存在意義がまるごと否定されてしまうのだが……。しかし、最終的に提案を受けることにする。
「うーん。わかりました。では、お言葉に甘えて、きょうはここで切り上げます。ありがとうございます」
「まあ、よかったわね、リサ」
満面の笑みで、両手を合わせる鏡華。
リサは毛量の多いもさもさの頭を掻く。鏡華に振り回されるのはいつものことだ。まさか学校の外でまで、それが起きるなんて思わなかったけれども。
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リサは制服の上からダッフルコートを着て、マフラーを巻いた。
「それにしても、シャッター閉まってる店、多いよね」
「そうですね」
リサとノナ、それから鏡華は、地元の大泉ゆめ商店街を歩いていた。道の両脇に並ぶ商店たちはかつてはシャッターを上げて賑やかに商売をしていたのだろう。けれど、平日だろうと土日だろうと、ずっと閉まってしまっている店も散見される。
「これでも、地方都市ほどじゃないのだけれど」
鏡華は溜息を吐き出した。そうだ、地方都市の衰退はこの程度では済んでいない。商店街とは名ばかりで、シャッター街化してしまってそのまま放置されているところも多いと聞く。
この商店街がこの程度のさびれ具合で済んでいるのは、一応、この四ツ葉市が青京という大都市の郊外だからに他ならない。商店街最寄りの大泉駅から都心まで快速で十五分。鈍行でも三十分だ。都心のベッドタウンならではの特殊要因で維持できている。
「でも、琴吹屋モールがあるじゃないですか!」
盛者必衰を感じ入っているリサと鏡華に対して、ノナは励ますようにそう言った。
リサたち三人は、その琴吹屋モールに向かって歩いている。
駅直結の大規模ショッピングモール。生鮮食品スーパーから大型書店、メガネにおしゃれ着に、ファストフードからちょっと高価格帯のディナーまで、なんでも揃った総合モール。
その便利なモールが、まちの居住者の動線を変えてしまった。そのせいで、だんだんと商店街が寂しくなってしまっていることを、アーケモス人――オーリア帝国人のノナは知らない。
「モールの運営会社のコトブキリテールが秋津洲財閥系だというのが、なんだか申し訳ない気分になるわ」
今度は鏡華が溜息をついた。鏡華は秋津洲財閥の総裁の娘だ。琴吹屋モールは街の住民の利便性向上に大いに役立っているが、その反面で、古くからある商店街はダメージを受けている。
リサも残念そうに言う。
「まあ、新陳代謝と思うしかないのかもね。本屋の店主さんが高齢なように、どこも古くなってるから。新しいものと交代しないと、それこそ街が停滞しちゃうよ」
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