第六章 どこへ行くか、行かざるか(6)大きな役割を
総合治安部隊に電話で連絡をすると、リサたち――天庵も含めた四人を迎える車がやって来た。
何せきょう一日で『黒鳥の檻』、『大和再興同友会』、『人類救世魔法教』の三つの組織の幹部と会ったのだ。そのことを、連絡しなければならない。
「電話で伝えます」だとか、「今度会ったときに話します」のような態度は許してもらえる雰囲気ではなかった。なにがあったのか、きちんと安喜優子少尉に話さなければならない。
いつもの大きな会議室ではなく、小会議室に連れて行かれると、机の片側に
「あの、天庵さんは?」
リサがそう訪ねると、安喜少尉は軽く溜息をつく。これは、大変な目に遭った自分よりも、相変わらず他人にフォーカスするリサに対する、呆れと称賛の混じったものだ。
「黄龍寺の住職は、他の隊員が話を聞いています。うまくいけば総合治安部隊でスカウトになるかもしれないですね。訓練なしで空冥術を行使できる日本人は珍しいので」
安喜少尉がそのように回答しているころ、閉めていたドアがノックされ、開く。入ってきたのは褐色の肌、銀の髪、頬の傷のラミザノーラ――もとい、ラミザ参謀部員だった。
「ラミザさん、どうして」
リサがそう言っている間にも、ラミザはスタスタと歩き、安喜少尉の隣に座る。これもまた、意思表示だ。
「きょうは色々あったと聞いたので、お話を聞くつもりで来ました」
ところが、これは打合せにはなかったのだろう。安喜少尉が困ったような声をあげる。
「ラミザさん。今回の件は純粋に『総合治安部隊』の話です。ノナさんや澄川さんに同席いただいているのは、現場にいらっしゃったからで……」
「『黒鳥の檻』の幹部が関与していると聞きました」
そう言われてしまうと弱い。『総合治安部隊』は『黒鳥の檻』の件に関して、オーリア帝国軍に協力を要請している立場だ。
「……わかりました。そこにいらっしゃてください」
「もちろんです」
こうして、やすやすとラミザは『総合治安部隊』の内情に入り込んでしまう。鉄の心臓なのだろうか、とリサは思う。だが、リサ本人は、自分がノナなどから同じように思われていることは知らない。
「四ツ葉市の大泉駅付近にて、『黒鳥の檻』幹部・ヴォコス、『大和再興同友会』幹部・依知川、『人類救世魔法教』幹部・フランツと同時に接触したということで、間違いはないですか」
安喜少尉の確認に、リサは明確に回答する。
「はい」
「そのいずれも、逢川さんを勧誘する目的だったというのは、本当ですか?」
「はい。『黒鳥の檻』と『人類救世魔法教』は巫女に、『大和再興同友会』は同志になるようにと言ってきました」
「巫女に――ということは、宗教的象徴にということですか。同志というのはわかりやすいですね。逢川さんの戦闘スキルを買っているわけですから」
「ずいぶん短絡的な集団ですね」
そう言ったのはラミザだ。彼女はあの三つの組織の勧誘に対して、一段、いや、それ以上高いところから見ているフシがある。
安喜少尉は頭を抱えて、深々と溜息をつく。
「正直、『総合治安部隊』だって――私だって、高校生の逢川さんを軍に勧誘するのはためらいがあったんです。でも、こんな形で、先に囲い込んでいることが功を奏するなんて……」
そこで、鏡華が机に手をついて立ち上がる。
「そうですよ、安喜さん。リサは普通の高校生なんです。有事の際は仕方がないとしても、なんとか普通に生きる道を守れませんか」
「澄河さん……」
しかし、リサは鏡華の服の袖を軽く引っ張り、首を横に振る。
「鏡華、ありがとう。でも、わたしは、正義がわたしを必要とする限り、そこに行くから」
「もう、あなたって人は」
鏡華は脱力しつつ椅子に座るほかなかった。
大いに悩み、頭を痛めている安喜少尉や鏡華、そしてただただ困惑しているノナをよそに、ラミザだけは目を細めて微笑んでいる。
「やはり、高校を卒業したら、リサにはオーリア帝国へ来てもらうわ。そこでは巫女でも、戦士でもない。正義の味方なんてものですらない。もっと大きな役割を――あなたの真実を見せてあげるわ」
ここでもまた、ラミザはリサをアーケモスへと誘うのだった。
「ここにもいたわ……」
「そうですね……」
安喜少尉や鏡華の悩みは増えるばかりだ。リサを欲しがっているのは、『黒鳥の檻』や『大和再興同友会』、それに『人類救世魔法教』だけではない。そこに国家組織の『総合治安部隊』を加えてもいいが、それだけでもない。
ラミザも、リサを普通の生き方から連れ出そうとしているのだ。
++++++++++
総合治安部隊隊舎外、駐車場。
夜も遅いということで、ふたたび、リサたちは総合治安部隊の車で家に帰ることになった。鏡華は澄河家の車で帰るので別行動だが、家が比較的近いリサとノナは同じ車の後部座席に乗り込んだ。
「では、おふたりとも、帰宅するまでは気をつけて。これからは隊の方でも、必要に応じてエスピーを派遣するようにしましょう」
安喜少尉は車の外からそう言った。それはリサとしてもありがたい。星芒具はいつもカバンに入れているが、装着までに時間が掛かるのが難点だ。そこを補ってもらえると、大いに助かる。
次に、安喜少尉の隣に立って見送りに来たラミザが言う。
「リサ、今度はわたしも一緒に出掛けたいわ。次はわたしも誘ってね」
「う、うん……」
「絶対よ」
「わかった」
車が走り出す。リアガラス越しに、安喜少尉とラミザがずっと見送ってくれているのが見える。
ふたりの姿が見えなくなり、車が高速道路に乗ったところで、ようやく、リサの隣に座っているノナが静かに口を開く。
「わたし、リサさんと一緒にゆめ書店にいる時間、好きですから」
「うん」
リサは反射的にそううなずいた。ノナはその先、もう何も言わない。車のエンジン音以外、なにもない、会話のない時間がすぎていく。
「……うん」
リサは自分が、太腿の上で両手を握りしめていることに、ようやく気がついた。自分は何に耐えているのだろう。なぜ、涙が溢れて、こぼれた涙が膝を濡らしているのだろう。
わからない。わからないのだ。
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