第五章 湾岸エリアの攻防(7)魔界という惑星

 翌朝。そのあとはいつも通りだ。


 市ヶ谷の総合治安部隊隊舎に戻り、作戦指揮を執っていた安喜少尉からのデブリーフィングを受けるのだ。いわば復習会だ。


 会議室二-Sでは、リサの位置はおおよそ決まりつつあった。


 前の壇上にいる安喜少尉を中心として、ドアから遠い方に澄河御影、妙見中佐、それから、オーリア帝国軍のシデルーン総司令とラミザノーラ、そしてベルディグロウが座っている。


 一方、ドアから近い方には、リサ、フィズナー、岸辺、それとノナが座っている。ノナはリサのバイト先で総合治安部隊員に捕まってからずっと、隊舎から映像で状況を見守っていたのだ。彼女がこういう時間の使い方を許されているのも、ひとえに、彼女の雇い主である秋津洲物産の上に澄河御影がいるからだった。


 また、安喜少尉とちょうど向かい合う、いちばん遠い席にはザネリヤと紹首席研究員が座っている。


 昨夜の戦いが終わってから、シャワーを浴び、五時間ほど眠って、この会議だ。リサはジーンズとボーダー柄のパーカーの私服に着替えている。


「結果、『大和再興同友会』の会員八名、および幹部・波間野の拘束に至りました。しかし、櫛田、依知川の二大幹部は逃走中。また、『黒鳥の檻』幹部三名の行方も不明です。部下は二名確保したものの、国内における本拠地は依然不明のままです」


 安喜少尉がそのように説明すると、フィズナーが苦々しげな顔をする。彼は復讐のため、『黒鳥の檻』の最高幹部、グラービ・グディニアールを追って日本まで来たのだ。彼を目前にしながら、討ち取れなかったことは悔しいだろう。


 安喜少尉は総括を続ける。


「いずれにしても、『大和再興同友会』の密輸拠点は潰すことができました。これで、彼らは国外からの武器輸入ルートを失います」


 あれはやはり武器だったのか、とリサは思う。しかし、それがどんなものだったかはまだ知らされていない。


 どんな武器だったのかを訊こうとしたところ、リサの代わりに、澄河御影が安喜少尉に質問をする。


「少尉、武器の映像は出せますか。この全員の前で確認をとっておきたい」


 ナイス。リサは心の中でそう思った。


 安喜少尉は壇上のスクリーンを降ろす。そして、ノートパソコンがプロジェクターに繋がれ、光がスクリーンに投射される。


 部屋の明かりが落とされると、そこに表示されたのは銃だった。


「なにこれ、銃……? でも、あれ? すごく大きい?」


 リサが思わず声をあげると、安喜少尉は首を縦に振る。


「これは単なる銃の一挺ではありません。大砲か、あるいは艦船に搭載する砲の扱いになるかと思います。立派な兵器です」


 その映像を見て、頭を抱えてうめいたのはザネリヤだった。


「まずいね。それは、彗星砲というたぐいの兵器だよ。空冥力を使った兵器。だからこそ、実弾銃と違って、空冥術士にもダメージが入りやすい。つまり、『大和再興同友会』はしっかりと空冥術士対策をしようとしてたわけだ」


「ザン、その彗星砲という兵器は、イルオール連邦ではよくある武器なの?」


 リサは友達に訊くようにザンにそう問う。実際、友達だから問題はないのだが。


「そんなわけ。これはアーケモス大陸の技術を超えている。オーリア帝国出身の人たちなら、こんなの見たことないとすぐにわかるはずだよ」


 ザネリヤの言葉に呼応するように、ラミザノーラやベルディグロウが首肯する。シデルーン総司令も、映像を見ながら、両手を組んで真剣に考え事をしているようだ。


 澄河御影が、しかし、いつも通り涼しげに、ザネリヤに質問をする。


「それで、これは製造されたものなんです?」


 リサは、ザネリヤの真剣な目が澄河御影をじっと見たのを目撃した。ザネリヤはなにか別のことを言いたげだ。だが、それについては口に出すまいとしている。


「これは、魔界ヨルドミス製のほう。砲身に刻まれているのが魔界文字だから、すぐに判別がつくよ」


「ま、魔界……?」


 あまりにも突拍子もない単語にリサは驚きの声をあげた。七年前に日本列島が惑星アーケモスに移転してから、たいていのことは驚くに値しなくなっていたが、今度は魔界ときたか。


 驚いている様子のリサに向けて、ベルディグロウが説明する。


「われわれ神域聖帝教会の教徒はディンスロヴァの神を信仰しているが、魔界の魔族たちは神に仇なす存在なのだ」


 そのあとに発言したのは、意外なことに、フィズナーだ。


「そうだ。『黒鳥の檻』の連中、魔族と手を組んでいやがったんだ。魔族四魔侯爵のひとり、黒魔騎士レグロス。グラービがあの魔族を連れて来たせいで、ジル・デュールの街は――」


 フィズナーの言葉に、当然、オーリア帝国の高官たるシデルーン総司令が無言を貫けるわけはない。


「なんと。ジル・デュール公爵領が『黒鳥の檻』の攻撃を受けて焼け出されたとは聞いていたが、魔族の手助けがあったとは。その情報はこの私まで届いていなかったようだ」


「……イルオール連邦との戦い方も検討のし直しが必要ですね」


 そう、ラミザノーラは静かに言った。


 そんなオーリア帝国人同士の重い会話のなか、澄河御影はリサたちに向けてごく簡単に説明をする。


「日本人諸氏に向けて言っておくと、ここで『魔界』と言われているのは、そういう『惑星』があると考えてくれるといい。その惑星には、『魔族』と呼ばれる強い人種がいて、彼らがイルオール連邦に先進的な武器を供与している」


 その考え方はわかりやすい。要は、日本人よりもフィジカルの強い宇宙人が存在するということだ。しかも、持っている武器も、アーケモスよりも強い。


 そもそも、用語が日本人に馴染まないところは多々ある。日本人なら『宇宙』と言ってしまうところを、アーケモス人たちは『星辰界せいしんかい』と呼ぶ。リサは最初、両者は別物かと思っていたが、どうやら同じものらしいと、いまならわかる。


 『魔界ヨルドミス』だって『魔界星』と呼んでしまえばいいのに。某猫型ロボットのマンガの作者なら絶対にそうする。


 それにしても、リサにはここまでで気がかりなことがあった。澄河御影があまりにも取り乱していないのだ。完全な異世界、異星、つまり魔界の存在。それが明るみに出ても、少しも動揺しない。


 澄河御影はとっくに知っていたのだ。魔界の存在を。いったい、彼は何をどこまで知っているというのだろう。


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