第五章 湾岸エリアの攻防(6)戦いの世界へ導く
ラミザノーラの予期せぬ突撃。リサは呆気にとられた。だが――不思議な感覚にも気がついた。
きちんと敵の攻撃が見えている。
リサから見て、ラミザノーラの間合いは最も有効かつ危険な場所だった。敵にも有効打を加えることができる反面、敵の触手が襲いかかればひとたまりもない。
――わたしを助けてね。
意味はわからないが、言われたとおりにしてみるほかはない。リサは光の槍から光弾を撃ち出す。
光弾は的確に、ラミザノーラに襲いかかろうとしている魔獣タレアの触手を射貫いていく。
偶然ではない。
「見立て通りだったけれど、それ以上だったわ。リサ、あなたの『先読み』は不完全ながら、『未来視』の域に達しようとしている」
ラミザノーラはそう言った。一撃で死にかねない、敵の間合いの中だというのに、落ち着き払っている。それというのも、リサが光弾で彼女を護っているからなのだが。
リサにはだんだんとわかってきた。彼女はもともと遠見が得意だった。だからこその遠距離精密射撃能力であり、それゆえの後衛というポジションだ。
だが、このような満月の日ならば――空冥力が高まっている間ならば、一時的にだが、「時間的に」遠くを見ることもできるということらしい。これは『未来視』といって差し支えない能力だ。
一方で、すぐに、ラミザノーラがなぜ「不完全な」未来視と言ったのか、それもすぐに解った。
遠見の能力とは相反するようだが、不完全な未来視の能力は、対象が近いほどうまく機能する。しかも、見えるのはほんの数秒先までだ。
つまり、この能力は、前衛向きの能力だと言える。
リサは覚悟を決めることにした。作戦は全部放棄だ。足が走り出す。後衛のポジションは捨てる。『未来視』が不完全ながらも機能するのであれば。
フィズナーが叫ぶ。
「お、おい、お前まで!」
ベルディグロウは真面目にも、魔獣タレアの触手と切り結び続けている。
そんな中、走り出したリサを見て、ラミザノーラは微笑む。そしてなんと、思い切って空冥術
何本もの触手の攻撃が、ラミザノーラを刺し貫こうとする。
そう、刺し貫こうとするのが、リサには完全見えたのだ。距離が近づくごとに、この巨大なイカが次に何をするのか、明確に読み取れるようになっていく。
リサは光の槍を回転させ、ラミザノーラを襲う触手すべてを撃ち落とす。
古代魔獣タレアの目がリサのほうを見る――それすらもリサにはすでに見えていた。巨大イカの目を光弾で打ち貫く。目はふたつ。その両方を。
ピイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ、と高音をの叫び声をあげる魔獣タレア。目を守ろうと動く触手さえも光弾で貫いていく。
魔獣に駆け寄りながら、リサはラミザノーラにひと言。
「ラミザノーラさん、跳ばせて!」
ラミザノーラはその意図を完全に理解していた。前に出した両手を組む。すると、リサはその両手に足を掛け、そして、ラミザノーラが両腕を振り上げると同時に高く跳躍した。
その高さは、全高五メートルの哀れな巨大イカを上方から見定めるのに充分なほどだった。
リサは、数秒後の自分が魔獣タレアの急所をどう貫くのかを完全に読み取り、まったく同じように行動した。さらに、彼女は落下しながら、光の槍を魔獣タレアの脳天に少し開いた空気孔に向けて投擲した。
瞬間、空冥力が爆発的に増大し、光の槍は稲妻のようになって、魔獣タレアの頭から内部構造までを完膚なきまでに破壊した。
魔獣タレアは絶命し、身体を起こしていられなくなり、そして海へと落ちていく。
リサも、着地場所がないので仕方ない。その高さから落下しつつ、海へと飛び込んだ。
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数秒後、リサは海面上に浮上し、仲間たちに向かって大きく手を振る。
それに小さく上品に手を振り返すのはラミザノーラだ。
またしても、伝説の古代魔獣を倒したのはリサだ。ベルディグロウもフィズナーも驚きを隠せず、呆然とその様を見ていた。
しかし、フィズナーはすぐに我に返り、武器を手放して平然としているラミザノーラに文句を付ける。
「あんた、悪魔かよ」
「どうして?」
「リサの能力を的確に見抜いて――」
「勝利に導いたでしょう?」
「あいつを、本格的に戦いの世界にひきずりこんだ。あいつは調子に乗るぞ。いまや伝説の古代魔獣を倒したんだ。こんなのは世界に何人といない」
「それがなにか? 戦っているときのリサはとても輝いているわ」
「いいや、俺は――」
言いかけて、フィズナーは口をつぐんだ。微笑むラミザノーラの両の目が彼を見ている。
――その圧が、その瞳の色が、とても、人間のものとは思えない。
たしかに、ラミザノーラ参謀部員は人間のはずだが……。
フィズナーは首を横に振る。
「……いや、俺は関係ない。だが、俺には俺のやり方があるからな」
彼はそう言い捨て、倉庫のほうへと歩いて戻っていく。
「見てみたいものだわ。あなたのやり方というものも」
ラミザノーラはずっと微笑みを崩さない。
そんなことはつゆ知らず、リサは「ラミザノーラさーん」などと言いながら、海面から手を振り続けていた。
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