第一章 闇の夜を彷徨う(2)日本とアーケモスの七年
ひとしきり、ノナが以前リサに助けてもらったときの話をする。リサはにへらと口を開け、笑う。
「へへへ……。なんか照れるね」
「もちろん、リサさんが空冥術で悪い人たちを退治してくださったのは、星芒具を使える状態にして下さった、ザンさんあってのことですけどね」
ノナはザネリヤのほうへも頭を下げる。
リサの使っている星芒具は拾いもので、中古で、そして元々は壊れていた。それを修理したのはザネリヤだ。
「まあ、感謝の言葉は受け取っておくよ」
けれど、ザネリヤは素っ気ない。感謝されて照れくさそうにしているリサとは対照的だ。
そのとき、点けっぱなしにしていたテレビが、ドキュメンタリー番組を映していた。番組タイトルは『アーケモスの七年』。
『……未曾有の大災害と思われた大地震のあと、誰もが目を疑いました。宇宙空間に巨大なナマズが浮遊しており、それがわれわれを狙っていたのですから』
女性の声のナレーションはそんな内容を読み上げていく。これは、アーケモス出身のノナにはわからない、一九九五年の日本の歴史だ。
『宇宙ナマズは「アクジキ」と呼ばれるようになりました。なんと、宇宙空間で人工衛星を食べ散らかしていたのです。日本の自衛隊はもちろん、国連軍がこれを撃墜しようと動いたのですが……』
テレビ画面には、当時の映像が映し出されている。黒いかたまりのようなものが、上空を飛んでいる。
やはり、ノナには実感がない。巨大な生き物が上空を飛んでいて、それが世界中の脅威だったなんて。日本は妙な歴史を歩んできたものだ。
「……大変だったんですね」
ノナには、そうコメントするのが関の山だった。
リサは苦笑いをするばかりだ。
ザネリヤは、ふうと煙草をふかす。
「あの『アクジキ』――ファゾス共和国では『星の悪魔』と呼ぶけれども、あれに食われて、日本もファゾス共和国も、このアーケモスに転移してきたわけだ。まあ、アタシの国でも似たようなものだったよ」
日本とファゾス共和国は、その歩んできた歴史は全く異なるけれども、惑星アーケモスの国家の一員となった経緯はよく似ている。
ナマズに国土ごと食べられたのだ。
リサとザネリヤには、少なくともあの巨大な魚が空を泳いでいたのを眺めていた日々という共通の体験がある。けれども、テレビの映像を見ても、どう説明されても、ノナには実感のない話だった。
「あーもう、やだやだ。チャンネル変えよう。この手の番組は、このあと日本の科学技術のおかげでアーケモス大陸が発展したとかの『日本スゲー』番組になるの。アタシ知ってるから」
ザネリヤはそう言いながらリモコンに手を伸ばし、テレビのチャンネルを切り替えた。彼女の言うとおり、いまの日本では過度に愛国的というか、アーケモス大陸の人々を下に見るような番組が流行っているのだ。
テレビが映し出すのが、ニュース番組に切り替わった。ニュースキャスターの男性が、内容を読み上げる。
『ニュースの時間です。オーリア帝国から帝国軍総司令のバールスト・ファルブ・シデルーン侯爵が来日するという情報が入りました。軍総司令の来日は初めてのことですが、来日の目的は発表されておりません』
そうして、テレビ画面には白髪混じりの頭髪で髭をたくわえた厳めしい顔つきの男の顔写真が映し出されてる。どうやらこれがシデルーン侯爵のようだ。
「あーこれね。ウチにも寄るんだわ。ウチの研究所」
ニュース番組に声を上げたのはザネリヤだ。
リサが聞き返す。
「研究所って、和光市の空冥術研究所のこと?」
「そうそう。本命はウチじゃないはずだけど」
「そりゃあ、来日の目的は政府機関のどこかだよね」
「だろうね。でも、ウチの空冥術研もなんかのついでに視察していくらしいよ。だから、近いうちに研究所に来たらシデルーン総司令を見れるかも。見学来る?」
「来ないよー。めんどくさいもん」
「だよねー」
ザネリヤは、リサの回答を予想していたかのようだ。リサは悪漢退治には興味はあっても、偉い人だとか権力者だとかにはまるで興味がない。ザネリヤはそのことをよく承知していた。
そこで、ノナが首をかしげる。
「でもなんでしょうねえ、オーリア帝国の軍総司令クラスの方がいらっしゃる理由なんて……。さすがに、軍事同盟という噂はないですし……」
ノナは軍総司令と同じオーリア帝国の出身だ。同じ国だからこそ、軍総司令という肩書きの重さが解るのだろう。
といって、発表もされていないことをあれこれ考えても判るはずもない。
ザネリヤはまた煙草をふかして、灰皿で火を消す。
「ノナ、気になるなら会って話せばいいじゃん。友達でしょ?」
「友達なもんですかっ! 向こうはとっても偉い方ですよ。そんなことをお伺いしに行くなんてとんでもない! 無理ですッ!」
「えー、そう?」
ザネリヤにはいまひとつ、自国の軍総司令の前に出て質問をするということの重みが理解できていないようだった。……あるいは、わざとふざけて、ノナをからかっているのだろうか。
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