第10話 「今のは日本語でしょうか?」 Bパート
早番勤務を終えた坂口が着替えを済ますと、本日もフルタイムの北村はちょうど休憩時間であるらしく、手招きして彼を呼んでいる。坂口は発注用のパソコンデスクまで歩いて行き、北村が指示する椅子に腰掛けた。
「お前さ、クレイジーフィルムって知ってる?」
「『あらゆる著名人の舞台裏を取材する、ドキュメンタリー番組』、……でしたか?」
「相変わらず辞書みたいな表現だねぇ」
北村はパソコンで発注表の用紙を印刷しながら肩をすくめ、「この前あれにさ、カールトンが出てたんだよ」と言った。
「お知り合いですか?」
「違うよ! お前も知ってんだろ。オリエンタルギャラクシーとか、ゴールデンタイムリープとか――」
「あっ! カールトン・フリーマン!」
坂口はつい興奮気味に答えた。「アカデミー賞にも二度ノミネートされた映画監督ですね? 知ってます! 宇宙船のデザインがいつも素敵なんです」
「そこに注目するか? ……やっぱりマニアックだな、お前」
印刷した発注表を眺めて小さく肯いた北村は、坂口の方へ向き直ると、「俺が撮る予定の映画もさ、あの監督みたいなタッチにしたいんだよ。参考にしようと思って観たんだけど、やっぱこだわりが半端ないね。メイキング映像観てたらその場でササッと修正をやってのけたりさ、他の監督とは判断力が段違いだわ」
「ササッ?」坂口は一瞬表情が固まったが、「やっぱり、題材は異星人ですか?」と次いで尋ねた。
「カールトンって言ったら、まぁそうだよなぁ。本当はそうしたい所なんだけどさ……」
北村は腕組みをし、難しい顔になる。
「自主制作で宇宙人がテーマって、正直難しいよ。安っぽい仕上がりにしかならんだろ。金もねー、コネもねー。特殊メイクなんかもできないしさ。SFは予算があってなんぼの世界なんだよ」
「そうでしょうか?」坂口は頭の上に疑問符を浮かべ、「”榎本えす”の作品は、世界観がそれほど派手ではないですが」
「は? 誰それ?」
「僕のお気に入りのSF作家ですっ!」
「あぁ、そう」
日本の芸術家にはまるで関心を示さない北村には、あまり響かない様子である。
「一応さ、次回作の脚本はもう書き始めてんのよ」
「わっ、すごい!」坂口は目を輝かせ、「どんな話ですか?」
「そりゃまぁ――」北村は照れた様子で発注表をバインダーに挟み込み、「書き上げたら見せてやるよ」
「はいっ! 楽しみです」
「まぁ、一応な、演出的な面ではさ――」
今度は北村が目を輝かせながら、「まず冒頭のアクションシーンはドッカーンっと派手な演出にしたいんだけど、やっぱ最後は感動できる話がいいよなぁ。心にグッとくるような、涙ポロリなオチにしたいわけよ。
途中でゆらゆらぁって感じのインサート入れて、優雅な映像美も取り入れたい。でもって中盤でダラダラする展開も嫌だから、パッパッパっ! って切り替わるようなカメラワークがちょいちょいほしいわけ。ドローンとか飛ばして、ブワッと空撮っていうのもありか。
――なぁ、お前はどう思う?」
「…………」
早口に語る彼の言葉に、思わずCPUが処理落ちしたように呆けた表情を浮かべた坂口は、「今のは、……日本語でしょうか?」と首を傾げて問いかけた。
「はっ?」
「表現が難解過ぎて、僕には半分も理解できなかったです」
「お前なぁ……」
ため息を漏らした北村は硬い短髪を掻きむしり、「これだから帰国子女はよぅ。日本の表現に疎いっていうかなんというか」と言うと、テーブルに置いた珈琲カップを掴んだ。
「PA・PA・PA! だよ。分かる? ドゥ・ユー・アンダー・スタン?」
「はぁ」
「おつかれぇー」と、そこへ高梨が現れたことで、北村は慌てて立ち上がった。「――また今度、細かいところ詰めていくから」
「はい! 分かりました!」
そそくさと仕事へ戻って行く北村を見送った坂口は、高梨に挨拶をして店を出た。
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