第43話 「偽名なんですよね?」Cパート
意識が戻った瞬間、坂口は全身にひどく重みを感じた。あらゆる関節が痛み、重力が増したように気怠く、胸の辺りには何かがこみ上げてくるようだった。
何だか、身体が暖かい……。
手を動かすと、ベッドの上にあったはずの掛け布団が身体を覆っている。
床の上で仰向けに横たわり、左に傾いた首はそれがあたかも自然な姿であるとでも言いたげに固まっている。視線の先には木製のテーブル、その向こう側には液晶テレビが見えた。
すぐに自分の部屋だと認識できた坂口は、試しにゆっくりと上体を起こした。立ちくらみのようにみるみる血の気が引いていく。
「うっ……」
頭に鋭い痛みが走った。その理由が何なのか、すぐには理解できなかったが、ほんの瞬きをする間に彼は思い出した。
どのくらい眠っていただろう? 時間を確認するためにゆっくりと首を右に振ると、ベッドの端に二本の細い足とふんわりとしたスカートが見えた。
「あれっ?」
彼女の存在もすっかり彼の記憶から吹き飛んでいたが、それもすぐに思い出した。
共に夕飯を食べ、その後しばらく談話をしていた。
……そう、覚えている。脳裏で記憶が蘇ると、坂口は反射的に動き出した身体を思い切りテーブルにぶつけた。肘に電流が走るような鋭い痛み。やがて視界の中には小さな水たまりが見え始め、それが滲んでいく。
「大丈夫ですか?」
彼と距離を置いて座る足立は、青ざめたように血色の悪い表情を浮かべている。
「うっ、……大丈夫です」坂口は肘を強く押さえ、「僕はどのくらい眠っていましたか?」と尋ねた。
「三十分くらいですかね」足立はよそよそしく目を背けながら答えた。
「……そんなに」
坂口は掛け布団をベッドに戻し、「ご迷惑をおかけしました」と謝罪の言葉を述べた。すると足立が突然勢いよく立ち上がり、「坂口さん!」と声を上げた。
背筋を伸ばして床に正座した彼女は、「ちょっとそこへ」と目の前を指差した。
「はい?」
坂口は指示された場所に移動し、座る。すると足立は身体の後ろに隠していた物をおもむろに取り出し始めた。
それは、数種類のパスポートだった。
足立はゆっくりと個人情報のページを開く。どれも坂口の写真が貼られているが、名前や年齢、国籍については全てばらばらだった。
「勝手に引き出しを覗いたのは私も悪かったと思います」と言いつつ、彼女は坂口を睨みつけ、「でも……、これは一体どういうことですか」
「あぁ。それはですね、僕が――」
「あなたが宇宙人なんでしょ!」
「……はい?」
坂口は、斜めに首を傾けた。
「これって、偽造パスポートですよね? 他にも鍵とかカードとか、……銃みたいなものとか。いくつも名前を使い分けて、身分も偽ってたんでしょ! 坂口って言うのも、実は偽名なんですよね?」
足立は俯いて話し続けていたが、ふっと顔を上げ、「坂口さん。お願いだから私にはほんとのことを話してくださいよ!」と叫んだ。
「誤解ですよ。それは――」
「覚えてないんですか? 坂口さんが酔って倒れた後、『どこかに薬はありますか?』って私が聞いたら、あなたは何て答えたと思います?」
「えぇと、薬ならリュックの――」と彼が言いかけたところで、足立は手のひらを見せながらそれを制し、「『宇宙船』って、言ったんですよ……」と静かに呟いた。
坂口はその発言について考えを巡らせたが、どうにも思い出せそうになかった。何か夢を見ていたのか? その間にも足立は飛びかかりそうな勢いで彼に迫っている。
「どうなんですか!」
「いやぁ、どうにも思い出せませんが……」
睨みつける足立の顔を穏やかな表情で見つめ返す坂口は、一度咳払いをした後、「実はですね、足立さんが見たのはただの小道具なんです」と言った。
「…………はっ?」
彼女の表情は、複雑な形状を保ったまま硬直していた。
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