第21話 「死活問題なんです!」Cパート

「ひぇっ!」


 驚いて声を上げた足立は、「え? 何の音?」と辺りを見回している。


「あれはお隣さんの風鈴ですね。風の吹く日にはいつも聞こえてきますよ」


「え、風鈴?」足立は怪訝な表情を浮かべ、「この時期に風鈴って、ちょっとおかしくないですか?」


「そうですね」と坂口は微笑み、「一般的には、夏場に縁側に吊るすのが定番だと言われています。でも、お隣さんの部屋からは毎日聞こえてきますよ」


「あっち側のお隣さん?」足立は壁を指差し、「少し変わった人なのかなぁ」


 彼女はしばしの間考え込んだ後、何か思いついたように両手を叩くと人差し指を立て、「あ! もしかして付けっ放しにしてるのは、何か理由があるんじゃないですか?」と言った。


「例えば、別れた彼氏がくれたもので忘れたくないとか、生き別れた旦那さんの形見で外せないとか。ねっ! ねっ!」


「えっと……」坂口は間の抜けた顔になり、「お隣さんは、男性ですが」


「え、坂口さんはお隣さんを見たことあるんですか? どんな感じの人です? 風鈴好きってことは、やっぱり綺麗めな感じの人ですよね? 和服とか着て、清楚な感じで、趣味で日本舞踊を習ってたりして」


「……どうでしょう」


 坂口は、廊下ですれ違う彼の姿を思い浮かべ、「背は高いですよ」と答えた。「あと、廊下ですれ違ったら挨拶を返してくれます!」


「そうなんだぁ。素敵な人かなぁ」


 まだ見ぬ隣人の隣人に対し、足立は身勝手な妄想を抱いているようだった。


 プリントを待つ足立はどうやら手持ち無沙汰なようで、チューハイの缶を片手に机の上を眺めていた。その中で一冊の文庫本に目が留まり、「あ、このタイトル。どっかで見たことある」と小さく呟いた。


「榎本えすを知ってるんですか!?」


 坂口は突然、凄まじい声量でそう言うと、「……好きなんですよねぇ。異星人の描写が何とも秀逸なんです」と嬉しそうに語った。


「へ、へぇ」


「新刊が出るのを、いつも楽しみにしているんです」


「あの話、そんなに面白かったですかね?」


 足立はどこか冷めたような声でそう答え、「私は映画しか観てないですけど、他のSFものに比べるとちょっと地味じゃないですか? もっと宇宙人っぽい敵が出たりした方が、SFっぽい感じ出ると思うのに」


「そんな!」


 坂口は聞き捨てならんといった風にテーブルを叩くと、「そこがあの話の良いところなんじゃないですか!」と反論した。


「高度な科学文明を要した異星人たちは、派遣先の惑星に住む生物への擬態もお手の物なんです。地球人はみな僕らのような姿をしているのに、モンスターみたいな姿のまま現れたらそれこそパニックですからね。榎本えすの作品は、敵だとか、味方だとか、そういう勢力図を単純化させた物語ではないんです」


「そう! それそれ!」と、足立も負けじと応戦する。


「ストーリーが地味なんですよ。何だか短調で盛り上がりに欠けるっていうか。地球に派遣されてきた宇宙人の日常? ですか? そういうのって、極論で言っちゃえば別に宇宙人でなくても通用しちゃう話に思えるんです。


 正直、私は途中で飽きちゃいましたね。もっとこわ~い宇宙人が出たり、宇宙戦争みたいになった方が盛り上がると思いますけど」


「あぁ……。そうじゃないんだなぁ」


 坂口はいかにも悔しそうな表情を浮かべ、「原作を読むと、本当に素晴らしいのに……」と歯を食いしばった。「安易な争いの展開には持っていかず、異星人の日常に潜む新たな発見と言いますか、リアルな日常を描いているところがこの人の作品の持ち味なんです!」


「……はぁ。そうですか」


 自分から持ち出した話題にも関わらず、足立はどうにも居心地の悪い気持ちになり始めていた。ここで部屋の主の機嫌を損ねてはまずい……。


「でもでも、俳優は格好良かったですよ」と足立は言ってみるものの、あまり効果は得られなかったようだ。坂口は納得がいかないといった表情を浮かべている。


 話題を変えるべく、足立は部屋の中を見渡した。


 どこにでもありそうな家具ばかり。この上なく平凡なベッドカバー、カーテンも普通、机も本棚も枕カバーも全部! 誰がどう見ても、普通の部屋だった。むしろ普通すぎて、ドラマのセットか何かではないかと勘ぐってしまうほどに。


 どうしよう、密室でこの状況は気まず過ぎる……。などと、冷ややかな空気を肌で感じ取った足立は、目線を素早く動かした。すると、テレビの横に山ほど積まれた新聞が目に入った。

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