第20話 「死活問題なんです!」Bパート

「死活問題?」坂口はカップを片手に部屋に戻り、「どうしてですか?」


「そ、それは……」


 じっくりと見つめ返す彼の視線を恥じらうように目を逸らした足立は、「なんと言いますか、あくまでも個人的な問題というか……」と言葉を濁らせた。


「ほら! パソコン使えないって思うと、何だか落ち着かない気持ちになるじゃないですか。そういうのってありません?」


「パソコンはそれほど重要でしょうか?」


「あれ、……うそ? そういう気持ちになるのって、私だけ? え、じゃあ例えば、外出した時にスマホを部屋に忘れて来て、それに気がついた途端、何だか言いようのない不安な気持ちに陥ったりは?」


「しませんね。どう不安なんですか?」


「マジかぁ」と、足立は項垂れている。


 坂口は珈琲をゆるりと啜りながら、「プリンターのインクは使えそうですか?」と尋ねた。


「は! そうだ、プリント……」


 足立は急いでパソコンの方に向き直り、「私ったら、ついお話に夢中になって……。ごめんなさい、すぐやりますから!」


「いえいえ。ゆっくりで大丈夫ですよ」


 坂口はカップを片手に床の上に腰掛け、「それより足立さんって、意外とおしゃべりなんですね。初めて会った時はもっと無口でおとなしい人なのかと思っていました」


「……あぁ」


 彼女はふと、バツの悪そうな表情を浮かべると、「やっぱ無理がありましたよね、私には……」と肩を落としている。


「今回の引越しを機に、ちょっと清楚な隣人の女って感じで通そうかと思ったんですけど、実はおしゃべりしだすと止まらないんです。黙っていられないというか。――あ、すみません。インク切れちゃってるみたいです」


 坂口は彼女の言葉に首を傾げ、「どうしてそんなことをするんですか?」と尋ねた。「今の方が明るくて楽しいのに」と答えながら、立ち上がって机の引き出しを開き、インクを探し始めた。


「それはまぁ、ちょっと背伸びしてみたかったっていうか、その方がミステリアスで大人の女っぽいかなぁって」


 足立は椅子に座ったまま、足をぶらつかせている。その隣では坂口が替えのインクを見つけ、プリンターに差し込んでいた。


「何かぁ、ひっく……。あ、ごめんなさい。えへへ。何か新生活って、今までの自分の殻を脱ぎ捨てて、背伸びして、大人ぶって、全くを取り繕ってみたくなったりってしません?」


「そういうものですか?」


「そういうもんですぅ!」と、彼女は声を荒げた。


「よしっと」


 坂口が手早くインクの取り替えを行う姿を眺めながら、足立は口を尖らせて身体を揺らしていたが、「そういえば、坂口さんっておいくつなんですかぁ?」と突然話題を変え始めた。


「僕は今年で二十七歳です。――これで、どうでしょう?」


「ありがとうございまぁす! じゃあ、学年で言うと私の二つ上ですねぇ。私はねぇ、ひっく……。今はまだ二十四歳でぇす」と、足立は敬礼のようなポーズを取ったが、続けてぺこぺこ謝りながらパソコンの方に向き直った。


 語尾の調子が崩れ始めているものの、足立の意識は思いのほかしっかりしていた。黙ってプリント作業を進めた彼女は、印刷が終わると書類を順にファイルにまとめていく。


 坂口は珈琲を啜りながら彼女の後ろ姿を何の気なしに眺めていたが、そこで突然、金属のぶつかるような音がどこからか響いた。

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