第45話 「あの景色が必要なんです」Aパート

 硫黄の匂い、漂う街。


 休日の土産屋はどこも満員御礼だが、平日には立派な閑古鳥かんこどりが鳴き始めるようだ。日本家屋の街並みに階段状の湯畑ゆばたけが延び、付近には休憩所として設けられた足湯。


 テレビ局の飛ばすドローンの羽音が、そんな風情あふれる景観を台無しにしていた。


 石田は遠藤の付き添い役として、修学旅行の候補地を順に巡っていた。二人の担当地域は温泉街である。観光圏内には縁結びで有名な神社もあり、近頃は海外からの観光客も増えている。


「高校生にとっては、退屈な場所よね」


 遠藤はドローンを見上げ、目を眩しそうに細めた。


 学生は奥ゆかしい温泉街よりも、合理的なショッピングモールを好むものだ。神社よりも夢の国、素材にこだわった饅頭よりも、SNS映えするスイーツなのである。


 けれど、この地域は教育委員会からの評判が良い。大人と子供は、いつの時代も相容れない関係なのかもしれない。


「ごめんなさいね、せっかくの休日なのに付き合わせちゃって」


 白いチノパンツにストライプの模様が入った水色のシャツを着た遠藤は、石田の隣りを歩きながらショートカットの髪を揺らしている。


「お互い様じゃないですか」と、彼は簡潔に答えた。


「そっか」


 ラフな服装に比べ、ちらりと眺めた彼女の横顔はあくまでもビジネスライクである。


 旅行先の下見では、大まかに作成した旅のしおりを手に、予定した時間配分で回れるかどうかを実際に歩いて確かめている。当日に立ち寄る観光名所の状態や、団体用のバス駐車場、宿泊施設、それを踏まえた行動範囲の設定など、あらゆることを想定して行われる。


 各所で何分滞在し、昼食の時間や、場所はどのようにするか、それら全てをしおりの中に書き込みながら進めていく。数日分の全日程を二人だけで検証するのはおよそ不可能なので、他クラスの担任たちで手分けして回っていた。


 担任は一つの地域に対して二人ひと組で行くように定められており、遠藤は副担任である石田を同行者として指名した。他のクラスも基本的にそうしているが、隣のクラス担任である数学の飯田先生は、副担任を指名せずにわざわざ英語の早見先生を指名していた。


 彼の下心が見え見えであるのは職員室の誰もが察しているため、副担任を同行させるべきではないのかという意見も少なからず出ていたが、それについての明確な決まりはない。副担任である八代先生は休日もテニス部にべったりであるため、特に不平も出なかった。


「この辺りを回った後、昼食移動になりそうね」


 遠藤は腕時計で時間を確認し、石田が手に持ったしおりを眺めながら言った。


 しおりは互いに一冊ずつ所持していたが、細かな記載は石田が担当しているため、実質的に使用されるのはこの一冊のみである。遠藤は主に施設関係者との交渉を担当していた。


『お互い、得意なことに集中した方が力が発揮できるでしょ』


 そう言っていた彼女にしたところで、会話や交渉が得意ではあっても好きなわけではない。人見知りの石田に無理をさせぬよう、損な役回りを率先して引き受けたのだろう。


「移動距離を考えると、食事はここか、ここになりそうです」


 飲食店の一覧表を眺め、石田は言った。


 行動順をずらしても、一度に学年の半分程度が利用するため、受け入れ可能な飲食店は限られてくる。ホテルのラウンジを使うか、ビュッフェレストランを貸し切るか、それくらいだ。


 これが最終日ともなれば自由行動になるため、各班ごとに食事場をあてがう必要もなく、各々が好きなところへ行けばいいのだが、その日程の担当は飯田・早見ペアである。行動範囲も生徒たちの自由なので、適当に要所を回りながら評価をつけるだけであの二人は終了なのだろう。


 試練とは、乗り越えられる者にしか訪れないものだ。


「ここの食事を試してみましょうか」


 遠藤は一覧表の中から選んだホテルを目指すべく、大通りでタクシーを拾った。当日はバスで移動するところだが、後から時間計算して済むものはそこまで忠実に行う必要もない。

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