第31話 「宇宙人の関係者なんじゃない?」Aパート

 早番の出勤時間に合わせて自室を後にした坂口は、口を縛ったゴミ袋を片手にエレベーターに乗った。


 一階に到着するとエントランスを抜け、壁沿いに右へ進む。ゴミ捨て場はこの字型をしたコンクリートの囲いがあるだけで、屋根や扉は付いていない。カラス対策として緑色のネットがかけられていた。


 ゴミ捨て場に向かって歩いていると、誰かがゴミの山を漁っているのが見えた。今はまだ回収業者がやって来る時間ではないはずだ。


 ものすごく身長の高い男性だった。後ろ姿ではあったものの、近づくにつれて坂口にはすぐに誰であるのか分かった。今日は長いカーディガンを羽織っている。


「おはようございます!」


 彼の声に反応して振り返った男の顔を見ると、やはりお隣さんだった。額にはじんわりと汗が滲んでいる。


「あぁ。どうも」


 男は簡潔に挨拶を述べながら、乱雑に破棄された大量のダンボールを掴んでいる。


「何してるんですか?」ネットの下にゴミ袋を放り込みながら、坂口は尋ねた。


「いや、……べつに」


 男が両手に持ったダンボールには、虫の名前の引越社とプリンターの写真がそれぞれ印刷されている。「これを捨てたのは、最近越してきたやつか?」


 坂口は足立が越してきた日の朝、確かに同じイラストの描かれたトラックを見かけている。その旨を伝えると男は、「……そうか」と言って何かを考え込んだ。


「それがどうかしたんですか?」と坂口は尋ねたが、「いや、なんでもない。こっちの問題だ」と言い捨てた男は、そそくさとその場を去った。



 夕方になって仕事を終えた坂口は、自室にて日課の新聞を読みながら過ごしていた。政治欄や経済欄を熱心に熟読した彼は、続いて四コマ漫画をさらりと読み流す。内容については今日もさっぱりだった。


 足立に言われて以降、彼は漫画の内容が気になり始めている。今までは何も考えずにただ眺めるだけで終わりにしていたが、最近では内容が不明瞭なことに漠然とした疑問を感じるようになった。


 内容はこれで、本当に適切なのだろうか?


 とはいえ、四コマという短い範囲で起承転結を完遂させることは容易ではない。仮に自分が作家だとしたら、どう考えてもできそうにない。そんなものをほぼ毎日書き続け、連載し続けなければならないとは。ひょっとすると、連載を続けているだけでも誇れることなのかもしれない。


「なるほど」


 自らに言い聞かせるように呟きながら、そういう類いの世界があることに気づいた坂口は、また一つ何かを学んだ気がした。


 そんな彼の独り言に呼応するように、チャイムの音が鳴り響いた。続いて扉をノックする音が聞こえてくる。時間帯と行動パターンから、あの人以外には考えられない。


「はーい」と応え、坂口はドアを開いた。


「こんばんわぁ」


 予想した通り、目の前に現れたのは足立だった。スーツ姿に黒い革の鞄、右手には前回同様にコンビニ袋をさげている。


「一緒に晩酌しません? 一人で飲むのも何だか寂しくって」


 コンビニ袋を顔の横にかざしながら、足立は笑顔を寄こした。


「良いですよ」坂口は扉を広げ、彼女を招き入れた。


「お邪魔しまーす」


 テーブルの上に勢いよく袋を置いた足立は、鼻歌交じりに中から惣菜やらアルコールやらを取り出した。缶チューハイに缶ビール、小瓶の日本酒などもあった。


「何飲みます? 何でも揃ってますよ」


「うわぁ、お酒がたくさんありますね」


「好きなんですよねぇ。最近はほとんど毎晩飲んじゃう」パステルカラーの缶を手に取った足立は、さも自宅のようにテレビをつけながら、「坂口さんは何が好きですか?」と尋ねた。


「実は……」坂口は華やかになったテーブルの上を見つめながら、「僕、お酒飲めないんですよ」と答えた。


「え?」と、”プシュッ”がほぼ同時だった。


「昨日の朝会った時、二日酔いだとか言ってませんでした?」


「あぁ、あれはですね――」坂口は惣菜のパックを手に取り、「友人の飲み物を間違って飲んでしまったんです」と言って立ち上がると、キッチンでそれを温め始めた。


「それって、まさか一杯だけ?」


「一口ですね」


「ひとくち!?」


「僕はそれだけでも、意識が朦朧としちゃうんです」


「それで二日酔いに?」


「そうですね」


 彼は温めたパックをテーブルに広げ、ベッドに腰掛けた。


「マジですかぁ……」と足立は気を落としたが、すぐに気持ちを切り替えると、「あっ、じゃあじゃあ! これならアルコール入ってないんで!」と言って袋の中からカルピスの缶を取り出した。


「もらっても良いんですか?」


「もちろん! 乾杯しましょ」


 カルピスの缶を受け取った坂口は、足立と杯を交わした。


 ベッドに凭れながら並んで腰掛けた二人は、テレビを観ながら最近のタレント事情について情報交換をしていたが、次第に話題も尽きていき、互いの職場の話へと発展した。


 足立には”リナちゃん”と呼ばれる仲の良い後輩がおり、とても可愛らしい子なのだと彼女は語っている。


 一方で坂口は、先輩の北村の話をした。自分と話をしている時に限って高梨がよく姿を見せるのだと話すと、「その二人って、実は付き合ってるんじゃない?」と足立はけらけら笑いながら言った。


「でも北村さんは、高梨さんのことを苦手だって言ってましたよ。あれ? 怖いだったかな」


「それはきっと、アレですよ。尻に敷かれてるんです」


 足立は胡瓜のピクルスを爪楊枝で刺しながら、得意気に話した。「北村さんって人は店長にすら平気で意見するような人でしょ? そんな人がちょっと怖い人だからって、頭が上がらないなんてことはそうそうないと思うんですよね」


 彼女は胡瓜を齧った後、すぐさまチューハイを流し込み、「二人は何か特別な関係にあって、職場でもその延長線上! みたいな感じなんですよ」と主張した。


「そうですかね?」


「そうですよ!」


 坂口は筑前煮に入ったこんにゃくを器用に箸でつまみながら、二人が肩を寄せ合って街を歩く姿や、レンタルショップで映画を選ぶ光景を想像してみた。北村が陳列棚にケチをつけている様子が目に浮かぶ。

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