第29話 「この人痴漢です!」Aパート

 月曜の朝は、なぜ憂鬱な気分になるのか。


 金曜日の夜に浮かれ気分だったのが、すっかり遠い昔の話に思えた。世の”月曜日”が消え去ってしまえば、喜ぶ人は大勢いるのに……。少なくとも、ここに賛成一票は確保している。世間は平日勤務のサラリーマンやOL層が大半なのだ。それらを上手く抱き込めばこの法案の可決は揺るぎないはず!


 双方の妥協案として、「雨が降ったら休み!」なんていう案はどうか? だから今日は休みにしてよ、お願いだから……。 


 などと、非生産的で馬鹿げた妄想をしつつ、足立は部屋のドアを開いた。エレベーターホールに向かうと坂口が立っていた。不意打ちすぎる。


「こんにちは」


 相変わらずの明るい挨拶に垂れた瞳と、……血の気の引いた顔?


「どうしたんですか?」


 顔色が悪い。


「昨日少し飲みすぎてしまって……」と、坂口はこめかみの辺りを押さえている。


 あら、意外。もっと自己管理のきちんとした人なのかと思っていたのに。


 エレベーターで下に降り、二人並んで傘を差す。こういうのって何だか悪くない。月曜日の存続も少しは考慮してやるか。


 駅に向かう道すがら、坂口と昨夜目撃した飛行物体について語り合った。あの人はまたSFの話を持ち出すもんだからつい笑ってしまったけれど、”宇宙船”という表現はあの光景にはぴったりだった。


「……宇宙人ね」と、足立はひとり呟いた。


「何か言いましたか?」


「え? いえいえ!」足立は頭を振りながら、「あ、今日は早番なんですかぁ?」


「はい! 夕方には終わるので、今日は帰ったらぐっすり眠れます」


 二人で向かうと、通勤の道のりも意外にあっという間だった。坂口の勤務先に着くと彼は店の奥に着替えに向かった。


 足立は朝の買い物を済ませ、いざ出勤。今日は余裕を持って仕事を行うことができ、定時には余裕で間に合いそうだった。隣のリナちゃんも定時に仕事を終えた。これは相当に珍しいことである。二人は同時に席を立った。


「今日は映画を観に行くって決めてたんです」


 リナちゃんは目を細めて笑いながら話している。その気になれば、いつでも定時に仕事を終えられるのかもしれない。


 窓から外を眺めると、雨は止んでいた。雲間には薄らと白い月が見え始めている。二人でエレベーターに乗り、一階まで降りた。


「あれ? 先輩って、帰り道こっちでしたっけ?」


 会社の建物を出たところで、並んで歩く足立を見ながらリナちゃんが尋ねた。


 予期せぬ弾丸のような引っ越しであったため、経理の人間以外には引越しの件をまだ報告していなかった。理由が理由だけに、あまり知られたくはないかも。


「あれ? 引越ししたの言ってなかったっけ?」と、足立は誤魔化すことにした。


「ふうん」と小さく息を吐きだすように呟いたリナちゃんは横目で足立を見つめたが、すぐに呑気な表情に戻し、「え、うそぉ!? どこに引っ越したんですか?」と尋ねた。


「あっちの方から乗って――」と、足立は自宅の最寄駅を口にした。


「えっ!」彼女は目を見開き、「それって、私と同じ駅ですよ! 住所はどの辺ですか?」と興奮したように言った。


 この時ばかりは、本気で驚いているようだ。


「えーと」


 足立がマンションのある町名を言うと、「わぁ、ご近所さんですよ!」とリナちゃんは嬉しそうに叫び、「一緒に帰りましょう!」と腕を組んできた。

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