遠距離出張でGO

 使った単語:極秘 白装束 カウンターパンチ 街歩き 偏向報道


 遠隔地への出張指示がきた。

 我々のような社畜にとって上司や日常業務の重圧から解放される至福の業務命令だ。

オフィスで一番大きな机に座っているゴリラのような部長は部屋の隅々に響き渡るような大声で言う。

「おい島村、分かってんだろうな。しっかり契約とってこいよ!」

 部長に呼び出されたときはまた説教を食らうのかと思ってびくびくしていたが、まさか単独で出張とは。

 他の社員たちも、どうして俺が抜擢されたのか分からないといった表情をしていた。

「はい、もちろんです部長!」

 とか、俺は真面目な顔で返事しつつ心の中では小さな自分の分身達が列を作ってウキウキなラインダンスをしていた。


 そして出張当日の今日。

 時刻は夕方の4時。契約をしっかり結んだ俺は、職場に連絡して普段は絶対できない早上がりをした。

 最高である。

 至福とは遠隔地での早上がりと見つけたり。

 俺はさっそく町歩きを開始することにした。

 昨日ネットで調べた情報によると、ここら一辺は城跡以外には別に観光名所も無さそうな漁村だったので、商店街あたりをぐるっと回ってみることにしたのだ。

 すっきりとした秋晴れの下、商店街の中を吹く風はスーツ越しにも涼やかで心地よかった。なんとまあすこぶる街歩き日和である。いつもなら職場や営業先でばちこり仕事をしている時間だということが信じられない。

 ふいに香ばしいいい匂いがした、周りを見渡すと近くに天ぷら屋さんがあった。俺はカウンターで愛想のいいおばちゃんに棒付きの揚げ天と缶ビールを注文した。

 それらを手に持って商店街を歩きながら食べ飲みした。ぷりぷりでジューシーな揚げ天と冷たい缶ビールの愛称は最高だ。

 なんだか高校の部活後みたいだな。なんて、なんだか昔を思い出して少し懐かしい気分になった。

 そうしてしばらくゆっくりした時間を過ごしていた俺は、ある違和感に気付いた。


 それはさっきから目にする白装束の集団のことだ。

最初は偶然白い服の人が多いのかなと思っていたけれど、お年寄りの人やおばちゃん集団、皆一様に白い衣服を着ている。それは白いレインコートであったり、白いシャツだったり、人によっては白い帽子やネクタイもしている人もいた。そしてその人数は時間が経つにつれてだんだんと増えていった。隣を駆けていく小学生たちも、ギャルっぽい女子高生も、気付くと俺の周りの人はほぼ白い衣服に身を包んでいた。

なんとも異様な光景ではあるけれど、話している表情や雰囲気は別に不気味でもなく、むしろ楽しげだ。

一体何なんだろう。

 あ、そうか分かったぞ。今日はそういうイベントなんだ、ハロウィン的な。そう思うと、この異様な光景も地域ぐるみの楽しいイベントなのだろうと思えた。

どんなイベントなのかググってみようと思いスマホを取り出した時だ。

「あのーお兄さん。この町初めてですかぁ?」

大学生ぐらいの女の子に声をかけられた。白いだぼっとしたフード付きのパーカーを羽織っていて、そのフードからは胸の辺りまで真っ黒な髪が伸びていた。

「私たち近くの大学の環境社会学部の学生なんですけどぉ。今日はイベントなのでぇ、初めてここに来た人たちにぃ道案内のボランティアをしてるんですよぉ」

とろんとした垂れ目の印象的なその子の後ろには同じような格好をした子達が数人いた。

「あのこれ、このあたりの地図ですぅ」

そう言って彼女たちが自作したであろう手描きのポップな地図を差し出してくれた。

「あ、ありがとう、助かるよ」

手に取ったそれには『★死者のいる町へようこそ★』と書かれていた。

 死者ときたか。

「ひとつ聞きたいんだけどさ、皆さんが着てる白い服は衣装なの?」

「そうですよぉ」

「どうしてここは死者がいる町なの?」

「実はぁ、去年ぐらい……だったかな? この町にテレビの人気番組で霊媒師の人がやってきてぇ、『この土地には死者がいる!』とか言っちゃったんですよぉ〜。それからなんか、ユーチューバー? の人が来てぇ、ここの神社で肝試しした動画がバズっちゃったんですぅ」

「なるほど、それでその話題性を町興しに使おうって考えたんだ」

「正解ですぅ」

女の子はにへらっと顔を綻ばせた。

普段ならこんなに初対面の女の子に積極的に話すタイプではないのだけれど、出張の楽しい気分と、酒の力が俺にそうさせた。

いや自分に正直にいうならば、この女の子はすごい俺好みのタイプだったのだ。

黒髪で垂れ目でおっとりしてて、おまけに胸もでかかったのだ。

そんなの、控えめに言って最強すぎるじゃないか。

「お兄さん、よかったらその神社に案内しましょうかぁ。すぐそこなんですよぉ」

「ああ、よろしくたのむよ」

心の中の小さな俺達はくす玉を割って万歳三唱していた。


 海沿いの道を女の子と歩く。

 秋になって暮れるのが早くなってきた日は、もうほとんど海に隠れていた。

 薄暗くなる中、道に街灯はほとんど無く足元もだんだんとよく見えなくなってきていた。静かな波の音がかすかに聞こえてきていた。

「お兄さんはどこから来たんですかぁ?」

 横を歩く女の子が尋ねてくる。

「隣のK県だよ、出張なんだ」

「そーなんですかぁ、もしかして独身ですかぁ?」

「ああ、そうだよ。彼女だっていないんだ」

「あーそれはいいですねぇ」

 ん? それはどういう意味なんだろう。

 女の子の表情は、しかしもう暗くてほとんど見えなかった。

 俺は、しかし滅多にこんなかわいい女の子と出会うことなんて今後ないかもしれないと思い、一か八かでこう言った。

「そうだ、何かSNSとかやってる? よかったらアカウント教えてよ」

 すると女の子はかなり唐突だったにもかかわらず「いいですよぉ」と二つ返事で快諾してくれた。

 やったぜ!

 俺はスマホを取り出して歩きながらアプリを立ち上げて教えてもらった彼女のIDを打ち込んだが、女の子のアカウントは表示されなかった。

「ここですよぉ」

 女の子が呼ぶ声がした。

 まぁいい、IDをもらったのだから、後から登録しよう。


 女の子の言う通り、神社は商店街から少し離れた場所にあった。

 いや、正確には神社の跡地があった。

 神社と思われる建物は焼け落ちていた。真っ黒な焼け跡の前に古ぼけた赤色の鳥居だけがぽつりと立っていて、不気味さを助長していた。

 俺はてっきり何かイベントらしきものをやっているのかと思っていたのだが、全く何もなかった。

 出店も無ければ、人もおらず、街灯も心細い光を出しているやつが2・3見えるだけだ。

「神社ってこれ?」

「そうですよぉ、燃えちゃったんですぅ。たぶん放火だったって。バチあたりですよねぇ」

 女の子と人気のないところで二人きりというのは嬉しいけれど。何の催し物もやっていないのは少しつまらない、肩透かしをくらってしまった気分だ。これではまるで肝試しではないか。

「そーいえばお兄さん、イケニエって知ってますぅ?」

 女の子は唐突にそう切り出した。

「生け贄? 意味ぐらいは知ってるよ」

「ここの町は昔、毎年ひどい台風の被害が出てたらしいんですよぉ。戦前頃までは竜神様がお怒りになってるからだーって信じられててぇ、この時期になるとこの神社に生け贄を捧げてたんですよぉ」

「へぇ……そうなんだ」

「毎年、誰を生贄にするかですごい揉めてたそうですよぉ。ついには町で生け贄を出すか出さないかで大争い。死者も出た騒ぎになったそうですぅ」

 女の子は神社の焼け跡の方を見たままで言った。

「そうそう、お兄さん。神社が燃えた後、イケニエの皆さんの魂はどうなったんだと思いますぅ?」

 俺は女の子が口を開く度に自分の手足が冷えていくのを感じていた。

「え、えっと、成仏したとか?」

 女の子はこちらを振り返った。

 その顔に感情らしい感情は何も見て取れなかった。

「もし、私たちがその魂だって言ったらどうしますぅ?」

 そしてこちらを嘲笑うかのように口端を上げる。背筋がぞくりとした。

「あはは、まさかー、まさかそんな、ね?」

 できるだけ明るく言ったけど、女の子は表情を変えなかった。

 空笑いをする俺の口の中は緊張で乾燥しきっていた。

「ねぇお兄さん、そのユーチューバーの動画ってなんで人気が出たと思いますぅ?」

 いやいや知らないよ、なんだよ怖いよ、もうやめてくれよ。

「それはもう、ヤバい物が映ってたからですよ」

「やばい、もの?」

 女の子は俺の後ろ側を指差した。

「私たちですよ」

 気付くと、白装束の町民たちがざっと見ても50人ぐらい、神社を囲うようにして立っていた。薄暗い街頭に照らされた白装束の人達は一人残らず無表情で、その頭に三角の布をつけていた。さっきと違って目が絞められた魚のように虚ろだった。

 俺はその時分かったような気がした。

 なぜ、あのゴリラみたいなパワハラ部長が、わざわざ俺をこの町に出張させたのか。

 なぜ、ネットで調べた情報に、このイベントのことが載っていなかったのか。

 なぜ、女の子のSNSのIDは検索で見つからなかったのか。

 そして、一斉に街灯が消えた。

 突然に訪れた暗闇に恐怖で頭がおかしくなりそうだった

「ああああああああ!!」

 真っ暗な中、俺はとにかくどこかに走って逃げようと手足を動かそうとした、時だった。

 

 唐突に視界に光が戻った。

 街灯がついたのだ。

「なーんちゃって」

 そんな、状況にアンマッチな陽気な女の子の声が背後から聞こえた。

「え……え……」

 俺は訳が分からず、涙と鼻水でぐちょぐちょになった顔で女の子の方をおそるおそる振り返る。

 女の子は『どっきり大成功!』とでかでかと書いてあるプレートを持っていた。

 チャッチャラーン♪ という音が、町内放送用の音の割れたスピーカーから聞こえてきた。

 神社を囲む白装束の人たちも拍手したり笑ったりしていた。男の子なんか、頭に巻いていた白い三角形の布を振り回して喜んでいた。

「ま……まじ?」

「まじですぅ、これが私たちの考えたドッキリ町興しなんですぅ。だからインターネットにもこのイベントは載ってないんですぅ」

 なんと悪質な! こんな理不尽なことがあるか! 心臓発作を起こしたらどうする! と、俺は大声で悔しがったり怒ったりしたかったが、そうもいかなかった。

 なぜか。

 女の子の足が透けていることに気が付いてしまったからだ。

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