やらかし人間の生きる理由
使った単語:居座る 誤爆 ごぼう抜き 瀬戸大橋 1円玉
昔から、私はやらかしてきた。いろいろと。
そういう人間だ。性ともいう。
小学生の頃は宿題を忘れるなんてしょっちゅうだったし、学校に持っていく習字道具や絵の具の類はあまりにも忘れて行き過ぎてかなり綺麗なままだった。アイスを買ったら袋と中身を間違えてゴミ箱に入れるし、メッセージアプリの誤爆はしょっちゅうだ。
とにかくやらかしまくってきた。
だから私はいろんな人から叱られた。しかし人格は変わらなかった。母は学校から育児放棄を疑われ、父は私に同情の涙を流した。私は自分自身をどうしようもないやつだと思った。
きっとこのままどうしようもない人生を送ってどうしようもない愚かな死に方をするのだろう。私は私の父母や祖父母が可愛そうだと思った。私が生まれてきたときには希望を抱いていただろうに、不幸にも私はついにこんなどうしようもない人間に育ってしまったのだから。
可愛そうだ。
別に人と話すことも嫌いではなかったけれど、私の様々なやらかしによって友達はあまりできなかった。最初は遊びに誘ってくれていても、私が予定を忘れていたりなんかしたもんだから、そりゃあ怒って当然だ。
そんな私にも、唯一と言ってもいい友達と呼べる人物が存在していた。
それが凛花だ。
凛花は私がやらかしても、他の皆と違って私のそばを離れていくことはなかった。
彼女は底抜けに優しい。他の人に比べて堪忍袋の緒ががちんこ頑丈の鋼鉄製なのだろう。
彼女の怒つた姿は見たことがない、想像すらできない。これからも見ることはないだろ。
たぶん。
窓の外からはみんなが部活にせいを出す声が聞こえた。
私には無理だ。
なぜ皆はあんなことができるのだろう。
きっと、私は人間として生きるためのDNAが欠陥しているのだろう。
今日も私は人生を浪費するべく文芸部の部室にいる。
別に部活をするためではない。あまりに早く帰宅すると、母親に申し訳ない気になるからだ。この部活はいい。部員も少ないし、何ら活動をしなくてもいいし、部室は古いけど冷暖房もあるし、こうして暇を潰すために本に埋もれて適当に手にとった本を読むだけでも、部活をしているように見える。
教室では怒られてばっかりだけど、ここでは怒られることもない。誰かを失望させることもない。
ここにいれば私は私でいることができる。頑張って無理して普通を演じなくてもいい。
私が希少な自分の時間を堪能していたら、部室の扉がノックされた。
「美恵、まだいる?」
凛花だった。彼女は陸上部のエースだ。私がほとんど参加しなかった体育祭では、リレーでアンカーをし、ごぼう抜きでゴールしていたのは記憶に新しい。そして勉強もよくできた。彼女は、私と同じ生物ではないと本気で思えた。
しかし謎だ、どうして凜花のような子が、私の友達をしているのか。
私が「いるよー」と返事すると、凛花は部室の窓越しに笑顔を見せた。
「一緒に帰ろ、いつまでも部室に居座ってたらまた用務員さん来ちゃうよ」
外を見るともう真っ暗になっていて驚いた。
また1日が終わった。安堵のような、後悔のような気持ちが私の胸をすり抜けた。
凛花と一緒に帰る、横を歩く凛花はその日あったことを次々と話してくれて、いろんな楽しいことが聞けた。
女子高生ってこんな毎日面白いことがあるのかと、他人事のように感心した。
凛花の話からは、自慢をしたり私を軽蔑したり、私にむりやり話を促すようなことは全くしなかった。だから変に気を使うこともなかった。
本当に楽しいことが毎日あって、それをふんふんとただ相槌をうつ私に話してくれるだけだ。
その日、私はまたやらかした。
学校に財布を忘れたのだ。定期もその中だった。家の鍵もそれについている。
分けて持っていると何かを必ず忘れるからと思って全て固めていた。
これでは家に帰れない。
改札前で途方に暮れていると、凛花が私に千円札を2枚差し出してくれた。
「大丈夫大丈夫、また明日返してくれたらいいから」
そう言って彼女は笑った。天使のようだった。
私は凛花に迷惑をかけないように、油性マジックで手の甲に『2000円』と書いた。
そして次の日、私はお金を忘れてきた。
自分でも信じられないことなのだが、忘れてしまった。
学校について財布の中身を見ても、500円玉が1枚と1円玉が数枚しか入っていなかった。
私は私を呪った。
教室に朝練の終わった凛花が入ってきた。私はすぐに謝った。
「あ、いいのいいの、別に明日でも大丈夫だよー」
そう応えてくれる凛花の笑顔が私には辛かった。
凛花の横にいた女の子は言った。
「本気で返すつもりあるんだったら、忘れないでしょ」
誰に言うでもなく、独り言のように。でも私にも聞こえるように。
私は何も言えなかった。
凛花は「私が昨日お金を貸す時に、返すのはいつでもいいって言ったの」と私をかばってくれていた。
死にたくなった。
放課後、私はまた部室で本に埋もれていた。
本の世界に逃げ込むように、次々に本を手にとっては読んだ。
『新世界より』『時間のおとしもの』『失われた物語』『ビューティフルマンデー』『瀬戸大橋殺人事件』私の目の前には読み終えた本が壁のように積み上がっていった。
読み終わるたびに現実がやってくるのが、苦痛だった。
気付いたら今日も外は暗くなっていた。
「美恵、まだいるよね?」
凛花は今夜も来てくれた。
いつものように、私は凛花の話に相槌をうちながら歩いて帰った。
でも、ふと、気が緩んだ瞬間に「なんで凛花は私と一緒にいてくれるの?」と、ついうっかり口を開いてしまった。
言ってから、しまったと思った。
夜風が私達の間をゆっくり流れていった。「なんでって……一緒にいるのが楽しいからじゃない?」
凛花は微笑む。
そんなばかな、私と一緒にいて楽しいなどと言う人は見たことがない。
「だいたい、そんなのに理由なんてないよ。きっと」
そう、なんだろうか。
「あーでも、敢えていうなら、あれかな、尊敬してるからかな」
「え?」
「美恵、文芸部で一度だけ小説書いたことあったでしょ」
文化祭の時、めったに部室に来ない先輩に無理やり書かされたやつだ。週末に徹夜して書いて、しんどいからもうやらないと決めた。まさか凛花が読んでいたとは。
「あれ、面白かったんだよね。SFっていうのかな、ああいうの。あれ読んだとき、私には絶対こんなの書けないと思った。美惠には才能あるよ」
にわかには信じられないけれど、凛花はいたって真面目な顔で続ける。
「そうだ、また書いてよ。今日お金忘れたお詫びということで」
私は断ろうとしたけれど、両手を握られて何も言えなくなった。
「いいよね?」
そう目を見て言われれば、私に拒否権はない。
だから私は、こうして今日も小説を書いている。
私の存在を凛花に示すために。
私にはこれしかないから。
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