13-4:ベイルの魔法使い

 テキパキとセシリアとカティはプロジェクターを用意し、手元にあるパソコンにロムを入れ、ほどなくして壁面に映像が映し出された。映像に移っているのは、医務室の様な部屋だ。ベッドが一台置かれ、そこには誰かが寝ている姿が見える。


「ご覧ください。今映っている眠り姫、こと敵性異世界の捕虜第一号、ベイルの魔法使いです」


 皆映像をじっと見つめている。見たところ、年端もいかない少女が寝ているだけだ。


「これまでのベイルとの戦闘において、ベイル兵を捕虜にすることはできませんでした。理由は、皆さんご存じのように、戦闘の決着と同時にベイルへの撤退に失敗した兵は自決するか自殺攻撃を行うかのいずれかで、必ず死亡していたからです。ところが、今回は異例の出来事が起きました。原因は不明ですが、室田さんのお陰でベイル兵の自決を防ぐことに成功し、捕虜の獲得に成功したのです。これから御覧に入れる映像は、エステルによるベイル人との初の接触の様子です。映像は捕虜の体力回復の為にかけた鎮静魔法を解くところから始まります。それでは、どうぞ」


 ジーナはそう言うと、映像を流し始めた。


 エステルが単独で少女が眠っている部屋へと入っていく様子が映っている。エステルは、少女に近づき、指輪のような物を少女に指にはめている。


 指輪をはめ終えると、少女に手を翳し、少女にかけられたという鎮静魔法を解いているようだ。少女の体がぼんやりと白く発光している。光が消えると魔法が解けたらしく、少女はゆっくりと目を開き、意識を取り戻した。


 ぼんやりとした目つきも束の間、カッと目を見開き、飛び起き周囲を見渡す。すぐにエステルに気づくが、その表情は恐怖でみるみる歪んでいく。


 少女はベッドの上で後ずさりをするが、体がうまく動かないらしい、必死で体をズリズリと動かし、エステルから距離を取ろうと必死の様子だ。


「落ち着きなさい。君の安全は保障されている。警戒するなというのも難しいとは思うが、ひとまず、私と少し話をしてもらえないかな?」


 エステルは優しく少女に語りかける。エステルの言葉に対し、少女はハッとした目をしている。しばし、エステルを見つめ、おずおずとしゃべり始めた。その言語は未知のものだった。何を話しているか、まるで分からない。ここで、ジーナの注釈が入る。


「今彼女は、<私の言葉が分かるのですか?>とエステルに尋ねています。実は先ほどエステルが少女に指にはめた指輪は通わせの指輪という魔道具です。装備している者同士でしか効果が現れませんが、お互いの言語が違っていてもこのように意思疎通が可能です。しかし、これじゃ第三者からみたら意味不明になるので、続きの映像には吹替音声を付けました。それでは続きをどうぞ」


 再び映像が流れる。エステルは通わせの指輪の説明を少女にしている。少女はとても興味深そうに指輪を見つめながら、エステルの説明を聞いている。


「こんな魔道具、私は見たことがありませんでした」


「この指輪は、私の世界でも希少なものだ。なんせ、私の手作りだから、そう多くはない」


 少女は、目を光らせエステルを見つめている。


「こんな素晴らしい魔道具をあなたが・・・。その・・・あなたは高名な魔法使いの方なのでしょうか。その耳も、人間ではないようですが」


「申し遅れた。私の名はエステルだ。見ての通り、しがないエルフさ」


 エステルは髪をかき上げ、長く尖った耳を少女に見せる。その瞬間の映像を俺の隣で見ている小林君が、テーブルの下で拳を握りしめ、小さくガッツポーズをしていたが、みなかったことにしよう。


「君の名前を聞いてもいいかな?」


「私は、リタといいます。種族は人間です」


「ありがとう、リタ。随分と若いようだが、年齢を聞いてもいいかな?」


「今年で、16になります」


「そうか。その年であれだけの魔法を操るとは、大したものだ」


「いえ、そんなことは・・・。あれは、魔石のせいで・・・」


 突然、少女は我に返ったかのように一瞬、沈黙する。


「そうだ、私・・・魔石のせいで・・・」


 少女は、僅かに震えながら、己の胸元へと視線を送る。服の襟を引き、胸元を確認した少女はぼろぼろと涙を流し始めた。


「胸にあった魔石が無くなってる・・・。これは、一体どういうことですか?」


 少女は、すすり泣きながらエステルに尋ねる。


「君の胸元に埋め込まれていた魔石は、私の仲間によって破壊された。戦闘で負傷した君を治療するにあたり、君の体に埋め込まれていた魔石のかけらも、すべて除去した。何か問題があったのなら、悪いことをした」


「そんな、とんでもない・・・。ありがとうございます・・・ありがとうございます・・・!」


 エステルが説明を言い終わるや否や、少女はエステルの手を取り、すがりつき感謝している。よほど魔石が無くなったことが嬉しいようだ。


 エステルはむせび泣く少女が泣き止むまで、そっと体を抱き寄せ背中をさする。その姿はさながら聖母のようで、そんなエステルを見ている小林君の顔が綻んでいたが、見なかったことにしよう。


 少女が泣き止んだところで、エステルは魔石について尋ねはじめた。


「あの魔石、私は破壊された後の物しか観ていないが、強大な魔力の残滓を感じた。同時に、禍々しさも・・・。あの魔石は、一体何だ?」


「あれは、ベイル軍に入る時に軍から渡されたものです。潜在能力を引き出すことができる魔石と聞いていましたが、まさか、あんな恐ろしいものだったなんて・・・」


「それはどういう事だ?」


「あれは、魔石の主に隷属させるための道具でしかなかったんです!魔石は一度でも身に着けると、体を蝕み人の意識に入り込んでいきます。時が経ては、最後には自我さえなくなってしまう恐ろしい道具だったんです」


「その魔石の主とは、いったい何者だ?」


「ベイル救世のドラゴンです。でも、なんであの方がこんなことを・・・」


 突然、少女は胸を押さえ、苦悶する。まだ体調は万全ではないようだ。エステルに介抱され、ベッドに寝かしつけられる。


 映像はそこで一旦止まった。


「これが、ベイル人、人間の魔法使いの少女リタとのファーストコンタクトの記録です。ご覧のように、まだまだリタの容体は万全とは言えず、療養しながら少しずつ聞き取り調査を進めているところです。現時点で判明したベイルの情報は極秘情報として取り扱われていますが、まぁ、このメンツなら言っても問題ないので要約した調査結果を今から私が口頭で説明します」


 ずいぶんと極秘情報の扱いが緩くて心配になるが、大丈夫なのだろうか。エステルや銀はラークス屈指の権威を持ち、異世界対策室でも特別の地位にいるが俺や小林君は一兵卒に過ぎないのだが。そんな心配をよそに、ジーナはまるで世間話でもするように説明を始めた。


「まず、ベイルという異世界についてですが、中核世界における中世ヨーロッパに似た文化を持ち、文明レベルもそれに近しくあります。例によって、魔法やモンスターなどのいわゆるファンタジーの存在も確認されており、典型的な異世界であるというわけです。しかし、問題は救世のドラゴンなる存在でしょう」


 ジーナはプロジェクターに新たに画像を映し出す。映し出された画像はドラゴンのイラストが描かれている。ファンタジーを題材にしたゲームやアニメなどでよく見る、ありふれた姿のドラゴンだ。


「これはリタの話から作成したドラゴンのイラストです。このドラゴンは救世のドラゴンと呼ばれ、疫病、飢饉、戦乱などなど混迷を極めていた時代のベイルに突如として出現したそうです。ドラゴンはその比類なき力や聡明な知恵をもってベイルの混乱を収め、秩序と安寧を取り戻し苦難にあえぐベイルの民を救い、救世主として祀られる存在となり、現在ではベイルを統治する国家連合組織の盟主として君臨しています」


 画像が切り替わる。今度は、随分と男前な男性が描かれているイラストが映し出された。


「ちなみに、このドラゴンは人間の姿に変わることもできるそうで、人相は凡そこんな感じらしいです。まぁまぁ、男前って感じですかね。ともかく、このドラゴンが中核世界への軍事進攻を指揮しており、件の魔石もドラゴンがベイル軍に下賜した物ということらしいです。精強なベイル軍の秘密は、このドラゴンがもたらした魔石によるものだったわけです。技術班の解析により、ベイル軍兵士の自決や自爆攻撃もこの魔石によるものということが分かりました。敗北と認められる状況に装備した者が陥ると、自爆するように予め魔法が込められていたというわけです」


 なんともおぞましい話だ。自分の世界の人間を物同然に扱うとは、非人道的にもほどがある。いや、この場合ドラゴンが首謀しているのであれば、人間をだいぶ軽く見ていることになるが、ベイル人はそれを許しているということなのか。


「それにしても、魔石の出所が気になるところだな。一兵卒に至るまで希少な魔石を装備しているのなら、一体どこから魔石を手に入れているのか」


「おっしゃる通り、問題はそこなんですよね~」


 ジーナは銀の問いに溜息交じりに応える。


「魔石それ自体は多くの異世界に存在します。勿論、ラークスにも存在です。多くは天然の鉱石が長い時間をかけ魔力を溜め込んだ物になるので、銀舎利の言う通り希少な品であるわけですが、ベイルは全ての兵士に魔石を装備させています。あれだけの魔力量の魔石となると、希少どころの騒ぎではないはずなんです。想像を超える魔石の鉱床でもあるんでしょうかね。ともかく、正確な出所はリタも知らないそうですし」


 頭をポリポリとかいているジーナの横で、今度はエステルから更なる説明が加えられる。


「現状、我々が知り得る情報は限りがある。今後更なる情報がリタからもたらされる可能性もあるが、彼女はあくまで一兵卒の一人にすぎない。しかも、徴兵された身の上であれば、我々が渇望するより詳細なベイルの情報は期待できない」


「それは、そうだな。仕方がない」


「だが、リタの情報を総合すると、ベイル軍は人材や物資が払底し、訓練兵や未熟な魔法使いを魔石で強化し戦場に無理やり投入している様子らしいことは分かる。それが分かっただけでも、今後の戦略に活かせる」


「確かにな。それが本当ならば、ベイルとの戦いも終わりが見えるというものだ。リタの回復を待ち、続報に期待するとしよう」


 報告が一段落したところで、俺達はセシリアとカティが淹れ直したお茶を喉へと運ぶ。なんとなくだが、ベイルの様子が分かったはいいが、未熟な兵士を投入せざるを得ないとは、追い詰められているに違いはない。あんな年端のいかない、それも少女を戦場に送るくらいだ。


 だが、そんなろくでもないことまでして、この世界と戦う理由は一体何なのか。それも、いずれ分かるのだろうかと、お茶を啜りながらぼんやりと思うのだった。

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