13-3
冷静な思考が戻らないまま、まるで夢見心地の中で銀達との待ち合わせ場所へと向かう。その間も、頭の中では巴ちゃんの言葉が何度も反復されていく。
だいすき。確かに、そう言われた。
しかし、これは果たしてどういう意味なのか。つまりは、ライクかラブどちらであるかが重要なわけで、恐らくは巴ちゃんの反応から推察するに後者であると考えるが、もちろん、前者でもある可能性も無くはない。
どちらにせよ、純粋に好意を寄せられているだけでもうれしい限りなのだが、どうせなら後者の意味だとなお嬉しいなと思ってしまう自分がいる。それはそうだ。俺だって少なからず巴ちゃんに好意を寄せている。今回の一件で、巴ちゃんへの行為が俺にとっても後者の意味を持つと自覚したのは自分でも驚きだった。
そもそも、恋愛をする機会に恵まれなかった俺にとって、こうした出来事は耐性が無い。一体何をどうしたらいいのか悶々とするばかりだ。
不毛な自問自答を繰り返しながら歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「おう、室田。時間通りだな」
銀だ。隣には妻のクロと小林君もいる。クロは、こんにちはと上品に挨拶をし、軽く会釈をする。
「銀、お疲れ。クロも元気そうで何より。小林君は相変わらず元気そうだ」
「元気が無かろうと空元気でいるのが大和男の誉ってね」
「なんだい、それは」
相変わらず、小林君の訳の分からない受け答えは今日も平常運転のようだ。
「さて、揃ったところで早速行くぞ」
早々と銀は集まった皆をまとめ移動をはじめる。俺も銀達の後をついて歩くが、どうやら車は使わず徒歩で行くようだ。
「車を使わないってことは、意外とエステルの家は近いのか?」
「近いと言えば近いし、遠いと言えば、遠いな」
「どういうことだ?」
「エステルの家はオスロに繋がる亜空間、カハヴィラに存在する」
「なお分からなくなった」
「魔法だよ。エステルはあらゆる種類の魔法に精通している。その中には、空間を操る魔法もあってな。エステルの家に行くには、扉と鍵が必要になる」
「扉と鍵?」
「扉はオスロとカハヴィラを繋げるポータルみたいなものだが、これはオスロ内に点在している特定の扉から入れる。鍵は、俺達自身だ」
「つまり、銀やクロってことかい?」
「そうだ。カハヴィラはプライベートな空間故に、気心知れた人物しか入れない。こうして特別に招かれる以外はな」
「それは光栄だな」
「そういえば、室田は一度エステルの家に行ったことがあるんじゃないか?」
「ハルモニアに入る時に、市村さんに連れられて行っただけだけど」
「畜生、まさか室さんに先を越されるとは・・・」
「そんなこと言われても。でも、今日は小林君もエステルの家に行けるじゃないか」
「まぁ、そうなんですが」
苦虫を嚙みつぶしたような表情を見せる小林君を見て、クロはクスクスと笑っている。ハルモニアでも指折りの猛者がこんな表情を見せるのもなんだか新鮮に感じる。こと、恋愛に関しては小林君も経験が豊富なわけではないらしいので、無理もないか。
「さて、そろそろ行くぞ。ついて来い」
銀に促されオスロの郊外へと移動を始める。市街地を歩いている最中、銀とクロは行き交うラークス人によく挨拶をされていた。彼らの表情から、銀とクロへの信頼や親しみといったものが読み取れる。人望の厚さを物語る光景だった。
ほどなくして市街地を抜けた俺達は、オスロ郊外にある裏路地へと入る。そこには、お洒落な英語の看板が飾られている古めかしい扉が不自然にもあった。看板をよく見ると、英語でカハヴィラと書かれている。ここがその扉か。
「着いたぞ」
銀は一言そう言うと、扉のドアをノックする。すると、ドアの中央の一角が突然カタンとひっくり返り、パネルとカメラが現れた。
銀は、そのパネルを操作し、何かを打ち込んでいる。さらに、カメラに銀の目を向けると、ガチャンと鍵が開く音が鳴った。どうやら、暗証番号の入力と網膜スキャンをしていたようだ。
それにしても、ラークスの獣人である銀が現代技術を何事もなく使いこなしていることがシュールで仕方なく、見ていてこそばゆい限りだ。
「現代技術を使いこなしているお前の姿が面白くて仕方ないぞ、銀」
「やかましいわ。ラークスは中核世界の技術も積極的に取り入れている。便利なものは便利だ」
どうやら、小林君も同じことを考えていたらしい。ともかく、扉は開かれ俺達は中へと入る。その扉の先には、絵本から出てきたような北欧風の建物があった。エステルと初めて会った時に見たあの建物だ。あれから随分と時が経ったが、なんだか懐かしい気さえする。その建物の前ではエステルの弟子のカティが立っている。俺達を待っていたようだ。
「皆さま、お忙しい所ご足労いただき、ありがとうございます。師匠が中でお待ちです。どうぞ、お入りください」
カティに促され、エステルの家の中へと入る。
家の中はこれまた絵本から飛び出してきたような内装になっていた。お洒落と可愛が合わさったような趣で、インテリアだのデザインだのに明るくない自分でも、素敵な部屋だと思うほどだ。
内装のセンスの高さもさることながら、それ以上に驚いたことがある。それは家の外観以上に室内が大きく感じたことだ。いや、間違いなく広い。明らかに辻褄が合う大きさではない。
「不思議だ。建物の大きさの割に部屋が広いなんて」
「それは、エステル様が魔法で空間を広げているからですよ」
突然、声を掛けてきたのは、同じ部隊員のセシリアだ。
「こんにちは、室田さん」
「おぅ、びっくりした!セシリアじゃないか。あれから怪我は良くなったのか?」
セシリアとは先の作戦依頼会ってはいなかった。彼女は負傷したその場でアーロンによる治療を受けたので命には別条はなかったが、大事をとって静養しているという話は聞いていた。今目の前にいる彼女は見るからに元気そうで心配の必要は無さそうだ。
「アーロンのお陰で無事に回復出来ましたので、もう大丈夫です。部隊にも復帰しますので、またよろしくお願いしますね」
「あぁ、こちらこそよろしく頼む」
「それでは、皆さんこちらへどうぞ。エステル様がお待ちです」
挨拶もそこそこに、俺達はさらに建物の奥へと通される。廊下の先にはこじんまりとした食堂があり、エステルもいそいそと何かを準備しながら忙しそうにしていた。
「どうしたエステル。随分と忙しそうだが、何をしているんだ?」
「何って、もうお昼時じゃないか。せっかくだから、昼食をと思ってな。ちょうどスープもできたところだ。積もる話もあるが、まずはゆっくりと食べてほしい」
「それは有難い。エステルの手料理なんて、随分と久しぶりだな。ならば、何か手伝えることはあるか?」
「ありがとう。配膳の手伝いをしてくれると有難い。今、厨房でジーナも手伝ってくれているが、手を貸してやってくれ」
「おう、任せろ」
珍しく銀が喜んでいる。エステルの料理はそんなに旨いのだろうか。クロも気づけば既に厨房に入りジーナの手伝いをしている。
というか、多忙で有名な技術部のジーナがなぜにここにいるのか。まさか昼食の手伝いの為に駆り出されたわけでもないだろう。ということは、今日の会合で技術部も絡む話が出るということか。それにしても、ジーナは相変わらずのテンションで元気一杯らしい。が、その風貌を見て俺は驚いてしまった。
「あれ?ジーナなの?なんかいつもと雰囲気違くない?」
そう、彼女のトレンドマークであるビン底メガネや、不潔な服を着ていないのだ。どころか、髪もきれいに整えられ、どこの美人が厨房に立っているのだろうかと思ったくらいだ。
「別に、私は私ですよ。何か変ですか?」
「いや、だって。いくら何でも変わりすぎてないか?」
「失礼な。今日は私、オフなんですよ。休みの日くらいは私だってこうしてお洒落したりもするんですー!」
「そうか、そりゃすまない」
見慣れていない、のも多分にあるのだろうが、やはりどうしても慣れない。
「その、メガネはどうしたの?」
「仕事の時以外はコンタクトなんですよ」
「あぁ、そうなの」
「はは~ん。ひょっとして、室田さん、メガネ萌えってやつですか?」
憎たらしく下卑た笑みを浮かべる。我が国の文化もよく研究していらっしゃるようで何より。
「そういうわけじゃないが。ただ、随分と綺麗だなと思って」
思えば、ジーナもエステルと同じ種族、エルフだ。そりゃ、美人で当たり前の話だ。それでも、綺麗と思ったのは間違いない。素直な感想を言ったつもりだが、キョトンとした顔で見つめられてしまった。
「なるほど、これは興味深い。ここまで素直に下心なく言われると、さすがに嬉しいですね」
そう言って気さくに笑うジーナは、確かにとても嬉しそうに笑っている。
「私の顔面偏差値って、エルフ族の中では中の下ってところなんですよ。お陰で、なかなか同族の男性からはお声がかからなくて。人族からはそれなり員モテましたが、逆に皆さん、顔しか見てくれなかったりで」
マジか。こんなに美人でも中の下とは。エルフ、恐るべし。
「噂には聞いてたが、エルフの美貌は凄まじくレベルが高いんだな」
「そりゃあ、ラークスに帰れば美男美女のオンパレードですよ」
「・・・つかぬ事を聞くが、エステルはエルフの中でもやはり美人と言われているのか?」
「いや、まったく」
「噓でしょ?」
「いえいえ、あの子、私以上にモテなくて若いころ相談されたことありますからね」
とんでもない情報を聞いてしまった気がする。異世界対策室では女神のように崇められているエステルでさえ、並み以下の容姿とは。思わず唸ってしまうほどの衝撃情報だが、銀に小突かれ現実に戻される。
「ほれ、話に花が咲くのもいいが、働かざる者、食うべからず。料理は女性陣に任せ、俺達は皿の支度でもしするぞ」
「了解」
銀に言われ、俺も手伝いをしようと、袖捲りをする。さぁ、小林君も手伝おうと声を掛けようと振り向くと、小林君の顔は赤らんだ顔でエステルを見つめていた。
「ん?どうした小林君。顔が真っ赤だよ」
「小林、お前のエステルへの気持ちは重々承知しているつもりだが、そんなに見つめるのはちと失礼だぞ」
小声で銀に窘められるが、小林君はぐいと俺と銀の腕を引き、あれを見てください、あれを!と声を押し殺しながら必死の形相で語りだした。
「ポニーテールですよ、室さん!ポニーテール!エステルの!」
そう、今エステルの髪型はポニーテールなのだ。普段はその長い髪をただ下ろしているだけなのだが、食事の準備のためか髪を結んでいるのだ。小林君の言いたいことは痛いほどわかる。好きな女性のポニーテールが好きではない男などこの世にいないであろう。異論は認める。
「おまけに、鍋掴みしてエプロンまでしてるんですよ!こんなの、普段じゃ絶対見られませんって!」
小林君の言う通り、これだけ家庭的な姿はまず基地内で見ることは出来ないだろ。エステルはいつも凛としていて、つけ入る隙を全く見せない完璧を絵にかいたような女性だ。ところが、今は客に食事を振舞おうといそいそと準備する気さくなお姉さんのように見える。確かに、好きな女性の家庭的な姿を見て黙っていられる男はいないだろう。異論は認める。
とはいえ、滔々と力説をする小林君に俺達は半ば引いてしまってもいるが、彼の主張は概ね賛同できる。しかし、あまり興奮した姿をエステルに見せるのは小林君にとっては良いことではないだろう。
静かに小林君を宥め、なんとか落ち着かせる。
落ち着いたところで、皆で昼食の支度をはじめる。結局、今回の会合にはエステルと技術部のジーナ。それにエステルのお弟子さんのセシリアとカティ。それに、銀とクロと小林君、そして俺といった面々だ。
「さぁ、遠慮は無用だ。どんどん食べてくれ」
皆で席に着き、食事が始まる。
エステルの料理はスープと手作りのパンだった。質素なメニューだったが、その味は絶品だった。果たして何をどうしたら、ただのパンとスープがここまで美味しくなるのだろうかと不思議に思ってしまうほどだ。俺と小林君はあまりのおいしさに何度もおかわりをしてしまった。
「お味はどうかな?私が作れる料理は、こんな簡素なものしかないので、申し訳ないのだが」
「とんでもないです!メチャクチャおいしいです!」
小林君はこの料理を誰よりも堪能しているのは言うまでもない。幸せそうにエステルの手料理を食べる小林君の姿を、この場にいるみんなはとても温かい目で見ている。案外、彼は愛されキャラなのかもしれない。
やがて、腹も満たされ食後のお茶が振舞われる頃、ようやく本題がジーナから切り出された。
「それでは、そろそろ仕事の話をしたいと思います。皆さん、本日お集まりいただいたのは他でもありません。ついに我々は敵性異世界ベイルの情報を手に入れることができたのです!お弟子さんたち、プロジェクターのご用意を!」
相変わらずのテンションで喋りだすジーナと、テキパキと準備をするお弟子さんたち。ここでも、現代技術を何の問題もなく使いこなすファンタジーの住人達がとてもシュールであった。
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