13-2
オスロは地下都市ではあるが、その空間は広大で地上の自然を再現したエリアは数多く存在する。支柱すら使わずにこれだけの空間を支えているのは、魔法のちからだけではなく、ラークスのドワーフ達の建築技術も大いに役立っているとか。
街中に点在する公園なども、ドワーフの意匠を凝らした物が多い。明らかに現代風ではない公園でお洒落なものはみなドワーフが造成に一役買っているというのは、確か銀が言っていた気がする。
せっかくなら少しでも景色がいい所をと思い、途中、露店で巴ちゃんの好きそうなお菓子や飲み物を買いながら、差しさわりの無い会話を楽しみつつ、以前銀に勧められた公園を目指す。
「今更だけど、オスロはすごいね。地下にこれだけの自然を再現するとは」
「そうだね」
「思えば、こうしてゆっくり話すことも久しぶりだね。会社で働いていた時は、事務所でよく会ってたけど」
「今思えば、遠い昔に感じるよね。まだ半年も経ってないのに」
「怒涛の日々だったもんな。何から何まで変わって、目まぐるしい日々だった。やらなきゃいけないことも多かったし、お互い何かと忙しかったもんな」
「それでも、ぐんちゃんは休みの日に色々と誘ってくれたじゃん」
「まぁ、色々と心配だったし。これだけ環境も変われば、ストレスも多かろうと思ったし・・・」
「そっか。でも、声かけてもらって、実は結構助かってた。ありがとね」
「とんでもない」
いつものような元気な声ではない。やはり気丈に振舞っているのが分かる。それでも、こうやって俺に気を回してくれるのが巴ちゃんの良い所だし、凄い所でもある。だが、俺の胸は締め付けられる一方だ。どうにも無力感に苛まれてしまう。
そうこうしているうちに、俺達は目指していた公園に着いた。川べりにある、静かな公園だ。さすが、銀のおすすめだけあって、侘びさびを感じさせる趣のある公園だ。静かだし、人も少ないから、ゆっくり話すにはもってこいだろう。
巴ちゃんとベンチに座り、まずはお菓子屋や飲み物を楽しみながら、他愛のない話題で話が弾む。最近あった面白いこと、女子寮ならではの珍騒動や、食堂で食べられるラークス料理の味について等々、会話が途切れることは無かった。
といっても、俺はほとんど聞き手に回り彼女の話をひたすら聞いていただけだった。というのも、まくし立てるような彼女の話ぶりは、自身が落ち込んでいるのをひた隠すためのように感じたからだ。空元気、とでも言おうか。見ていて胸が詰まる。
俺はため息をつき、ポンと巴ちゃんの頭に手を置く。
「巴ちゃん、無理しなくていいんだよ」
そう言った瞬間、巴ちゃんはピクリとも動かず固まってしまった。しかし、すぐに肩がワナワナと震えだし、嗚咽が漏れ始めた。
「・・・無理なんかしてない」
「とてもそうは見えないが」
「無理なんかしてないってば!」
彼女は、勢いよく帽子を脱ぎ、勢いそのまま脱いだ帽子を俺に向かって投げつけ心情を吐露する。
「弱音なんて言ってられない!今、ここで与えられた仕事をしないと、みんなに迷惑がかかるんだよ?!迷惑どころじゃない!みんな、私を守る為に死んじゃったんだよ!みんな、みんな、私をポータルに辿り着かせる為に!こんな私に期待して、ポータルを閉じれば、無暗に戦わなくて済むから、少しでも皆が傷つかないようにって!私たちにしかできないことなんだから、がんばるしかないじゃない!」
ボロボロと涙を流しながら、巴ちゃんは叫ぶ。
やはり、か。
思った以上に精神的に追い詰められていたようだ。無理もない。先の巨大ポータルでの戦闘報告書を見たが、市村隊は銀舎利隊以上の激戦を強いられていた旨が書かれていた。
巴ちゃんをポータルへと辿り着かせるために、部隊の半数が犠牲になり、その犠牲者の中にはハルモニア入隊当時から巴ちゃんと懇意にしていた女性隊員達も含まれていたらしい。
地獄を味わったのだ。どこにもぶつけられない感情を、いまこうして吐き出せているのなら、俺はいくらでも受け入れよう。それぐらいしか、俺にはできない。
「それに、私ががんばらないと、ぐんちゃんにまで迷惑がかかる・・・」
えっ?
意表を突かれた。俺に迷惑がかかるとは、この子は一体何を言っている?
「ようやく、ぐんちゃんの手助けが出来ると思ったのに、これじゃあまた昔と同じだよ・・・」
さめざめと泣く巴ちゃんの姿を呆然と眺めながら、俺は混乱した思考を整理しようと試みる。が、やはり頭はぐちゃぐちゃなままで整理がつかない。
「ずっと思ってた。事務員やってた頃から、ぐんちゃんの働きぶりを見ていて、ずっと凄いなって思ってた。あんなに大変な仕事を文句も言わずに黙々とこなして、自分の仕事で大変なはずなのに、社長や同僚の仕事まで手伝って・・・。嫌なことがあった時は、私の絡み酒にも付き合ってくれたり、夜遅くまで話聞いてくれたり。迷惑しかかけてなかったから・・・」
そういえば、そんなこともあった。俺としては、誰もいない家に寝に帰るより、誰かと一緒にいたほうが寂しくなくて良かったから、むしろ感謝しているのは俺の方なんだが、案外こうしたささいな感謝は気づかれないものだなぁとしみじみ感じてしまう。
「どういうわけか、私はぐんちゃんと同じ不思議な能力を持ってる。最初は、一体、自分はなんなんだろうって、怖くてたまらなかった。人間じゃなくなったみたいに思えて。でも、この能力があれば、誰かの助けになることが分かって、それ以上に、ぐんちゃんの手助けが出来ると思ったから・・・。だから、どうしてもがんばりたかった・・・」
てっきり、持ち前の責任感で職務に当たっていると思っていたから、余計に巴ちゃんの本心を聞き、狼狽えるばかりだ。
しかし、一方で俺の締め付けられっぱなしの胸が少し緩んでいく心地もした。有体に言えば、純粋に嬉しかった。彼女の気持ちが。
「ありがとう。そう言われると、なんだか嬉しいよ」
俺の言葉を聞いて、巴ちゃんの顔に少し笑顔が戻った。
その顔を見て、こんなに巴ちゃんは可愛かっただろうかと驚いてしまった。気恥ずかしくて、ずっと向き合っていなかった感情に気づかされる。つまりは、そういうことなのだろう。
恥ずかしさでいたたまれなくなっていた時、突風が吹き、巴ちゃんが風に煽られ、あわあわと俺の胸へと倒れかかる。思わず、抱き留めたが、理性が働き巴ちゃんを俺の体から離そうとした時、視界の端に人影が映った。
ヴォルクとミーシャだ。物陰に隠れこちらの様子を伺っている。
なんという出歯亀。顔を紅潮させながらこちらを覗いている。何をしている、と声を出そうとしたが、すかさずミーシャが人差し指を口に当て、静かにしてと、ジェスチャーを送ってきた。その隣では、ヴォルクが、何かを抱きしめるジェスチャーをしている。
怪訝な顔をしていると、今度はヴォルクとミーシャが抱き合い、必死に何かを訴えかけている。どうやら、自分達の真似をしろと言いたいらしい。
すでに冷静を欠いていた俺は、二人の鬼気迫るジェスチャーもあって、不覚にも指示に従ってしまい、結果的に巴ちゃんを抱擁する形になってしまった。
巴ちゃんは小さく声を漏らしたと思ったら、俺の胸にさらに顔を埋めてしまい、その小さな両手で俺の服をぎゅっと掴み動かないままだ。これでは俺も身動きができない。奇妙な膠着状態に陥るが、なんとか冷静さを取り戻そうと試みる。
しかし、ろくに女性と交際経験が無かったのが大きいのだろうが、もはや俺は取るべき行動が思い浮かばず、ついつい出歯亀の二人に視線を送ってしまう。その二人は、それはそれは目を輝かせ、生暖かい視線を送るだけだった。
思えば、さっきの風も怪しい。この地下都市の天候は管理されている。人間がバランスを崩すほどの突風など吹くわけがない。それこそ、魔法でも使わない限り。
僅かに取り戻した冷静な頭で考えると。俺は出歯亀達にまんまとこの状況に嵌められてしまった気がしてならない。
「ぐんちゃん・・・」
巴ちゃんは、顔をあげ上目遣いに俺を見つめる。思わず俺も見つめ返してしまったが、今まで見たことの無い巴ちゃんの表情に動揺してしまう。しばし、見つめあった後、巴ちゃんは目を瞑り、顎を上げ、唇を差し出す。
視界の端では、出歯亀達のボルテージも上がり、静寂を保ちながらも熱烈な応援をこちらへと送ってきている。
不本意極まりないが、この状況が分からないほど、俺は朴念仁ではない。
俺も男だ。覚悟を決めねば。
おずおずと、巴ちゃんの顔に顔を近づけていく。今まで経験したことの無い緊張と鼓動の高まりを感じながら、巴ちゃんの唇に己の唇を重ねようとした、その瞬間。
端末の受信音が鳴り響く。
「あっ・・・。ごめん・・・」
異世界対策室の規則で、端末の受信は速やかに確認すべしというものがある。もはや習慣となってしまっているだけに、咄嗟に端末を確認してしまった。視界の端では出歯亀達が苦悶のうちに、のたうち回っているのが見える上に、目の前にいる巴ちゃんはとても残念そうな顔をしている。
「通信の即時確認は規則だもんね・・・。何か急な指令?」
巴ちゃんは、不機嫌になることもなく、優しく俺に話しかける。
「午後の集合時間の確認メッセージだった。小林君からの・・・」
「そっか。もうじきお昼だもんね」
おのれ、小林。今回だけは小林君に少々怒りが沸いてしまう。
「その・・・、ありがとう。転びそうになったところを支えてくれて」
「えっ?あぁ・・・どういたしまして・・・」
ぎこちなく俺と巴ちゃんは体を離した。なんとも気恥ずかしい限りだ。既にヴォルクとミーシャの姿はなく、状況の悪化を見て撤退したらしい。俺はまたどう行動すればいいのかわからなくなってしまった。
いや、違う。
俺も巴ちゃんに言おうと思っていたことがある。きっと、色々な事に押しつぶされそうになっている巴ちゃんに、俺の気持ちを伝えよう。彼女の心が、少しでも楽になるように。
「巴ちゃん、聞いてほしいことがある」
「うん・・・」
「巴ちゃんは俺の事を凄いって言ってくれたり、助けになりたいと思ってくれた。でも、それは俺も同じだ。むしろ、巴ちゃんがいたからこそ、俺もいままでがんばれたんだと思う。トラックに乗っていたあの頃から、今日までずっとだ」
「ははは、なんだか照れるぜ」
「ハルモニアに入って、この仕事の危険性が身に染みるようになってから、俺はどうにか巴ちゃんが危険な目にあわないように、前線に出なくてもいいように、二人分の仕事をするつもりでいた。でも、巴ちゃんはきっと嫌がるだろうね」
「そう、私はどんなに危険でも、ぐんちゃんの傍にいたいんだ。そして、できるなら手ぐんちゃんの助けになりたい」
屈託のない巴ちゃんの笑顔だが、その表情には決意が溢れていた。
「私は、もう決めたんだ。この命も、この力も誰かのために使うって。仲間や、中核世界やラークスの人達の為に。なにより、ぐんちゃんのために」
「そこまで言ってもらえる俺は幸せ者だな。でも、やっぱり俺は巴ちゃんにはなるべく危険な目には合ってほしくない。だから、俺はもっと強くなるよ。傍にいてくれる巴ちゃんを守れるように」
「私を守る為に、戦場から遠ざけることをしないのが、ポイント高いぜ」
「普通は、そうするところだろうし、俺もそうしたい。でも、巴ちゃんの性格からして、やると決めたことを捻じ曲げることはしないだろうしな。それなら、巴ちゃんのやりたいようにやってもらった上で、俺は俺でそんな巴ちゃんを守るとしよう」
「・・・ありがとう。私のわがままを聞いてくれて」
「とんでもない」
巴ちゃんは大きく伸びをする。その表情はとても満足そうで、俺もなんだか一安心といったところだ。
「ぞろそろ、時間だよね。私もミーシャとヴォルクを待たせてるから、もう行くね!」
踵を返し、勢いよく駆け出す。俺は元気を取り戻した巴ちゃんを見送る。元気になってなにより。そう思い、胸を撫で下ろすが、突然くるりと振り返った巴ちゃんは大きな声で叫んだ。
「ぐんちゃん、だーーーいすきーーーーー!」
石のように体が硬直する。
突然の言葉に狼狽え、何が起きたのか混乱して理解できない。巴ちゃんはというと、叫んだ後、またすぐに駆け出しあっという間に俺の視界から消えてしまった。
「足、はやくなったんだなー」
思考は乱され、一人、公園で立ち尽くすほかない俺は、頭の中を駆け巡る巴ちゃんの叫びが、何度も何度も繰り返されるばかりだった。
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