12-6

 声も無く、静かに泣いている巴ちゃんの頭をそっと撫でる。


 市村隊と銀舎利隊が再会を祝している。アーロンとセシリアの姿も見える。宣言通り治療はできたようだ。無事で本当に良かった。


「敵の抵抗が激しく、ポータルに到達するまでに、隊から多くの犠牲者が出ました」


 そう言いながら認識表の束を見せるのは、市村隊の魔法使い、カティだ。


「そちらもか。こっちも派手にやられたよ」


「今回の戦闘は今までに例のないほどの手練れが集結していたようです。予想を超える被害でした。それに、ベイル兵の戦術は、まるで我々がポータルを狙っているのが分かっていたような動きでした。そうは思いませんでしたか、銀」


「確かに、あれほどの伏兵がいた事を考えると、そう思わざるをえないな。だが、判断するには早計だろう」


「もちろんです。ひとまずこの件は、師匠や司令部に報告することと致しましょう。その前に、あと始末をせねば・・・」


「そうだな。といっても、例によって我々の出番は無さそうだがな」


 遠い目をしながら、クローザー隊の面々は平野を見つめている。時間も明け方となり、空の向こうが明るくなっていく中、平野からは散発的に爆発音が鳴り響いている。


「また、か」


「そのようですね。市村隊長、ご覧ください」


 カティは市村に淡々と状況を説明する。


「平野に残存するベイル兵が次々に自爆。もしくは手近な友軍に対し自爆攻撃を試みています」


「全く、潔くないことね。そんなに捕虜になるのが嫌なのかしら」


「理由は、分かりかねます。しかし、捕虜が得られないのは、情報収集の面で言えば実に残念なことです。いまだベイルについての情報は乏しいので」


 俺も、平野へと視線を送る。確かに、次々にベイル兵が自爆しているのが見えた。ポータルを閉じたことで、かなりのベイル兵がこちらの世界に取り残されたらしい。多くのベイル兵は火薬か魔法の道具らしきものを使って淡々と自爆していくが、中には一心不乱に友軍に向け自爆攻撃を仕掛けている者もいる。しかし、友軍もまた近づいてくるベイル兵を即座に銃撃し、自爆から身を守っている。もはや、敵の魔法使いも全滅し、こちらの独壇場となっている。


「中央の部隊からは支援の要請はなし、と。司令部からも帰還命令が出たとこだし、早々にオスロに帰還しましょう・・・ってあれ?」


 突然素っ頓狂な声を出した市村の視線の先には、先ほど市村が射殺したはずの魔法使いの少女が幽鬼のようにゆらゆらと立ちつくしている。


「そんな・・・確かに心臓を狙ったはずなのに」


 クローザー隊の全隊員が少女に向け銃を構える。


「待て、あの娘の胸をみろ。何か様子がおかしい」


 銀の言う通り、様子がおかしい。自爆するでもなく、こちらに特攻するでもなく、少女は何かブツブツと呟いているだけだった。


 しかし、急に苦しみ始めたと思ったら、自ら衣服を破りだし、胸をはだけさせた。少女の胸の中心、丁度心臓の位置に淡い緑色をした宝石のような何かが体から生えている。


「皆さん、気をつけてください。強力な魔力を感じます。あれは・・・ひょっとして魔石?」


 カティが警戒を促す。


「まさか、あの少女・・・魔石を体に埋め込んでいるのか?」


 皆、警戒度を上げていくのが分かった。明らかに空気が張り詰めている。魔力を感じることができない俺ですら、あの緑の光を放つ石に嫌な感じを覚えてしまっている。きっと、あれは良いものではない。直感だが、そう感じた。


「カティ。もし、あれが魔石だとしたら、何かまずいことでも?」


「おそらく、あの魔力量の魔石を用いてここで自爆した場合、我々全員跡形もなく消し飛ぶでしょう。防御魔法を展開したとしても、どこまで耐えられるか・・・」


「おい、まずいじゃねぇか!ならば今すぐ射殺を!」


 カティは攻撃をしようとする隊員を制止する。


「下手に手を出して爆発させたらどうするんですか。おそらく、あの魔石は暴走寸前の状態にあるようです。いますぐ退避を!」


 しかし、猶予はないらしい。少女は、突然苦痛に悶え始め、胸を搔きむしる。まるで、石を体から取り除こうとしているようだった。泣き叫び、同じ言葉を何度も繰り替えし叫びながら、胸をかきむしっている。


 どうやら、助けを求めているらしかった。腕をこちらに伸ばし、救いを求めている。しかし、刻一刻と魔石は光を強めていく一方だ。


 市村と銀が指示を出し、皆退避を始めるが果たして間に合うのか。少女の前に、カティ、アーロン、セシリアが立ちふさがるように並び立つ。決死の覚悟で防御魔法を展開するつもりのようだ。


「室さん、はやく俺達も撤退しますよ!」


 小林君に肩を引っ張られるが、俺は彼女から目が離せずにいた。必死で救いを求める少女の眼に縛り付けられるように、じっと見つめてしまい、目を逸らすことができない。無意識のうちに、俺は救いの手を伸ばす少女の手を取ろうと、手を伸ばしていた。これだけ、距離が開いているのだから、手を取ることなどできないのに。


 凄まじい嫌悪感。


 何に対してかは、わからない。突然、怒りにも似た激しい嫌悪感が体を貫いた。


 今、目の前にいる少女の表情から、自ら望んでこの戦場に赴いたわけではないのは感じる。何かしらの理由で戦場に無理やり駆り出されたのだとしたら、こんなに悲しいことはないではないか。


 俺は魔石を睨みつける。


 あの石のせいか。


 あの石のせいで、彼女は理不尽にもその短い人生を終わらせようとされているのか。これは単なる憶測でしかないが、直感でそのように感じた。


拒絶。


 全身に拒絶の意思が駆け巡る。理不尽に対し、底の見えぬ怒りと拒絶の感情が爆発する。


 その瞬間、伸ばした手に眼に見えない力が籠り、熱を帯びた。そしてそれは、電流のように空中を駆け少女の胸の魔石へと放たれた。



バリンッ



石は砕け、そのはずみで少女は地面に倒れる。


「なっ、何が起きたのでしょう・・・」


 最前に立つアーロン達が呆然としている。


「魔石が、突然割れたようにみえましたが・・・いや、その前に何かしらの力が魔石に衝突したような・・・」


 三人がこちらを見る。


「ひょっとして、室田さんがあれを・・・?」


「あっ、いやぁ・・・」


 答えに窮する。


 何かをしようとしたつもりはない。ただ、感情を乱されていたところに突然先ほどのような出来事が起きたのだから、正直、俺も何が何だか分からない。


 沈黙するほか無かったが、静まり返ったところで小さな呻き声が聞こえてきた。


 少女だ。どうやら、生きているらしい。


 ほっと胸をなでおろす。それも、束の間、市村の命令で魔法使いの三人が脱兎のごとく少女の元へと駆け出し、治療魔法をかけはじめた。


「治療魔法、急いで!彼女は貴重なベイルの捕虜です。なんとしても生かして!」


 直ちに治療魔法がかけられ、少女はみるみると傷が癒えていく。表情もすでに穏やかで、その顔は年相応の子供の顔をのぞかせ、改めてこの戦場の異常さを思い知る。俺が手に掛けた兵士もそうだが、ベイルは子供を戦地に送り出しているのか。


 どっと、疲れが押し寄せる。すでに空は明るくなり、陽もだいぶ上がり、平原には美しい朝が訪れている。草花に散っている血肉や横たわる屍が実に似つかわしくない。


 そんないびつな景色を眺めながら、胸の中で蹲っている巴ちゃんの頭をそっと撫でる。可哀そうに、こんなに震えて。


 巴ちゃんは、声もなく泣くばかりだった。

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