12-5

  俺は銀と小林君、それに数名の隊員達と共にポータルへと向かう。アーロンや残りの部隊員は陣地の確保と負傷者の治療の為にとどまっている。


 ポータルに接近し、改めて今回開かれたポータルの大きさに圧倒される。軍隊が出入りできるほどの大きさ。これほどデカいと迫力もある。果たして俺に閉じられるのだろうかと思わせられるほどに。


 ポータル到着後、銀は市村隊に無線を入れた。


「こちら『クローザー1』、ポータルに到着した。これより任務を遂行する」


 無線が応答しない。


 まさか、反対側から進行した巴ちゃんの部隊に、何かあったのだろうか。


「こちら市村隊、了解した。『クローザー2』もこれより任務にあたる。以上」


 よかった。巴ちゃんも無事だ。ほっと、胸をなでおろす。


「室田、出番だ。よろしく頼むぞ」


「了解」


 ポータルの縁に手をかける。


 独特の感触。だが、しっかり掴める。問題ない。


 全身に力を込め、縁を押しポータルを閉じていく。今までの人が通れる程度の大きさのポータルに比べたら、重さの様なものを感じるが、それでも問題なく閉じることができている。


 平野では異変に気付いたベイル軍が引き返そうと試みているが、中央の部隊が巧みに敵を包囲し、ポータルに近づけさせないよう奮戦している。やはり、急いで閉じなければ。


「おい、銀。中央の部隊から通信だ。何人か包囲を抜け、こちらに向かっているらしい」


「ほう、あの包囲を突破するか。今回の敵は強者が多いな」


 照明弾が上がり、戦場を照らす。


「敵兵、確認。あいつらも随分足が早いな。銀、撃ち漏らした奴はたのむぞ」


「問題ない。任せろ」


 敵兵の足の速さは、尋常ではなかった。俺が斃した敵兵も恐ろしく足が早かったが、いまこちらに向かってきている敵兵は明らかに重そうな鎧を身に着けているにもかかわらず、短距離走の選手のように駆けてくる。


 発砲音。


 ポータルの反対側からも狙撃をはじめたらしい。間断なく射撃を行っているようだが、全弾見事に敵の頭を貫いている。


「相変わらず、市村の射撃技術には舌を巻く」


「全くだ。こりゃ、下手に手を出さない方がよさそうだな」


 本当に見事だった。照明弾で照らされた敵の影が次々に倒れていく。頼もしい味方の援護を受け、更に全身に力を込めポータルを閉じていく。


 反対側のポータルの縁も見えてきた。それと一緒に巴ちゃんの姿も。暗闇で見えなかったが、どうやら巴ちゃんも順調にポータルを閉じているようだ。


 胸を撫でおろしたい気分も束の間、残りわずかだというところで突然、ポータルが重くなり閉じることができなくなった。


「何だ?!」


 ビクとも動かない。


 巴ちゃんも、同じ状況らしい。明らかに焦った声でこちらに向かって叫んでいる。


「ぐんちゃん、どうしよう、動かない!」


「落ち着け、とにかくまずは押し続けるんだ!」


 そうは言ったものの、ポータルの縁はそれ以上動かないどころか広がり始めた。


「嘘だろ、オイ」


 ここまで来て、こんな事が起こるとは。それどころか、ポータルが逆に開く力が増している気がする。


「どうした、室田」


「ポータルが急に閉じなくなった。うんともすんともいわねぇ」


「落ち着け、敵の魔法による何らかの妨害かもしれん。室田はポータルを閉鎖を続行しろ。原因はこちらで探ってみる」


「原因って言ったって、どうすんだよ、銀」


 すでに暗視ゴーグルを装備した小林君が周囲を見渡しながら銀にぼやく。


「お前はそのやたらと厳つい眼鏡で探し続けろ。魔法は使えないが、ポータルを押し広げるだけの魔力ぐらいは俺でも感知できる。索敵終わるまでなんとか耐えてくれ」


「了解!早めに頼む!」


 思った以上に、ポータルが開く力が強い。このままでは、俺の体力が限界に来てしまうかもしれない。ポータルの反対側では、巴ちゃんの悲痛な声が聞こえてくる。必死で抵抗を続けているようだが、どう考えても俺より体力の少ない巴ちゃんが限界を迎えるのは明白だ。


 祈る思いで俺も必死にポータルを押さえるが、ポータルの拡大はなおも続く。


「銀!まだ見つからないのか?!」


「あそこだ!敵の屍の下に隠れている!小林、撃て!」


 銀の指示で小林君が即座に小銃の弾を打ち込む。敵兵の亡骸に見事命中したが、目標の魔法使いにまでは届かなかったらしい。悲鳴と共に、小さな影が死体から飛び出してきた。


 だが、嫌な気がする。悲鳴は若い女性のものだった。おまけに、あの体躯。ひょっとして子供ではないのか。


「おい、なんで子供が戦場にいるんだよ!」


「知るか。だが、敵である以上、やるべきことは変わらん。撃て、小林」


「だけどよぉ、あれ見ろよ。俺撃ちたくねぇよ!」


 敵魔法使いの生残り。それは年端もいかない少女だった。


 不格好な程大きな三角帽子をかぶり、これまた明らかに大きく身の丈に合わないローブを着ているその魔法使いの少女は、息も絶え絶えだというのに、健気にも杖を翳し、最後の力を振り絞ってポータルに干渉しているようだった。


「しかしだな、奴を始末しなければポータルが・・・」


「じゃぁ、お前がやれよ!」


「・・・致し方ない」


 銀は魔法使いを袈裟斬りにしようと刀を振りかざす。


 それを見た瞬間、魔法使の少女がまた悲鳴を上げる。相変わらず杖を翳し、魔法を止める気配はないが、腕も足も震えっぱなしだ。おまけに涙をポロポロと落とし、何か必死でこちらに話しかけているようだ。


「銀、何しゃべっているかわかるか?」


「わからん。翻訳の魔道具もベイル相手には効かないらしい」


 銀は、足を踏み込み一刀に切り伏せる姿勢を整える。


 さらに少女の狼狽は増す。滂沱の涙を流しながら必死で首を左右に振り、ベイル語で何かを叫んでいる。その悲痛さたるや、銀が切り伏せるのを躊躇うほどだ。


「どうした、銀。はやく、切れよ」


 銀は刀を構えながら、目を瞑り、沈黙してしまった。


「ほらみろ!お前もできねぇじゃねぇか!」


「やかましい!仮にも上官に向かって、なんだその言い草は!」


 どちらが、少女へのとどめを刺すかで、二人は醜く争っている。そうしている間も、ポータルは拡大を続けている。これ以上は、持たない。そう、思ったとき、銃声が響いた。


 銃声は三つ。


 一つ目は少女が持つ杖に当たり、その衝撃で少女は杖を手放す。次に杖を持っていた腕に命中し、最後の一発は胴体に命中した。撃たれた少女は、声もなく操り糸が切れた人形のように倒れ伏す。


「馬鹿!あんたら何やってんの!」


 市村があらん限りの怒号が響く。やはりあの命中の精度、どうやら市村による射撃だったらしい。


「はやくポータルを閉じないと!巴ちゃんがもう限界なのよ!」


 般若の如き形相で銀と小林の元に駆け寄り、兜の上から拳骨をお見舞いしている。


「くっ、すいません・・・」


「面目ない・・・」


「すべて片付いたら説教してやるから覚悟しなさい!室田特技兵!」


「はっ、ハイ!」


 こちらにもとばっちりが来た。


「モタモタしないの!早くポータルを閉じなさい!」


「りょ、了解!」


 ポータルを押し戻す。先ほどと打って変わって、ポータルはとても軽くなり、拡大もしていなかった。これならばいける。


「軽くなった!今だ、巴ちゃん、ポータルを閉じるぞ!」


 渾身の力を振り絞り、ポータルの縁を押していく。


いよいよ狭まるポータル。閉じれば閉じていくほど、巴ちゃんにも近づいていき、その姿がはっきりと見えてくる。


 巴ちゃんの体は、限界を迎えているらしかった。息が切れ、体は震え、ポータルにもたれかかるような姿勢でなんとか少しずづポータルの縁を押していた。


 その姿を見て、俺は発奮した。もうこれ以上は巴ちゃんにやらせてはいけない。力を振り絞り、あと僅かに開いたポータルを閉じてく。



 バチン!!



 俺と巴ちゃんの手と手が重なる。


 ついにポータルは閉じた。任務達成だ。


「こちら司令部。ポータルの消滅を確認。全部隊は掃討戦へ移行せよ。繰り返す。全部隊は速やかに掃討戦へ移行せよ」


 歓声が夜明けの平野に響く。


 小林も銀も、こちらに親指を立てている。


「やったね、ぐんちゃん・・・」


 満身創痍の巴ちゃんは、倒れる様にその場に崩れる。咄嗟に抱きかかえるが巴ちゃんの姿を見て俺は戦慄した。巴ちゃんの服が血でべっとりと汚れている。


「大丈夫か!こんなに血が・・・!」


「大丈夫、これ、私のじゃないから・・・」


 巴ちゃんは力無く応える。


「敵の返り血・・・。それに、仲間たちの血も。みんな、私を庇って・・・」


 弱弱しく俺の服を掴み、声も無く咽び泣く。


 続々と、市村隊の面々も合流するが、大分数が少ない。その上、手傷を負った兵がほとんどだった。市村隊も激戦だったことが伺える。


 巴ちゃんのことだ。巴ちゃんなりに覚悟はしていたのだろうが、それでもこれほど極限状態に突然置かれたわけだ。さぞ辛いだろう。

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