12-4

 一斉に射撃が開始された。敵陣地の前は開けた場所であったが、銀の号令で瞬く間に隊員達は隊列を整え間断なく、小銃の弾が撃ち込まれて続けている。


 耳をつんざくような発砲音が鳴り響き、敵が目の前でバタバタと倒れていくが、一斉射撃を逃れた敵兵は近くの遮蔽物や砦の陰に逃げ隠れる。


 押し合いながら遮蔽物の陰に集まってしまった敵兵は手榴弾の格好の餌食となり、爆発で吹き飛ばされてしまっている。


 中には、果敢にこちらの戦列に向かって突撃してくる兵もいたが、瞬く間に撃たれ絶命していく。


 わずか数十秒にも満たない攻撃で、敵の陣地は大混乱に陥り、戦線は崩壊した。だが、これでは終わらず、さらに味方の攻撃が敵を容赦なく責め立てる。


 背後から轟音が鳴る。


 思わず振り向くと、中央で戦っている陽動部隊の更に後方、敵の防御魔法を飛翔体に限定するために砲撃を行っていた砲兵部隊の一部が、ポータルに向かって連続砲撃を行っている。


「砲兵部隊に援護を頼んだ。アーロンとセシリアはポータル内で防御魔法が展開されたら、すかさず魔法を叩き込め」


「仰せの通りに」


 二人は魔力を溜め込み、機を見計らう。


 砲撃がポータル内へと着弾すると、即座にポータルを覆うように防御魔法が展開され、砲弾が防がれ始めた。


 すぐさま二人の魔法が炸裂する。セシリアが魔法を放つと、ポータル内部の地面が隆起し、そこから太い棘上の岩石が幾重にもポータルを塞ぐように岩が生えていく。続いて、今度はアーロンがその生えた岩の棘に魔法を放つ。すると、一瞬で岩はマグマのように内部から赤く燃え始め、凄まじい熱を発しだした。


 どうやら、敵の増援がこれ以上ポータルから入り込まないように蓋をするのが目的だったらしい。


「見事だ。二人とも」


 アーロンは、こくりと小さく頷き、セシリアも微笑みを湛える。


「室田、あれが見えるか」


 いつの間にか俺のそばに来ていた銀が、ポータルを指さす。


「こちらの攻撃で敵陣地に甚大な被害を与えたが、まだ残敵はいる。放っておけば魔法で築いた壁も破壊され、続々とポータルの中から敵の増援がやってくるだろう。そうなる前に切込みをかけ、ポータルを閉じる。覚悟はいいか」


「・・・応!」


 ここまで来て、怖気づいている場合じゃない。あとはやるだけ。そう、やるだけだ。


「よろしい」


 銀はじっと俺の目を見つめ、それから敵陣地へと向き直る。


「皆の物、武器を抜け!ポータルに向け押し通る!俺に続け!」


 銀の号令で全隊員が近接武器へと持ち替え、ポータルへと殺到する。さきほどの一斉射撃で敵陣地の敵兵はほぼ壊滅したが、銀の言った通り残敵がまだ相当数いた。


「止まるな!蹴散らせ!」


 部隊はポータルに向かって猪突猛進し、襲い掛かる敵を次々に打倒していく。剣、斧、ハンマー、槍、銃、それぞれの得意とする武器で敵を蹴散らし前進する。セシリアやアーロンも魔法を駆使し、時には攻撃魔法で敵を翻弄し、味方が劣勢とみれば防御魔法をかけ、負傷者が出ればすぐに治療魔法をかけている。たった二人で部隊のサポートを完璧にこなしていた。


 だが、敵も手ごわかった。死に物狂いで攻撃してくる敵の猛攻に、ポータルまであと少しという所で、隊の陣形が崩され、乱戦に持ち込まれてしまった。


「小林、気をつけろ!敵がそっちに行ったぞ!」


 銀の怒号。目をやると奇声を上げた敵兵数名がこちらに向かって猛進している。


「任せろ!」


 即座に小林君が応戦する。敵の足は速く、あっという間に剣を振りかぶり、セシリアや俺に目掛け剣を振り下ろそうとするが、小林君はバッと敵前に立ちふさがったと思ったら、あっという間に敵の兵士を切り伏せてしまった。


 後に続く残りの敵兵も小林君に剣を振るうが、それらは全て空を切り、刹那、バタバタ敵兵が倒れていく。目にも止まらぬ刀捌きと体捌きで一瞬のうちに敵を排除してしまった。


「大丈夫ですか、お二人とも」


「あぁ、助かったよ」


 お礼を言ったはいいが、小林君の表情が一気に険しくなった。瞬間、目を見開き叫んだ。


「セシリア!後ろだ!」


 鋭い風切り音。


 セシリアがいる方に振り向く。


 そこには、腹部に矢を受け、うめき声も出さず崩れるように倒れていくセシリアの姿が映った。


 しまった、さっきの敵の突撃は陽動の為か。敵の狙いはこちらの魔法使いだったんだ。


風切り音がした方向をすぐさま確認する。


 ボウガンを構えた兵士が一人、そこにはいた。敵兵はボウガンを投げ捨て、剣を抜き、今度は俺を目掛け斬り掛かってくる。


 早い。人間のそれとは思えない足の速さ。まずい、これではすぐに接近される。一瞬の思考の間に、敵は眼前に迫り剣を突き刺そうと構え、こちらに突進している。


「室さん、逃げろ!」


 小林君の大声が響く。だが、俺の耳に入ったのは、絶命寸前のセシリアの小さな声だった。


 お母さん


 母を、呼んでいる。


 口から血を吐き、涙を流しながら、母を呼んでいる。


 お母さん、お母さん、お母さん、と。


 頭に血が上るのが分かった。体中を熱い血が巡り、心拍が跳ね上がる。


 敵兵は俺の胴体を目掛け、剣を突きさす。


 その瞬間、俺は不思議な感覚に捕らわれた。


 敵の動きがゆっくりと見える。まるで、スロー再生でもされているかのようだ。これが噂に聞く、命の危機に直面すると異常に脳が働き恐ろしいほどの集中力を出すという、あれか。のんびりとこんな思考を巡らせられるほどに、時間がゆっくりと流れているようだ。


 これならば、敵の攻撃を躱せる。


 体を半身引き、敵の刺突をよけたところで、伸びきった敵兵の腕を羽交い絞めにして、力任せに締め上げる。敵はなんとか逃れようともがくが、既にこちらが優位だ。

もうさっきまでのようにスロー再生ではなくなっていたが、これならば俺でも戦えるはずだ。


 全身に力を込め更に敵の腕を締め上げる。敵の呻き声と、ミチミチと筋肉が千切れるような音を聞きながら、力任せに敵を地面に押し倒す。


 何かが砕ける音と共に、敵の悲鳴が上がるがかまわずヘルムの上から殴打する。装備していた軍用グローブのお陰で拳に痛みはないが、敵顔面にはかなりのダメージを与えられた。ヘルムが歪み、ずれたので、敵の顔の半分が露出した。敵兵のヘルムを無理矢理奪い取り、顔を露にしてさらにもう一撃を見舞おうとした瞬間、目が合った。


 まだ若い。年の頃なら、れん君と同じだろうか。顔は恐怖で歪み、みるみる青ざめていく。


 殴打。


 無言で敵兵の顔面に拳を振り下ろす。


 一撃、二撃、三撃。


 片手で敵兵を抑え、もう片手の拳で敵の顔めがけ、力の限り拳を振り抜く。


 敵兵は手をこちらにかざし、何か喚いている。


 さらに殴打。


 すまんが、何を言っているか分からない。だが、お前は敵だ。敵は倒さねば。倒さなければ、今度は、俺が殺られる。俺は更に、力の限り拳を振りおろす。


 四撃、五撃、六撃。


 無心で、無言で、ただ敵を殴り続ける。


 バギャッ


 拳に何かが砕ける感触がした。


「あっ・・・」


 殴っていた拳が真っ赤だ。とても、とても、赤かった。


 真っ赤な拳を見つめる。拳の先には、顔が陥没した敵が、ピクリとも動かず、倒れている。


「あぁ・・・」


 殺してしまった。人を。まだ、若いのに。


 真っ赤な手を呆然と見つめていると、ポン、と肩を叩かれる。


「室田、大丈夫か?」


 優しく声をかける銀は、真っ白な毛に返り血を浴び赤く染まっている。


「もういい。その敵は死んでる」


 俺は呆然と敵の死骸を眺める。実感が沸かない。まるで映画でも見ているような現実感のなさだ。硝煙や血の匂いも嗅ぎ、拳にも殴った感触が残っているというのに。


 周囲は静けさを取り戻していた。どうやら敵の攻撃を退け陣地を制圧したらしい。


「皆、無事か?状況を報告しろ」


「現在確認中だ、少し待て。ひとまず、俺のそばにはセシリアがいる。深手を負っているがアーロンが治療しているから大丈夫だろうが。俺は周りを見てくる」


 小林君はすぐさま走り出し、静まり返った戦場の闇に消えていく。


 セシリア。そうだ、セシリアは大丈夫か。


 暗がりでよく見えないが、セシリアが仰向けに寝かせられているのが見える。ボウガンの矢は依然、腹部に刺さったままだ。


「お母さん・・・お母さん・・・」


 口から血を吐きながら、弱々しく、母を呼んでいる。


 俺はセシリアに近づこうとするが、アーロンに制止される。


「心配ご無用。この程度、私なら造作もなく治せます。それより、ポータルをお願いします。敵は退けました。今度は、あなたが役目を全うする番です」


 アーロンが話しているあいだも、彼は治療魔法をセシリアに施している。アーロンは左手をセシリアの腹部に向け、何か魔法をかけているようだ。左手が淡く発光し、傷口をほのかに照らしている。右手でゆっくりとボウガンの矢を体から引き抜いていく。


 矢を抜いたというのに、出血もほとんどなく、セシリアは痛みを感じていないようだ。矢が抜けきったところで顔色も表情も随分と穏やかになった。傷口もみるみる閉じ、跡形もなく綺麗な肌へと元通りになった。


「すごい・・・。これが魔法か・・・」


「これは初歩的な治療魔法ですから、専門の教育を受けているのであれば、それほど難しいものではありません。さすがに、外傷や欠損が激しいと、接合したり再生させたりと大変ではありますが。ともかく、セシリアはこれでもう大丈夫です。それより、室さん。手をみせてください」


 アーロンは俺の手を取り、じっと見つめる。


 俺はハッとし、反射的に手を払ってしまった。


「あっ、すまない!そんなつもりじゃ・・・」


 アーロンはこちらをじっと見つめるが、いたたまれなくなって俺は視線を外してしまった。


「殺めたのですね、敵を」


「・・・仕方なかったんだ。殺されそうになったから・・・」


 俺は何を言っているんだ。ここは戦場で、殺し合いをしている。敵が殺そうとしてきたから、身を守る為に反撃しただけだ。殺さなけれな。殺される。だから、殺される前に先に殺したんだ。


 一体、戦場で俺は何を言い訳しているのか。頭が混乱し、動悸がとまらない。


「落ち着いてください。初めて敵を斃したのです。葛藤が生じるのは当然です。ですが、どうか、自分を責めないでください。ここは戦場なのです」


「けど、俺は殺してしまった!まだ、あんなにも若い青年を・・・」


 気が付いたら、俺は目に涙を湛え、今にも零れ落ちそうだった。アーロンはその大きな両手で、そっと俺の肩に手を置いた。


「それが、戦場なのです。辛いとは思いますが、これが戦い争うということです」


「あぁ・・・これは本当に辛いなぁ・・・」


 静かに肩を震える俺の背中を、アーロンは子供をあやすように、そっと撫で続けてくれた。


「ありがとう、アーロン。もう、大丈夫だ」


「それは、よかった。私は、体を治療することは得意ですが、傷ついた心を癒す術はないものですから」


「そんなことはないさ」


 アーロンは照れくさそうに鼻を掻く。本当に見た目によらず優しい性格の主だ。

なんとか、平静を取り戻したところに、周囲の状況確認を終えた小林君が戻ってきた。その手には認識表がいくつも握られていた。


「そんなに、死んだのか・・・」


 小林君は無言のまま、小さく頷く。


「今は感傷に浸っている時じゃありませんぜ。散華した戦友のためにも、任務を遂行しましょう。ポータルは目の前だ」


「・・・了解」


 あまりに多くの事が起きた。仲間が傷つき、死に、そして敵を殺した。だが、今それらを考える暇はない。


 小林君の言う通りだ。今はとにかくポータルを閉じなければ。これ以上の犠牲を出さないためにも。

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