12-3

 敵陣地へと突撃した隊員達は、各々が持つ近接武器で敵を次々と打ち倒していく。槍で突き刺し、斧を振り下ろし、剣で切り払い、次々に敵が斃れていく。さらに敵に追い打ちがかかる。後方で砲撃していた戦車が、突進し、装甲車と同様に敵陣地へと突撃したのだ。


 その光景たるや、モニター越しでも分かるほどに血しぶきが舞っているのが分かる。瞬く間に戦車の履帯や装甲が赤く染まり、肉片がべちゃべちゃと張り付く。装甲車の比ではないほどの被害を敵に与えていた。


 なおも、戦車は敵戦列を蹂躙し、砲弾や機関銃を敵に向け発砲し続けている。そのほとんどが敵の魔法で防がれ、あるいは砲弾を逸らされて命中しなかったが、中には敵の防御魔法の隙間に当たり、砲弾が敵に直撃してもいた。


 それを見た歩兵が、すかさず敵防御魔法の隙にいる敵兵に対し、手持ちの武器を小銃に持ち替え集中砲火を浴びせる。


 素人でも分かるほどの連携力の高さ。日頃から訓練を目にしていたはずだが、ここまで練度が高かったのだと思い知らされる。味方の猛攻に敵兵は狼狽し、戦線が崩れつつあった。戦況はこちらが圧倒的に有利のようだ。


「このまま、勝ちそうな勢いだ。すごい・・・」


 思わず漏れる声に、小林君や小隊の面々はどこか誇らしげだった。しかし、そんな表情は一瞬で変わり、それで済むならそれに越したことはないんですがねと、小林君はまたポツリと呟く。


「ポータルの奥にどれだけの兵力が控えているかは不明です。このポータルの大きさだ。一度にどっと大量の敵兵が出てくることはないでしょうが、このままではジリ貧です。ポータルを開いている敵の魔法使いを斃すまではね」


「そういえば、敵の魔法使いが見当たらないけど、どこにいるんだろう」


「そりゃ、ポータルの奥ですよ。一番安全な場所で魔力が尽きるまでポータルを開き続けます。現在のハルモニアの戦術としては、その魔法使いの魔力が尽きるまで持ちこたえるのがセオリーですが、時々やたらと根性のある奴がいましてね。そういう時は無理にでも魔法使いを仕留めにいきます」


「ということは、ポータルの中に入っていくのか?」


「そういうこと。ただ、ポータルに入り、ベイル側で魔法使いを殺すとその場でポータルが閉じちゃもんですから、一旦こちら側に連れて来てからしまつしなければなりません」


「おっ、おう・・・」


「ポータルに押し入るこのパターンは、持久戦がきつくなった時に致し方なく取る戦法なんですが、なんせ無理やり敵陣地に押し入るもんですから、被害が大きくて、大きくて。死に物狂いの敵にやられたり、魔力が尽きると見せかけて引き込んだところでポータルを閉じられそうになったり。こちらに戻れず取り残された戦友も、少なくありません」


「・・・そのとり残された人達は・・・」


「推して知るべきですね」


「そうだったのか・・・」


「だからこそ、異世界対策室が室さん達に期待を寄せずにはいられないんです。これは、今後の敵性異世界との戦闘においても大きなアドバンテージにもなるし、なにより被害が少なくなるに越したことはない。でも、だからといって、変なプレッシャーを感じないでください。もう室さんは俺達みんなの仲間だ。室さんにも傷ついてほしくない。だから、生き残りますよ。任務を達成した上でね」


 小林君は微笑みを向けながら、親指を立てる。


 銀舎利をはじめ、アーロンやセシリア、それに他の隊員のみんなも俺を見つめ、小さく頷いてみせる。


 みんなの表情をみて、俺は今までにないくらい、熱いものが胸にこみ上げるのを感じた。俺も頷き返し、任務への気持ちを新たにする。絶対にやり遂げてみせると。


「よし、敵が喰いついてきた!クローザー隊、出撃準備!」


 指揮所から常に前線部隊に指揮をしていた大竹指令から、俺達にもついに出撃命令が出された。モニターを確認すると、前線部隊は後退するように見せかけながら敵を引き付けているのが分かった。


「よし、中央の部隊が気を引いてくれている間に、俺達も目標地点に行くぞ。気取られぬよう、慎重に迂回しつつ目的地に向かう。全員俺に続け!」


 仲間と共に、配置につく。


 エステルの掛け声が響く。


「クローザー隊よ。ポータルは可能な限り敵陣に近い両翼に同時に開く。速やかに移動しポータルを閉じよ。健闘を祈る!」


 戦場へのポータルが開かれた。


 それと同時に部隊が行動を開始する。次々と戦場へと駆けていく仲間と共に、俺も一緒に駆け出す。


 ポータルを抜けた先は、周囲に背の高い草が茂っていて、身を隠すには絶好の場所だった。銀の指示の元、俺達の部隊は速やかにポータルを抜け、陣形を整える。すかさず、息を殺し、気配を消しながら交戦中の平野を遠回りしポータルへと接近していく。気づけば既に陽も落ちだいぶ暗い。


 平野からは轟音が響き続けている。


 銃撃の閃光や魔法が放つ光で戦場が照らされている。


「室田、よそ見をするな。前を見ろ。被害を最小限に留めるにはお前がポータルを閉じるしかない。目標地点を目指せ」


「りょ、了解」


 さすが銀、現場の状況把握だけではなく、俺の様子まで見ている。緊張と不安で落ち着きがなくなっているのは自分でも分かったが、銀の指摘を受け改めて気合を入れなおす。


 だが、轟音や爆発音は耳に轟き、燃え上がる火や爆炎が眼の端に移る。その中には悲鳴や怒号が飛び交い、互いの命をかけ殺し合っている音が聞こえる。


 走れ、走れ、走れ。とにかく進むんだ。少しでも早く辿り着け、一秒でも早くポータルを閉じろ。俺にできるのはそれだけだ。


 心の中で必死に自分に言い聞かせながら、小林君のケツを追いかけ続ける。

 部隊が前進を止めた。ポータルが視認できる。どうやら、敵に気づかれないギリギリまでは無事にたどり着けたらしい。


 市村隊から無線が入る。


「市村隊より司令部へ。こちらは予定のポイントに到着。現在待機中です」


 よかった。市村隊も無事にたどり着いたらしい。


「こちら銀舎利隊。こちらも何事もなくポータルに接近した。指示を待つ」


「こちら司令部。敵本隊の誘導に成功した。クローザー隊は任務を遂行せよ。健闘を祈る」


「了解。これより任務を遂行する」


 司令部からのゴーサインがでた。いよいよ俺達の出番だ。


「聞いての通りだ。これより任務を遂行する。ポータル周辺には僅かな守備兵しかいないはずだが、警戒を怠るな。各員、行動開始」


 銀の合図で、俺達は茂みから躍り出て、ポータルめがけて突撃をはじめる。だが、その瞬間、鬨の声を上げ敵が一斉に現れた。


「伏兵だ!応戦しろ!」


「なぜだ?!こちらの作戦がバレてたってのか?!」


「敵の数が多いぞ!狙いを振り分けて撃て!」


 部隊の皆に僅かだが混乱が生じた。しかし、狼狽する間もなく敵の大群がこちらに向かって攻めてくる。


「うろたえるな!全員、敵戦列に向かって射撃用意!セシリア、防御陣地の形成急げ!」


「わかりました!皆さん、前方に注意して下さい!土塁を構築します!」


 セシリアが叫ぶ。すると、小隊の前面の地面が盛り上がり、あっという間に土塁が作られた。


 敵の突撃を防ぐべく作られた土塁は、身を隠し射撃するのに丁度いい高さに作られ、隊員達は素早く土塁に取り付き、射撃体勢を整える。咄嗟にここまでの土塁を構築するとはさすがエステルのお弟子さんだ。


「撃てぇ!」


 銀の命令と共に、けたたましい発砲音の嵐。弾丸がまるで花火のように閃光を放ち、暗闇を貫いていく。だが、敵も織り込み済みと対飛翔体の障壁を張っていて攻撃が効かない。敵の勢いは増し、あっという間に眼前に迫ってくる。


 俺はというと、相変わらず小林君の陰に隠れながら様子を見守るほかなかった。が、射撃の陣形が形成した途端、グイっと後ろ襟を掴まれ、部体の後ろまで引っ張られたと思ったら目の前に赤い目玉がぬうっと現れた。アーロンだ。どうやら、俺は力づくで前線から無理やり後方へ移動させられたようだ。


「ここなら安全です。攻撃の妨げにならないよう、室田さんは私の背に隠れてください。なぁに、弓矢や剣ぐらいでは私の体は傷つけられませんよ」


「あなたは作戦の要です。アーロンの背に隠れていてください。さっ、お早く」


「おっ、おう」


 アーロンの指示に従い、すぐに背後へと回る。


 俺が背に隠れたことを確認し、セシリアは何やら詠唱をはじめた。気づけばアーロンも精神を研ぎ澄まし、力を蓄えているようだった。全身の黒い毛が少しずつ逆立ち、体が黒い何かが漏れ始めている。


「撃ち続けながら敵を引き付けろ!セシリア、アーロン、用意はいいか!」


「いつでも、どうぞ」


「私も、同じくです」


 いよいよ敵が眼前に迫る。


「今だ、放て!」


 アーロンは唸り、その逞しい両の腕を天に勢いよく天に突き上げ振り下ろすと、敵の敵陣で大爆発が起きた。雷鳴とも爆音ともつかない激しい炸裂音が響き、あたり一面焼け野原と化し、至る所で炎が渦を巻いている。攻撃に巻き込まれた敵兵は生きながらに焼かれ、のたうち回っている。


 ついで、詠唱を終えたセシリアが魔法を放つ。燃え盛る敵陣内で風が巻き起こり、炎が燃え広がっていく。なるほど、二人の魔法使いによる連携攻撃か。


 味方から歓声が上がる。


「さすがだな、アーロン、セシリア。敵に大打撃を与えたぞ」


「いえいえ、みなさんが敵の防御魔法を射撃でひきつけてくれたお陰ですよ」


 あくまで、セシリアとアーロンは冷静だった。そして、俺もハルモニアの戦い方というのを、なんとなくだが理解した。


「セシリア。さっきの攻撃って・・・」


「おや、お分かりになりました?あなたの考えている通りですよ。敵の防御魔法を銃弾に集中させることで、対魔法防御を展開させないようにしました。一度に複数の属性の防御魔法を展開するなんて、師匠のエステル様のような実力者でもない限り不可能ですからね」


「なるほど、小林君が言っていたことはこういうことだったのか」


 科学と魔法を駆使した戦闘方法。科学とファンタジーの融合とでも言おうか。何かとてつもないものを目の当たりにした気分だ。


 それにしても、あれほどいた敵が一瞬で焼き尽くされた。なんという威力。俺は思わず息を飲む。さすがに、敵の勢いは削がれたようで、敵兵の姿は見えなくなった。


「よし。道は開けた。このままポータルに向かって一挙に攻め込む。皆、ついてこい!」


 銀の号令の下、全隊員がポータルめがけ駆けていく。


「よし、室さん。俺が先導するんで、しっかり付いてきてくださいね!」


「了解!」


「アーロンとセシリアはサポートよろしく!」


「分かりました。任せてください」


 火炎渦巻く戦場を、仲間達と共に駆けていく。


 先頭を行く銀は行く手を阻むため新たに現れた敵兵をすり抜けながら切り伏せていく。脇からも新たに駆けつけた敵兵や、アーロンの攻撃で仕留め損ねた敵兵を隊員達は次々に小銃で確殺している。


「こいつはツイてる。魔法攻撃でどうやら前線の魔法使いは始末できたらしい。こうなりゃ有利に戦える」


 状況を俺に説明しながらも、小林君も散発的に現れる敵兵を確実に小銃で仕留めていた。なんとも器用なことだ。


 それにしても、敵兵の士気の高さには恐れ入る。


 次々と襲い掛かってくる敵兵は、明らかに先程の魔法攻撃で負傷している兵も多い。歩くことすらやっとというのに、剣を振りかざし攻撃しようとしてくるのだ。


「もう少しで、ポータルだ。全員、射撃用意!」


 走りながらも銀の命令が下る。気が付けば炎の勢いも弱まり、あたりの景色が一気に広がる。


 そこには、今まで見たこともないようなポータル、そしてそれを守備している敵の一団がいた。数こそ多いものの、明らかに混乱している様子だ。よほど魔法攻撃がきいたのか、統制が取れていないようだった。


 銀はすかさず号令をかける。


「攻撃開始!」

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