12-2

 転移ポータルは敵の遠距離武器や魔法攻撃の射程外に開けられ、続々と部隊が展開されていく。俺達クローザー部隊はポータル前に展開していく攻撃部隊を転移室に備えられたモニターから様子を見守っている。部隊は続々とポータルを通過し、歩兵のみならず戦車部隊も投入されていく。


 その間にも、転移室で待機している市村隊が気にかかる。ちらちらと巴ちゃんの姿を確認しようとしていると、小林君から小突かれた。


「心配しなくとも巴ちゃんは大丈夫ですよ。市村隊は女性が多いとはいえ猛者ぞろいですからね。どうしても心配なら、俺達で市村隊の活躍する場を奪ってやりましょう」


 小林君は不敵に笑う。


「では、ここでおさらいです。室さん、俺達の小隊の構成を言ってみてください」


「えーっと、小隊長に銀舎利でしょ、魔導兵十七名に、衛生兵兼魔法使いのアーロンに、同じく魔法使いのセシリア、あと俺。以上だ」


「正解です。では、兵装は?」


「魔導兵は通常の火器弾薬の他、加護を受けた魔弾を装備。その他任意で剣や斧など近接武器も携行。魔法使いであるセシリアは魔法による支援を行い、銀は、刀で滅多切りだっけ?」


「その通り、通常火器では防御魔法を付与された敵にダメージを与えるのは難しい。ただ、こちらも魔法でコーティングした弾があれば敵の防御魔法を相殺することができます。小銃が効かなくても、物理攻撃は通りますからね」


「そこが不思議だよな。防御魔法ならなんでも防げそうな気がするけど」


「それは違いますよ。室田さん」


 横から割って入ってきたのはラークス人魔法使いのセシリアだ。彼女はエルフなので容姿端麗なのは変わらずだが、思いのほか童顔で少女のように見える。その性格も、健気で実直なので、異世界対策室の職員から性別とはず高い人気を得ているって、この前小林君が言っていた気がする。


「魔法はなんでもできる便利なものじゃありません。かなり感覚的なものではありますが、防御にも属性があります。それに、防御や障壁などの魔法もなんでも防げるわけではありません。攻撃の属性により防げる魔法も決まっています。一応、広範な対象に防御魔法をかけることもできますが、その場合、戦闘においては役に立つほどの防御力はえられません。効果が薄くなってしまうので」


「へ~、そんな縛りがあるんだね」


「過去のベイル戦では、数百名を超える魔法使いが展開することも珍しくありませんでした。それ故、初期のベイル戦では複数の魔法使いが集中して防御魔法を幾重にもかけるので、中核世界の兵器が無力化され、白兵戦に持ち込まれることが多々ありました。ベイルもこちらの兵器や戦術についてよく研究しているようです」


「一筋縄ではいかない相手、なんだね。でも、ミサイルとか砲撃で最初の戦いはなんとかなったって聞いたけど・・・」


「それは、最初だけだったんですよ。彼らは、次の戦いでもう現代兵器への対策をしてきたんです。ベイルは飛翔体防御に特化した魔道具を開発したようで、それにより全ての遠距離攻撃が封じられてしまったんです」


「と、言いますと?」


「ミサイルや、ロケットのみならず、ドローンによる接近すらも未知の障壁によって

て防がれてしまうのです。それは、戦場を覆うほど広範囲に展開されるので、我々は敵の懐に飛び込み魔道具の障壁内で接近戦をせざるをえないのです」


 実に苦々しい表情でそう話す、セシリアの横で、今度は小林君がぼやき始める。


「実際問題、異世界問題は政府にとって重要案件ではあるものの、国防軍を動員するには、情勢が厳しすぎでしたからね。世は乱世、いつ世界大戦に巻き込まれてもおかしくない状況で、人材や物資を潤沢に投入できなかったんで、より強力な兵器の使用も見送られたんですよ。まぁ。巡航ミサイルが通用しない時点で、もう無理だってことになったんでしょうね。なんとも悩ましい。ちなみに、そういう事情もあって、ラークスからの同盟の申し入れには渡りに船だったんですよ」


 なるほど、未知の世界とそんなに簡単に手を結ぶものかと思っていたが、そういう裏事情もあったのか。


「話はもとに戻しますが、中核世界が科学技術が発展したように、ラークスや他の異世界では魔法が発展しました。アプローチが違うとはいえ、テクノロジーの一種と考えて頂ければわかりやすいかもしれません。科学が万能ではないように、魔法もまた万能ではありません」


「そうなのか。学の無い頭には難しい話だ。ちなみに、その飛翔体ってどこまで適応されるの?」


「飛翔体に防御を限定するのであれば、石つぶてからミサイルまで直撃の回避、もしくはダメージを防ぎます」


「なるほどな。座学じゃ魔法のことなんて教わらないから勉強になるよ」


 そう言うと、セシリアは年頃の女の子らしくあどけなく笑う。なるほど、実に可愛らしい。これは人気が出るわけだ。


「室田さん、私の事も忘れないでくださいよ。いざという時皆さんの治療をするのは私ですからね」


 さらにズイっと割り込んできたのは、同じくラークス人のアーロン。彼は魔族だ。黒い厳つい羊のような顔をしていて、角も生えている。ドス黒い体に赤い眼をしているので、寮内では夜に出くわした屈強な隊員が悲鳴をあげるほど怖がられる顔立ちで不憫な目に会いがちな男だ。


 そんな厳つい顔の割に性格は紳士そのもので、休憩室でよく動物の写真集を眺めてはほんわかしている所を見るに、悪者ではなさそうだ。その上、治療系魔法を得意とし、普段は軍医として勤務している優秀な魔法使いだ。


「私にかかれば瀕死の重傷でもなんとか治療する事はできますが、絶命していたらさすがに処置ができません。がんばって死なないで下さいね」


「そうか・・・、善処するよ」


 それにしても、かなり優秀な人材が集められているのは間違いない。そもそも、魔導兵それ自体がハルモニアでも指折りの精鋭と聞いている。


 選抜された優秀な兵士に、魔法の力が備わった鎧や武器を身に纏っているので、その戦力は並みの兵士の百人分は下らないとか。それほど貴重な人材を大盤振る舞いするということは、それだけ俺達が期待されているからでもあるというのは言うまでもない。


 主戦場の平野中央部から砲撃音が轟く。どうやら、戦端が開かれたらしい。


 モニターから戦場の映像が偵察用ドローンを介してリアルタイムで送られてくる。中央の部隊が敵陣地に向け攻撃を開始している。戦車や設置された砲が絶え間なくベイル軍陣地に向け発砲している。敵陣地に向かう砲弾の軌跡がまるで流星のようだ。そして、その流星を追いかけるように、味方の兵士も駆けていく。


「なぜ、砲撃を?敵の魔法で防がれるんじゃないのか?」


 先ほどのセシリアの話では、確かにそう言っていたはずだが、小林君に確認してみる。


「あれは、敵の防御魔法を飛翔体に限定させるための攻撃ですね。セシリアが言っていたでしょう。防御魔法は限定的なんです。だから、砲撃して敵の防御魔法に集中させてから、突っ込むんです。ほら、見てください」


 小林君はモニターを指さす。


 装甲車だ。装甲車が敵陣地に向け爆走している。


「まさか、突っ込むって、あれで?」


「えぇ、トラック運転手やってたならわかるでしょ?車は凶器になり得るって」


「まさか・・・!」


 あっという間に敵陣地に接近した装甲車は、勢いそのままに敵の戦列に突っ込んでいった。甲冑を着た敵の兵士たちが次々に轢かれていく。更に、装甲車の至る所から小銃が姿を現し、敵に向け一斉射撃を始めた。


「結局、こういう単純な攻撃方法が一番強いんですよねー」


 ぼんやりとした口調で小林君は呟く。転移室は、勇ましく敵陣に突撃した味方に大いに沸いている。

 さらに、映像では装甲車によって蹂躙された敵の戦列に歩兵部隊が突撃をしていく。声援はさらに大きく激しくなり、士気が高揚する。

 

 俺はただじっとモニターを見つめていることしかできなかった。


 戦争。これは紛れもない戦争。いままさに、命の奪い合いが行われているというのに、まるで映画でも見ているように現実感が感じられない。ここにきてまで、どうやら俺は自分が置かれている状況を完全に受け入れられていないことに気づいた。

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