12-1:閉門作戦

 結局、この日は特に訓練する事もなく、クロの手料理をご馳走になりラークスの世界の話や、中核世界の話を心行くまで楽しんだ。


 銀にとって、日本と言う国は師匠の生まれ育った国とあって憧れの対象らしく、加えて相当な日本通だということもよく分かった。見た目からして侍のような恰好を好む上、戦闘服にしても銀は自前の鎧と陣笠を愛用するほどだ。


 現にこの家も時代劇に触発され私財を投じてわざわざ日本人の職人を呼んでオスロに建てたというのだから大した物だ。


 気付けば、時間は昼を過ぎ夕方になり、もう陽が沈もうかとしていた。


 寮には門限もあることだし、俺達は銀舎利邸を後にし、寮へと戻る。


「いやー、長居しちまいましたね。楽しい時間はあっという間だ」


「ほんとだね。まさか訓練も無くここまで話し続けるとは思わなかった」


 自転車に乗って受ける心地よい風を感じながら、俺達は楽しいひと時の余韻に浸っていた。正直、こんな平和な日々が続いてくれないかと思う。民間で勤めていた時は、おやっさん達と働いていても、仕事は大変だったが楽しかったのも事実だ。


 だが、今はそれとは違った充実感に包まれている。新たな職場の仲間や奇々怪々に見えるラークスの住人達との生活も、今の俺にはとても魅力的な物となっていた。人生に変化はつきものだ。普通に生きていたら体験しないであろう事を今俺は様々な形で経験をしている。


 胸元の端末からアラームが鳴る。俺は端末を手に取り、確認する。画面には出動命令の文字。そして、但し書きが一行。ベイルポータル開放。


「実戦だ、室さん」


 小林君は、ただ短くそう言った。遂に、実戦に出る時が来たようだ。これは銀の予感が当たったな。ともかく、出動命令が下りた以上、速やかに行動しなければ。俺達は自転車を漕ぎ、急いで基地に向かう。


 すでに、基地内は慌ただしくなっていた。


 命令を受けた隊員達は、銘々装備を整え転移室へと向かっている。次第に緊張で体が強ばるのがわかる。落ち着こう、落ち着こうとしても、騒然としている基地内で落ち着けるはずもない。見かねて小林君がフォローしてくれる。


「室田さん。落ち着いていきましょう。なぁに、訓練通りやれば大丈夫ですよ。腹決めていきますよ」


「おう」


 すぐに装備を整え、転移室へと向かう。


 転移室では既にエステルが転移ポータルの準備を整え、その他の部隊も出撃体制がとられている。ハルモニアのメンバーが続々と集結し、指示を飛ばす声が絶えず聞こえる。


 ひときわ大きな声で指揮を執るのは大竹司令官だ。司令官はひとしきり支指示を出したのち、壇上へと上がり声を張りあげた。


「よし、全員集合したな。これより作戦の説明を行う。セシリア女史、頼む」


「はい」


 大隊長の脇に控えているセシリアは、エステルの弟子の一人で、秘書も兼ねている魔法使いだ。彼女はエルフで、若くして卓越した魔法の使い手と言う事でエステルに才能を見込まれた才女だ。といっても、年齢は三百歳を超えているという噂があるが。


 ハルモニアでも俺と同じ小隊の後方支援員として戦闘に参加しているが、こうしてエステルの仕事も手伝っているので、参謀的なポジションに収まっている文武両道の人物でもある。


「五分前、敵性異世界ベイルによるポータルの開放が確認されました。開かれたポータルは山間部に広がった平地で野戦になると思われます。ポータルの大きさは幅十メートル。高さ四メートルと大型のポータルです。すでに先行して偵察用ドローンを飛ばしていますが、現在確認できるだけで兵力は、軽装歩兵三百、弓兵百、騎兵八十、魔法使い二十です。兵力はさらに増大中です」


「やけに、魔法使いが少ないな。いよいよベイルも手練の魔法使いが不足と見るべきか」


 質問をしたのは、銀だ。さっきまでしこたま酒を飲んでいたはずだが、すっかり素面に戻っているようだ。


「その可能性はあります。我々の戦略目標としてベイル魔法使いの殲滅は最優先事項とし、徹底した殲滅を実施してきました。その効果が現れているのであれば、ありがたい話ですね」


「だが、油断は禁物だ。今回はクローザーが実戦に参加する。今までみたいに力づくで奴らを追い返すだけはないからな。全員心して聞け。作戦内容はこうだ。現在ポータル周辺にベイル軍は簡易的ではあるが砦を構築しつつある。

 

 まずハルモニアはこの陣地に対し正面から攻撃を加える。これは陽動のための攻撃だ。持てる火力を総動員し、ベイル軍を中央の部隊に引きつけポータルから引き離す。ベイル軍が中央の部隊に引きつけられ、ポータル両翼が手薄になったタイミングでクローザーを両翼に展開、速やかにポータルを閉じる。いいな」


 応!


 転移室に兵士達の声が轟く。戦意は高揚し、士気が高まる。


 今まで味わった事のない、興奮と熱気に当てられそうになりながらおれは巴ちゃんの姿を探す。


 巴ちゃんは市村隊に所属しているので、隊の待機場所へと向かうが、そこで隊長である市村に制止される。


「待ちなさい、室田特技兵。作戦前に何の用ですか?」


「そうですよ、ここは華の市村班、男性禁制ですよ」


 そうからかってくるのは、クロだ。そういえば、クロも市村隊に新たに編入したって言ってたな。


 彼女が言う、華の市村隊。


 これはハルモニアに新設されたクローザー部隊に着いたあだ名だ。


 クローザー部隊は、俺がいる部隊と巴ちゃんがいる部隊の二つがあるのだが、隊長である市村以下、構成する部隊員を女性が多く占めているので、こんなあだ名ついたのだ。


「いや、その・・・巴ちゃんと話がしたくて」


 素直に理由を言うが、なんだか市村隊の面々に呆気に取られている。なかには冷やかしてくる者まで。女性に冷やかされるというのは、男にとってはハートに針がチクチクと刺される心地だ。非常に辛い。


「緊張感がありませんね、あまり感心できませんよ」


 市村は完全に軍人モードに入っている。怖い。


「あっ、ぐんちゃん。どうしたの?これから出撃なのに」


「いや・・・その・・・」


 装備品をチェックしていた巴ちゃんが俺に気付いてくれて、なんとか話す事ができたが、言葉に詰まる。


 俺は今朝の事を思い出していた。巴ちゃんの気持ちが分からずに、無下に返事をしてしまったことが心残りだった。それに、一度戦場に出たならば。お互いもう会えなくなるかもしれない。考えたくないことだが、それは冷酷な事実だ。過分に可能性のある未来だ。だからこそ、言っておかなければ。


「何があっても守るから!」


 巴ちゃんは一瞬きょとんとした顔で驚くが、すぐに吹き出し笑い出した。


「違う隊なのに?別行動するのに?」


 巴ちゃんはおどけて答える。ようやくその時に俺は間抜けな事を言っていることに気づいた。クロも巴ちゃんの影で笑いを堪えている。


「たしかに、そうでした・・・」


 またやってしまった。初出撃の興奮や緊張も相まって、変な事を言ってしまった。善かれと思っていった台詞が裏目に———


「ありがとう。ぐんちゃん」


 えっ?予想外の言葉が帰って来た。


「今の一言で、緊張がどっか行っちゃった。なんだか元気出てきた!ぐんちゃん、ありがとう!がんばろうね!」


「はい・・・」


 巴ちゃんが俺の両手を握る。突然の事に頭が呆ける。瞬間、頭が沸騰しそうなほど顔が赤くなる。


「へ〜。けっこう可愛いとこあるんですね、室田さんて」


 クロに茶化され、居たたまれなくなった俺は逃げる様に去る。今の会話が巴ちゃんの心を少しでも軽くできたのならそれでいい。


 後は、とにかく戦場から生きて帰る事を考えなければ。


 配置に戻り、出撃を待つ。


「室さん、顔真っ赤ですよ、小便でも我慢してるんですか?膀胱炎になりますよ」


「やかましいわ」


「それは、そうと、小林。お前もいいのか?エステルに気持でも伝えてはどうだ?」


「なっ?!今は関係ないだろう!」


 突然、銀が会話に割って入ってきた。


「お前も人の恋路を茶化してる場合でもないだろう。まずは自分の恋路をひた走れ。ということで、エステルに声を掛けてきたぞ。すぐに来るから、気の利いた言葉でも考えてデートにでも誘え」


「なにしてやがんだ!この猫は!」


 今度は小林君が赤面している。それにしても、この狼狽ぶりは見ていてなかなかに面白い。続いて、小林君の弁明が始まる。


「第一、俺がエステルのことを好きだなんて言った覚えないぞ!」


「昼にも言ったが、お前がエステルを見る目は片想いのそれだと、みんな気づいてるぞ」


「・・・噓でしょ?」


 しかし、その場に居合わせている部隊の面々は、静かに首を縦に振るばかりだった。


「・・・室さん。ひょっとして、室さんも?」


 同じく、俺も静かに首を縦に振る。


 そうなのだ。今まで、訓練などを通じエステルと交流する機会は何度となくあったが、俺の世話役でもある小林君も、もちろんその場に居合わせていた。


 朴念仁と言われる俺でさえ気づいてしまうほどに、小林君のエステルへの態度や眼差しは恋する阿呆高校生さながらに、純粋無垢で俺は微笑ましく見ていたのだった。


 さらに、面白いと言っては悪いのだが、どうやらエステルはそんな小林君の想いに気づかないでいることだ。銀やクロの話では、エステルもそちらに関してはかなり鈍いらしい。


 異世界対策室での二人の成り行きは多くの人間をヤキモキさせているとかなんとかというのは、巴ちゃんから聞いた話だが、既に女性陣の恋バナでは話題に上がらないことはないらしい。


「どうした、銀。話があると聞いて来たが、何かトラブルか?」


 そうこうしているうちに、エステルが来てしまい、いよいよ小林君は狼狽を極めている。


「実は小林がエステルに折り入って話があるらしい。聞いてやってくれ」


 銀は蛸のように赤くなった顔の小林君を引っ張り出し、エステルの前へずいッと押し出す。もはや抵抗することもかなわない様子だ。


「あっ、あの・・・」


 赤面し、言葉に窮している小林君を怪訝そうな目でエステルは見ている。しかし、ふと何かに気づいた様子で小林君の額に手を当てる。


「熱はないようだが、具合でも悪いのか?それならば今すぐ治療魔法を・・・」


「・・・ぇとに」


「ん?どうした?」


「今度、俺とデートしてください・・・」


 蚊の鳴くような声に始まり、しりすぼんでいく声を出しながら、小林君はド直球にデートを誘ったのだった。


 部隊の仲間たちは生暖かい目で見守り、遠くでは市村隊の女性陣が黄色い感性を上がている。


「デートか。すまんが、私は多忙でな。デートには行けない」


「あぁ・・・!」


 ガラガラと小林君の心が崩れていく音が聞こえたきがした。表情も、まさに絶望といった顔をしている。しかしそれ以上に周囲の声にならないため息が転移室内に充満しているようだった。これはキツイ。精神的にやられそうだ。


「しかし、お茶をするくらいならばいいぞ。」


 先程とはうって変わって、みるみる顔に生気が戻る。


「ほんとですか?」


「あぁ。せっかくの誘いだ。短い時間しか取れないが、それでよければ頼む」


 既に表情が物語っているが、小林君はエステルを前にしているというのに、腕を高らかに挙げガッツポーズをしている?


 エステルは、そんな小林君を見てキョトンとした顔をしながらも、ニコリと笑った。その笑顔からは、おそらく小林君の本意に気づいていないようで、ただ純粋に喜ぶ小林君を見ての微笑んだようだ。色恋に鈍いというのは、本当らしい。


 微笑ましい二人のやり取りも束の間、進撃の合図のサイレンが鳴り響く。


「各員、奮戦を期待する。ハルモニア出動!」


 エステルが転移ポータルが開き、皆続々と戦場へと走っていく。


 ただ我武者らに、戦場へと駆けていく。


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