11-5

 メンタルを持ち直した小林が横からスッとタブレットを覗き込み答える。


「えっ?これが?」


 件数をよく確認する。異世界対策室創設の年からの累計で、二十二回。


 それだけ戦闘が行われているのか。よく見ると、交戦回数の他、味方が受けた損害についても書かれている。


 その数、戦死者数、八百十五名。重軽傷者数、三千五百一名。


 実際に異世界と戦い、これだけの犠牲者が出ていたのか。


 銀は淡々と説明を続ける。


「ベイルがなぜ中核世界に執拗な侵攻を行うのかは未だに不明だ。我らも情報を入手しようとしているが、なかなかうまくいかなくてな」


 銀は俯きながら自分の腕を舐めている。猫らしい仕草だな。いや、猫か。


「今でこそ対ベイル戦で有効な戦術を編み出しているが、かつて我々はベイルとの戦いの度に、大した戦術も用意できず、情報を集めながら手探りで戦っている状態だった。それゆえ、ベイルとの初戦闘は凄惨だった」


「それについては、俺から説明した方が早そうだな」


「・・・そうだな。頼めるか」


 おう、と小林君が答える。


 小林君は一口お茶を口に運ぶと、刺激が強いかもしれませんが心して聞いてくださいと言うと、過去のハルモニアの戦いぶりを教えてくれた。


「実は、俺はハルモニア創設当時からいる兵士なんですよ。ベイルにも異世界の偵察をするために部隊が編制され、俺もその部隊に参加したりと、最前線にいました」


 驚いた。ただの気のいい同僚だと思っていた小林君がそこまでのベテラン兵士だったとは。


「あの日の事は今でもよく思い出しますよ。ベイルとの初戦闘はアレク凱旋事件から一月ほど経った頃に起きました。俺は当時、国防軍所属の一兵士として、とある基地で勤務していた平々凡々な兵士でした。突然基地の全部隊に出動命令が下りました。最初はみんな非常召集の訓練かと思ってましたが、上官達や絶え間ない無線のやり取りで、有事である事が段々とわかり、緊張したもんです。なんせ、当時はまだ実戦経験がなかったもので。


 装備を整え命令された場所は山奥にある閑散とした村でした。現場に駆けつけたはいいが、着いて早々度肝を抜かれましたよ。そこには馬鹿でかいポータルが開かれていて、中から続々と甲冑を着た兵士やら騎馬兵の一団が現れ、村を破壊していました。まさに地獄絵図でした。


 すでに住人の多くが殺害され、生きている男や老人達は家屋から引きずり出され処刑され、女子供はその場で嬲られ、犯され、なす術無く奴らに虐殺されていました。中にはポータルに連れ込まれる人達もいました。すぐに全軍に攻撃命令が下り、俺達は村を占拠するベイル軍に対し攻撃をはじめました。占拠された村を奪還し、国民を保護するために。俺達の小銃は敵に対し絶大な効果を発揮し、戦闘の序盤においては優勢だった。なんせ、敵は千年遅れた文明でしたからね」


「だった、ってことは・・・」


「敵軍には魔法使いがいたんです。奴ら、防御系の魔法でこっちの通常火器を無力化しやがったんですよ。発砲しても風を巻き起こされ届かないし、当たっても鎧が強化されて弾がはじかれちまうもんだから、形勢が一気に不利になりましてね。


 一瞬の隙を突かれて白兵戦に持ち込まれたところで、戦線は崩壊。魔法による攻撃や数に物を言わせた猛攻で仲間が次々に倒れていきました。それでも、俺達は民間人を逃がしつつ銃剣や敵の武器を奪って応戦しました。スコップや銃床の物理攻撃が一番効いたのには笑っちまいましたがね。

 

 それでも形勢は変わらず、一時撤退を余儀なくされました。状況を重く見た司令部は最終的に航空爆撃や遠距離からの砲撃で敵の防御魔法を上回る攻撃力をもって飽和攻撃を敢行。どうにか敵をポータルに押し返す事に成功しましたが、その結果、村にいたわずかな生残りや収容できなかった仲間達も犠牲になってしまいました」


「そうだったのか・・・」


「これが、ベイルとの初戦闘です。ですが、飽和攻撃ではポータルの破壊にまでいたらず、ポータルを挟んでしばらくベイル軍との睨み合いが続きました。そんな時に、別のポータルが開きました。それが、ラークスとの初の接触です」


 銀も遠い眼をして昔を懐古している。


「俺もあの時のことはよく覚えている。見たこともない兵器を駆使する中核世界の軍隊に度肝を抜かれたよ」


「そいつは難儀だったな。それにしても、どうやって軍とラークスは同盟を結べたんだ?アレク凱旋事件の後とはいえ、軍にとってラークスは言葉も分からない上に、敵か味方か分からなかったはずだ」


「それは勇者が残した手記のお陰だな。日本語はエステルが勇者との会話で学んでいたし翻訳用の魔法具も用意してあったから、対話は問題なく行えた。中核世界とラークスとの同盟締結は勇者が生前残した遺言でもある。いずれポータルを開き、中核世界と友好関係を築くことがラークスの利益になると記されていて、そのためにラークスは準備をしていた。その他にも、勇者はエステルに手記を託し、それを軍に見せたら、なんとか信じてもらえたってところだ」


「そんなことがあったのか。知らない事だらけだ。まっ、一介の兵士に下りてくる情報でもないか」


 本当に、驚愕の事実のオンパレードだ。それにしてもこの二人の戦歴も想像以上に壮絶だ。対異世界戦のエキスパートな理由がわかる。


「それで、ラークスと軍は同盟を結び、ベイルと決戦を挑んだのか?」


 俺は、続きが気になっていた。この話は二人の過去の話でもある。実際に戦死者も出ているし、戦友も亡くしている。普通であればズケズケと聞くのは失礼だろう。だが、罪悪感を感じながらも英雄譚を聞いている子供のように俺の心は血湧き肉踊る心地だった。


「純粋な戦闘力では遥かに中核世界軍が上だったが、魔法使い相手には分が悪かった。ベイル軍は精強な魔法部隊を持ち、戦術と魔法で巧みにこちらの兵器を無力化し、自分達の得意とする戦法に巻き込むように仕向けていたからな。


 そこで、ラークスは通常火器が効果を発揮できる様に、敵の魔法部隊の殲滅にあたった。魔法使いの相手は、ラークスにはお手の物だったからな。軍と連携しつつベイル魔法部隊を壊滅せしめ、あとは軍の持てる火力を総動員してベイルに総攻撃を仕掛けた。この攻撃でポータルを開いていた魔法使いを仕留めたようで、ポータルも消滅。それが第一回目の戦闘だ」


「思った以上に壮絶だったんだな。異世界との戦闘って」


「ハルモニアの新人は割とそう言いますよ。千年遅れた文明に現代兵器が負けるなんて露程思わないようでね。ただ、魔法の力は厄介も厄介です。舐めたらいけませんよ」


 確かに、そこは肝に銘じておかなければならないだろう。魔法の脅威だけではなく、異世界にも賢い人間がいるはずだ。戦闘を重ねるたびに向こうも作戦を練っているはずだ。


 それに、ただでさえ、戦場では不測の事態が起きるものというのも座学で学んだ事だ。二人は、いずれ来る実戦に向け心構えを説いてくれたということか。


「ありがとう。色々話してくれて」


「なぁに、仲間じゃないか。お互い、背中を預け合うのだ。気にするな」

 そう言うと、銀は猫っぽくニンマリと笑った。

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