14- 5
「だからお前達は悪魔の家畜なのだ。俺達の人類救済を妨げる悪魔の手下だ。このままではいずれ人類の淘汰が始まる。増えすぎた人類を管理しやすい数に抑制するために、世界を影から操る悪魔共は、世界情勢を不安定かさせ、戦争を起こし、経済を破壊し、少しでも人間を減らそうと画策している」
「まさか、そんなことが・・・」
さすがのエステルも驚きを隠せないようだ。俺なんか言うまでもない。というか、既に頭が追いつかなくなりつつある。
「クローザーといったか。お前は俺達、異世界同盟の計画の妨げになる。ここで始末してやる」
アレクが剣を振り上げる。
待てよ。こんなところで俺は終わるのか。走馬灯の様に過去の記憶が頭を駆け巡る。おやっさんや奥さん、それにれんくんの顔。
そこで俺は気がつく。なぜ、俺は異世界対策室に入ったのかを。
「なぁ、アレクよ。俺には大事な人達がいる。お前が言う様に腐った世界でも賢明に生きている人達だ。だが、そんな人達がとある異世界転生を願って道路に飛び出した人をはねちまったんだ」
「それは大変だったな。同情するよ」
「同情だと?その飛び出した人は遺書で死んだら異世界に行けると信じて自殺をした。その人は異世界に無事転生できたのか?いや、そもそも死んだからとはいえ、異世界に転生できるものなのか?」
「・・・」
「答えろよ!お前がさんざ煽ったお陰でこの国はここではないどこかを目指して多勢の人間が傷ついているんだぞ!死人だって出てる!」
「・・・確かに、全ての人間が異世界に行けるわけでもないし、幸せな生活を送れるとは限らない。これは確かに賭けでもある。だが、もう賭けに縋るしか無い程に状況は悪い。仕方の無い犠牲だ」
「そうか・・・。そうなのか・・・」
こいつらご大層なお題目掲げておきながら何も考えてないじゃねぇか。
「お前らには、失望したよ」
俺は・・・。
決して異世界が悪いものだとは思わない。多くの人間が逃避のために異世界を望むのも仕方ないこの世界だ。誰だって幸せになりたい。それも自然な事だ。だが、己の欲求を満たすための行為であるなら、それは害悪でしかない。
俺は、俺達を害する一切を拒絶しよう。
「言いたい事はそれだけか」
俺は沈黙をもって答える。
「ならば、死ね!」
アレクは剣を渾身の力で振り下ろす。その振り下ろされた剣を俺は力任せに拳で薙ぎ払う。金属が破断する音が響く。
「伝説の剣が折れた、だと・・・」
俺の拳に黒い布の様なものが巻かれていた。それはとても柔らかな感触がある様に見えるが、実際の感覚は空気の様に感触が無かった。
「この木偶、なんだ、それは・・・。一体何なんだよぉ!」
アレクは剣を捨てて魔法攻撃に切り替える。光の玉を掌に形成し、投げつけてくる。俺は掌を正面に対し、静かに横に払う。
すると、先ほど拳に巻き付いていた黒い布のようなものがカーテンの球に棚引き、アレクが放った光の玉を吸収していく。アレクの魔法は完全に消滅し俺へのダメージは皆無だ。
それを見た他の転生者もみなそれぞれの得意の攻撃を放つが、そのどれもが黒いカーテンに吸い込まれ、消滅していく。まるでブラックホールの様だ。
なぜだが、直感した。これが俺の魔法か。エステルが言っていた俺の能力。
全てを拒絶する、暗黒のベール。
「魔法が駄目ならば、物理で殴ればいいだけよ」
拳骨牧師の改心の一撃。拳骨が俺目掛け真っすぐ飛んでくる。俺も正面から拳を突く。
「待て、豪!」
ベールを纏った俺の拳は拳骨牧師の拳を粉みじんに粉砕した。
「がああぁぁぁ!」
牧師は激痛で辺り構わず泣き叫んでいる。
「痛い!痛いよ!田中さん、治療魔法を!早く!」
見苦しく無き叫ぶ牧師に心底イラつく。お前、ここは戦場だぞ。拳が砕け手くらいで泣き喚くな。
更に牧師の顔面に一撃を見舞い、打ち倒す。
「お前ら、いい加減調子に乗り過ぎだろ。異世界に渡った人間は時として超常的な力を得る。それはいい。だが、その天与の力に溺れて仕出かしたこの不始末。どう落し前をつけるつもりだお前ら以外誰も幸せになんかなってないぞ」
アレクの顔に青筋が走っている、相当お冠のようだ。
「これは、聖戦だ!悪魔の家畜としてしか生きられない中核世界の人間を救うために・・・」
「まだ言うか!」
腹の底から湧き出る怒りに任せ、ありったけの力を込めアレクを殴る。
俺の拳は黒いベールで覆われたままだ。
「滅びろ」
アレクの顔面めがけて拳を振り下ろしたはずだが、感触が無い。寸でのところで避けられたか。
「いやはや、大変失礼しましたクローザー」
声の主を見る。それは伝説の小菅の声だった。一体何が伝説なのやら知らないが、小菅はアレクを抱きかかえていた。攻撃を避けられたのはアレクではなく小菅によるものか。
「確かに、あなたの言う事も正しい。とはいえ、僕たちも決して下心だけで行動していたわけじゃありません。純粋に、助けたいと思ったから行動したまでです。ですが、結局、僕らは青かった。世界を救うなんて意気込んだところで超常的な力はあるだけで、実際は世界を救うプランが甘かった事を痛感しました。ここは引くとしましょう。アレクもいいですね、潮時です。僕達のホームに帰りましょう」
あっけない、幕引き。
転移者達は撤退を決めるや否や、早々に撤退していった。だが、それはこっちも願ってもないことだった。初めての魔法の行使は、俺の体に大きな負担となっていた。これ以上はもう戦えなかった。
エステルも、残りの魔力で生存者達の治療に当たっているが、かなり無理をしているのが分かる。やはりこれ以上の戦闘は避けて正解だったな。
俺も、残りの体力を振り絞り、エステルの手伝いをする。
結局、小林、市村、それに銀とクロも容体は軽傷で済み、重傷と思われたアーロンとセシリアも一命は取り留めたらしい。
そして、巴ちゃんも、傷ついたが、命に別状は無かった。本当によかった。
「ぐんちゃん、ごめんね、今回私何もできなかった」
巴ちゃんは自分に恥じ入っている。
「とんでもないよ。今回の敵は強敵だった。俺だってエステルがいなかったらどうなっていた事か」
まさに奇跡としか言いようの無い戦いだった。こんな奇跡は二度は無いだろう。この新たに手に入れた力を、俺はこれからも行使していかなければならない。一人でも多くの人を守るために。
「いや〜、面目ない、お前を守るどころか、今回はしっかり守られちまったな」
銀が腕を猫の様に舐めながらのっそり起きてくる。いや、猫か。
「ほんと、うちの旦那が頼りなくて悪かったね。私もだけどさ、気持ち入れ替えて今後も精進するよ」
クロも元気そうだ。
「全く、情けない限りでした。小隊長でもあるはずの私が、敵に遅れを取るとは」
市村は相変わらず真面目だなぁ。
「みんな反省ばかりだね。でも、確かに今のままじゃ駄目なのは分かった」
セシリアの声も戻ったようで安心だ。
「全くです。私も、種族の力に溺れず体を鍛え直します」
アーロンも体にあいた穴がすっかり塞がったようだ。
「まぁ、過ぎた事は仕方ありませんて。今後どうするか、みんなで考えていきましょう」
小林君の軽口が聞けてホッとするよ。
だが、ここにきて謎は深まった。
アレクの言う様に、この世界が実は魔族に支配されていて、その支配からの開放の為に転移者達が動いていたのであれば、これはアクセリのみならず異世界対策室の根幹に関わる。
何かを判断するには情報が足りないし、今は物を考えるには疲れすぎた。
ここにきて、中核世界の暗部を除く事になろうとは全く面倒な事に巻き込まれたようだ。だが、もう無知だった頃には戻れない。いくら俺の能力が拒絶とはいえ、さすがにこの仕事を拒絶するわけにもいくまい。
覚悟を決めよう。
俺はクローザーだ。
俺の守るべき世界を、大切な人達を、守るために、全てを害するモノ一切を拒絶しよう。
異世界、ダメ、絶対!!もう誰も異世界には行かせません!! :DAI @moss-green
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