14-2

 手に毒々しい色艶をした歪な杖を持つその女は、見るからに魔女といった風体をしている。その言葉、その物腰、どれをとっても友好的には見えない。


 外見からして魔法使いのようにも見えるが、ならばこの女は一体どこからやってきた?


 最初はベイルの魔法使いかと思ったが、前回のベイルとの戦闘で見た魔法使いとは随分と雰囲気が違う気がする。それに、あの顔、どこかで見た覚えがあるのだ。


 訝しがる俺の表情を見た長い黒髪の女は、うすら笑いを浮かべながら問うてくる。


「あらぁ、私のことご存じなくて?」


 俺は身構えつつ、まじまじと女を凝視する。


 やはり、見た覚えがある。いつかのネット配信で見た事がある顔だ。あれは確か・・・。


「あんた、アレクの配信で紹介された異世界転生者か」


「せ、い、か、い」


 腰をぐねぐねと動かしながら、意味不明なポーズを決めている。ウザい。


 だが、そのウザい動きで間違いなく思い出した。アレクがネット配信で紹介した異世界転移者の一人。


 マジックマスター田中千恵。


 異世界に渡った事で世界のパワーバランスを崩す程の魔法能力を手にした魔法使いだ。その桁外れな魔法の力を使って異世界で気に食わない者を片っ端から魔法でぶっ飛ばすという、性悪で有名なあの転移者だ。


 アレク自身も、田中の出で立ちや言動に引きながらも、最強の魔法使いとして紹介していた転移者だったはずだ。だが、なぜそんな奴がここに現れた。狙いは一体何だ。


「室さん、どうした、何か見つけたか」


 背後から小林君が駆け寄る足音と共に声が響く。女魔法使いは小林君に一瞥もせず杖を掲げると、その掲げた杖の先端にある水晶が光を溜めはじめた。


 背筋が凍るような感覚。あの水晶からとても嫌な感じがする。


「小林君!避けろ!」


 本能的に危険を察知した俺は、あらん限りの声を発した。だが、声を発したと同時に水晶が閃光を放ち、光の弾が小林君めがけ飛んでいく。


「うおぅ!」


 寸でのところで小林君は身を躱し、咄嗟に瓦礫に身を隠した。


「大丈夫か小林君!」


「大丈夫です!それより室さん、射線から離れて!」


 瓦礫に身を隠した小林君は即座に小銃で応戦する。


 さらに発砲音が聞こえる。小林君の他にもう一人居る。暗闇の中に小銃から放たれる弾丸の軌跡が正確に田中を捕らえている。この射撃の精度は市村か。だが、全ての弾丸は直前で弾き返されている。結弾除けの結界を張っているのか。


 二人は通常弾が効かないと見るや、すぐさま魔弾に切り替える攻撃をするが、こちらも通常弾同様弾かれてしまっている。


「嫌ねぇ、いきなり攻撃するなんて」


「お前が言うな、このブス!」


 小林君の口撃は届いたのか、一瞬田中の顔が歪む。


「不躾なガキね。隠れてないで出てきなさいな。お仲間達と同じように焼き殺してやる!」


 小林君の口撃は効果覿面だったのか、瞬時に激昂し小林君が身を隠している瓦礫に向かい炎の魔法を放つ。


 火炎放射器のように杖から勢い良く放たれる火炎の魔法に気づいた小林君は、またもひらりと身を躱しながら火炎を避ける。


「くそっ、あぶねぇじゃねぇか!」


 間断なく浴びせられる田中の魔法だったが、その攻撃にはリロードのように僅かに魔法が止む瞬間があった。小林君はその隙を見つけるや否や、すかさず反撃し、市川もそれを援護する。


 連携のとれた攻撃が功を奏し、俺と小林君は合流することができた。


「小林君、どうやらい異世界転移者が攻めて来たようだ」


「そのようですね、まさか一番タチの悪い女が来るとは、参りましたがね」


 軽口を良いながら、体勢を整え田中に対峙する。


 田中も、小林君達からの攻撃を受けイライラしているようだ、長い黒髪を掻きむしり、歯ぎしりをしながら呻き、いきり立っている。


「カーム!!」


 田中は魔法を自分自身にかけた。


 みるみるうちに、怒りで歪んだ顔が穏やかな顔へと変わる。どうやら感情を抑制する魔法を己にかけたようだ。


 平静を取り戻した田中は、再び薄気味悪い笑みをこちらに向ける。


「転移者でもないのに、がんばるじゃない」


「お前らと違って、特別な力は何一つ無いからな。日頃の鍛錬の賜物だよ。それにしても、故郷を捨てた転移者がいまさら中核世界に何の用だ。目的は何だ」


「目的ねぇ・・・」


 こちらを挑発する、ぶりぶりした喋り方にイラつかせられるが、さらに二人を激昂させる一言を田中は言い放つ。


「本当は、みんなと一緒にせーので攻撃するはずだったんだけど、ちょっとはやく着いちゃったから、暇つぶし?」


「・・・ほぅ。暇つぶしで、オスロの非戦闘員や俺達の仲間を殺したと?」


「まぁ、そういう事ね」


 平静さを保ちつつも、小林君の腹が煮えくり返っているのを俺は傍にいて感じている。いや、小林君だけではない。俺自身もまた、この理不尽極まりない理由で亡くなった人達を思うと、心中穏やかではいられない。


 だが、田中は他にも仲間が入る事をほのめかしている。まさか田中並に手強い奴が来たら、被害はさらに増えるぞ。


「別にそんなことどうでもいいじゃない。あなた方どうせ国や組織に飼われているだけの醜い家畜じゃない。そんなゴミみたいな存在に、私がなぜ気をつかわないといけないのかしら?今日はそんな家畜達を駆逐するために、こうしてはるばる元の世界に戻ってきたのに、感謝の一つもないなんて、躾がなってないわね。ゴミ共」


 憎悪と嘲りに充ちた田中の言葉。


 転生者は中核世界に対し、無関心であったり厭世的であることが多いが、とりわけ多いのはこうして憎悪を溜めこんでいるタイプだ。


 だが、この話し振りでは復讐するために中核世界に来たわけでは無さそうだ。駆逐というからには、中核世界に攻め入るだけの理由が田中にはあるということか。それは一体なんだ。

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