9-3

「小林君、あれ・・・」


「誰かが物陰に倒れてますね。確認してきます。室さんは周辺の警戒をしていてください。何かあったらすぐ呼んでくださいよ」


 小林君は、小銃を構え、周辺を警戒しながら腕が伸びている物陰に近づいていく。俺も言われた通り、周囲の警戒に専念する。すでに喧騒は遠く、大分静寂が戻ってきた様子がわかる。逐次無線機から流れる会話も、状況が落ち着きを取り戻し、後続の部隊がこちらに向かっていることが分かった。


 ちらっと小林君を見る。


 今まさに、物陰から身を乗り出し小銃を構え、物陰を確認しているところだった。少しの間を置き、ゆっくりと小銃を下ろした。


「・・・くそが」


「どうした、小林君」


 意識とは裏腹に、腕が伸びている物陰へと体が引き寄せられていく。


 小林君はじっと俺を見つめた後、静かに後ずさりし、俺に場所を譲ってくれた。


「・・・室さんはまだ、見る必要はないと思いますが」


 ピタと足が止まる。その一言で、この陰りの中に何があるのかが予想できる。


「死体、なんだね。それ」


「えぇ、鈍器のようなもので、脳天に一発。即死でしょうね。残る二つは、わかりませんが」


「残り二つ?」


 さらに近づき、物陰の奥を見る。

 

 そこには、裸で倒れている女性と、腕や足が見るからに折れている男の子の死体があった。


 絶句する。一体、この状況はなんだ。胸がむかつき、胃の中身があふれそうになり反射的に口を押える。膝が震え、力が抜けていくのを感じる。気づいた時には、死体を目の前に跪いていた。


「おそらく、家族でポータルを探していたんでしょう。父親と子供は惨殺され、母親は乱暴されたあげく殺されたようです。むごいもんですよ」


「なんでそんな事が・・・」


「さっき俺達を襲ってきた民間人のように、暴徒化したあげく狼藉を働いたくそ野郎がいたってことでしょうね。ポータルを探している連中同士で、争うことは決して珍しくはないとは聞いてましたが、まさかここまでする輩がいるとはね」


 もう、耐えられなかった。マスクを力任せに脱ぎ、吐瀉物をぶちまける。ひとしきり胃の中身がなくなると、今度はとめどなく涙が溢れてきた。嗚咽が止まらず、俺は今目の前の現実を受け入れられず、ただ声を押し殺して泣くことしかできなかった。


「・・・室さん、気持ちは分かりますが、今は任務中です。今、ハルモニアはポータルに集結しつつあります。彼らの事は他の部隊に任せて、俺たちのやるべきことをやりましょう」


「・・・了解。任務を遂行する」


 涙をぬぐえ、背筋を伸ばせ。ポータルがあるから、こんな惨劇が起こるんだ。だが、俺には今、ポータルを閉じる力がある。やるべきことをやれ。


 そう、自分に言い聞かせ立ち上がる。だが、せめて、今この一瞬だけでも弔いたい。三人の遺体に、そっと手を合わす。安らかい眠れることを祈って。


 心はざわつき、心拍も乱れ、息も切れているが、再びポータルと向き合い、やるべきことをはじめる。


 そう、大丈夫だ。俺ならポータルに灼かれず閉じる事ができる。こんな悲劇を無くすために、今はこのポータルを閉じねば。


 腕に力を込め、ポータルを閉じていく。穴が小さいお陰ですぐに閉じられそうだ。

だが、背後でガサッと何かが動く音がした。小林君は素早く銃を構え、音がした方角へ銃口を向ける。


「あった・・・本当にあったんだ、異世界への入口が・・・」


 ボロボロの姿をした男。どうやらここまで切り抜けてきたらしい。彼は、じりじりとポータルに近づいてくる。男に対し、小林君はすかさず警告を行う。


「ここは危険区域に指定されている。両手を頭の後ろで組み、跪け」


 小林君は銃を向けながら警告する。


「お願いだ、そこをどいてくれ!異世界にいけば幼女や金髪美女のハーレムが作れるんだ!」


「んな訳あるか馬鹿野郎!繰り返す、両手を頭の後ろで組んで跪け!これ以上近づいたら撃つぞ!」


「いまさらそんな脅しが何になる!そうやって政府は異世界を独り占めして甘い蜜を吸うつもりだろ。そうはさせるか!」


 男は身構えつつにじり寄ってくる。


「最終警告だ!さっさと両手を頭の後ろにつき跪け!さもなくば撃つ!いい加減言うこと聞け!」


 男はあらん限りの大声を出しながら小林君に襲いかかる。だが、一瞬で小林君は男の懐に入り込み見事な背負い投げを決め、そのまま捕縛した。


「その根性を現実で活かしなさいよ、全く」


「嫌だぁ!俺は異世界でハーレム帝国を築くんだぁ!金髪美少女といちゃこらするんだぁ!」


 などと、御託を並べる男を、小林君は溜め息まじりにあっという間に拘束してしまった。小林君は頭を抱え呻いている。


「・・・室田さん、早いとこ閉じちゃいましょう。俺、なんだか疲れちゃいました」


「・・・うん、そうだね」


 虚無感に襲われつつも、俺はポータルに手をかけ閉じていく。


 背後で咽び泣く男をよそに、着実に任務を遂行していく。どうしてこうもみんな異世界に行きたがるのか。俺も思わず溜め息が出た。



 バチン



 ポータルが閉じた。ひとまず任務達成だ。小林君は本部に任務達成の報告を入れている。


「お疲れ様です。回収は別の隊がしてくれるらしいんで、俺らは小隊と合流しましょう」


「了解」


 司令部から無線が入る。本隊は既に廃村内に潜んでいた民間人を捕縛し、逃走を図った者達も今追撃中とのことだった。俺達も本隊に合流するよう命令が入った。


 トボトボと廃村へ向かう途中には、目隠しと猿ぐつわをされ、一所に集められた民間人が続々と収容されている。老いも若きも、男も女もいる。中には、家族も。ニュースでは異世界に行きたがるのは特定の属性の人間、つまりはオタクだとする論調もあったが、見た限りそうでは無い。みんな普通に街を歩いてそうな極々平凡な人達だった。


 中には、まだ暴れて抵抗している者もいるが、小隊の中からトンガリ帽子を被った小柄な隊員が現れ、暴れる者に対し杖を翳す。


 杖からは青白い光が漏れ、頭上に光が降り注いでいく。


「あれはラークス出身の隊員ですよ。魔法が使えるんで、大助かりなんですよ」


 小林君が教えてくれたその魔法使い。どうやら鎮静作用のある魔法を掛けたらしく、さっきまで 声を枯らし、滂沱の涙を流して悲しんでいた男がシンと静かになった。


「すごいね、魔法って」


「ねー、凄いですよね」


 既に、小林君は飄々としたいつもの様子だ。あれだけの惨劇を見た後だが、こうして他愛のない話ができるだけでも、どこか救われる心地がしている。


 それにしても、この場にいる民間人の身なりをみるに、かなり困窮した生活を強いられていたのが伺える。絶望した人間が異世界を目指す傾向にあることは知られているが、だとすると、俺は彼らの希望を打ち砕いている事になるが。それに、先ほどの惨劇。この中に、あの家族を惨たらしく殺した人間もいるのだろうか。


「室さん、気にしちゃ駄目ですよ。異世界転移を目論む輩は後を絶ちませんが、奴らの調書見たらそんな気は失せると思いますがね。今度見せてあげますよ」


 まるで、俺の心でも読んだかのように、小林君はそう言ってのけた。確かに、俺はまだ何も知らない。異世界についても、異世界を望む人々の気持ちも。


 周りを見渡すと、あれだけいた民間人の大群が続々とトラックに乗せられ運ばれていく。


「小林君、彼らはこれからどうなるんだ?」


「別に取って食うわけじゃありませんよ。あくまで俺達は国民を保護するために異世界転移の阻止の任務に当たってますからね。そうは言っても、もう知らない人間はいませんが、国としては異世界の存在は公には認めていませんし、その存在は機密扱いです。身元を確認したり動機を調べる必要もあるんで、それが終われば今回の記憶を消去して元の家に帰します。それだけですよ」


「そうか・・・」


 それにしても、こうも異世界は人を虜にする者なのか。それにあの痩せこけた姿の男の涙。現実に絶望した人間が望む異世界とは一体何なのだろうか。それにあの惨劇。疑問ばかりが頭を駆け巡る。

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