9-2
小隊はポータル突入後、周囲の警戒をしつつ、目的のポータルに向かう。廃村の中心部の広場にそれはあるらしい。
周りには既に他の部隊も展開しているが、彼らは工作部隊で現場封鎖を行っているようだ。実に整然と、速やかに廃村が隔離状態に置かれていく。
小林君のけつを追いかけながら、小隊の面々に後れを取らないよう必死に走り続ける。装甲服には小型のGPSも装備されていて、逐一司令部からナビゲートの無線が飛び交い、最短距離で移動していく。
突然、小隊の前進が止まる。
「待て、今何か動かなかったか」
小隊の一人が何かに気づいたようで、小隊内に緊張が走る。
「総員警戒を怠るな。状況を確認せよ」
小隊長から指示が飛ぶ。部隊は建物や遮蔽物に隠れ武器を構える。
足音だ。確かに、茂みを掻き分け歩く音がする。徐々に足音は近づき、遂に茂みから音の正体が現れる。
痩せこけたスーツ姿の男が現れた。周囲を見渡している。スマホを見ながら何かを探しているようだ。
「クローザー小隊より司令部へ。民間人と思しき人間を発見。指示を乞う」
ハイキング客には見えない。身なりはボロボロで、やつれ方からして、しばらく山をさ迷っていたのではないかと思わせる風貌だ。
「小林君、あの人、民間人だよね」
「そうみたいですね」
「ハイキング客には見えないよね」
「まぁ、ポータル探索者で間違いないですかね~、こういう場合は」
部隊員がみな銃を構えながら、司令部の命令を待っている。
「・・・。民間人を保護する。全員、彼を確保しろ!」
号令とともに一斉に部隊が民間人を取り押さえるべく物陰から踊りでる。
「ヒィ!」
脱兎の如く駆け出したスーツ姿の男だが、隊員達の目にもとまらぬ捕縛術で一瞬でお縄となった。
「頼む、異世界に行かせてくれ!あそこには俺のエルドラドがあるんだ!」
「やかましい!さっさとお縄につけ!」
「嫌だぁ〜!俺の夢が〜!」
彼も異世界を求めていた口なのは分かった。改めてその風貌を見ると、ポータルを探して彷徨い歩いていたことが窺い知れる。靴がかなりすり減っている。くたびれたスーツの汚れ方を見ても、二、三日は山を歩き回っていたのかもしれない。
「よし、確保した民間人は後続の部隊に回収させる。二名は民間人と共に待機。後続に引き継げ。残りは前進を再開する」
何事も無かったかの様に再び前進をしようとした時、廃村から鬨の声が上がる。
「状況報告!多数の民間人が出現!ポータルに大挙して移動しています!」
鬨の声と共に茂みや廃屋から次々に人が飛び出し、ポータルの出現場所へと走っていく。どうやら、ポータルを探していたのはスーツの男だけではなかったらしい。
「畜生、なんでこんなにいるんだよ!まるで狙ってきたみたいじゃないか!」
小林君はぼやきながらも、次々にポータルに向かっていく人達を捕らえては錠をかけていくが、やはり数が多すぎる。他の隊員達も次々に取り押さえていくが、とても全員を捕まえられない。
ポータルを見つけることは宝くじを当てるようにその確率は低い。にもかかわらず、一つのポータルにこれだけの人間が一度に遭遇するとは、明らかに何かがおかしい。
何か、嫌な胸騒ぎがする。
「これはよろしくないな。小林、室田。お前達はすぐにポータルに向かい至急閉鎖作業にかかれ。すぐに応援も向かわす。急げ!」
「了解!ポータルに向かいます!」
小隊長の命令を受け、すぐさま俺と小林君はポータルに向かう。
周囲ではドタバタの捕り物劇がなお展開中だ。
「こんのやろぉ!待ちやがれ!」
「国家権力の犬め!邪魔するなぁ!」
「嫌だぁぁぁ!俺は異世界に行くんだーーー!」
「異世界は辞めとけって、悪い事は言わねぇから!」
廃村に絶叫がこだまする。もはや現場は騒然とし、混沌を極めつつある。
「小林君、いつも現場ってこんな感じなの?」
思っていたのと何か違う。もっとこう、緊迫した空気の中で任務を遂行するのかと思いきや、これではまるで運動会みたいじゃないか。
「いや~、ポータルといえば異世界人とドンパチするのが常なんで、こんなコントみたいなことは初めてですね」
やっぱり、今回は異例の事態が起こっているらしい。
「とにかく、俺たちはポータルを閉じることに専念しましょう。今回は自然発生したポータルって話なんで、直ちに危険な状況になることはないでしょうが、異世界人もポータルが開いたことに感づいたら、向こうも駆けつけて来るはずなんで、そしたらこいつら民間人の身が危険です」
「わかった。とにかく行こう!」
「了解、急ぎますよ!」
息を切らしながら、死に物狂いで小林君についていく。やはり、小林君の体力はすさまじい。あっという間に先を行かれる。
廃村の中を走り続けていると、突然、足が何かに引っかかる。
「痛っ!!」
まさか、こんなところで転ぶとは。
転んだ場所を振り返ると、そこには建物の陰から躍り出て木材を振り上げた男たちが複数、俺を取り囲んでいるのがわかった。どうやら一人が俺の足を払ったらしい。頭上を見上げると、今まさに木材を振り下ろそうとしている。
そうか、こいつらポータルに向かう俺達に気づいて待ち伏せていたんだ。
そのことに気づいたはいいが、時すでに遅し。振り下ろされた木材はヘルメットに直撃し、鈍い衝撃と鈍痛が頭に走る。
「!!室さん、大丈夫か!!」
発砲音。次いで、男達がうめき声を上げながら次々に倒れていく。痛みと衝撃で朦朧としながら小林君に眼を向けると。小銃を構えている小林君の姿がそこにはあった。
「室さん、傷の具合は?」
「大丈夫、ヘルメットのお陰で、少し痛いだけだ」
嘘だ。実は痛くてたまらない。しかし、こんなところで痛がっている場合ではない。任務中に弱音など言っていられない。俺は己を激励し、何とか体勢を立て直す。
「それより、彼らを撃ったのか?」
「急所は外してあります。が、死ぬほど痛いでしょうね」
男たちは、悲鳴すら上げられず、悶絶している。そりゃそうだろう、小銃の弾を受ける痛みなんて、想像すらしたくない。
「小林から、司令部へ。暴徒化した民間人から攻撃を受けた。無力化したが負傷している。至急、救護班をよこしてください。っと連絡はこれで良し。それじゃあ、行きますよ。ポータルはすぐそこです」
うまく、立ち上がれない俺に小林君は手を差し出す。俺も彼の手を取ると、力強く体を引き上げられる。なんとも頼りになることだ。
まだうっすらと痛みが残る頭を抱えながら、ようやくポータルが開いている廃村の中心に辿り着いた。
二度目のポータルとの遭遇。最初の時と同じく、ポータルの中には見慣れないどこか東欧を思わせる農村の景色が映し出されていた。
「室さん、ちょっとだけ待って下さいね」
そう言うと、小林君は何かの機会をポータルの中に投げ入れ、手に持っている計器で何かを確認している。
「よっしゃ、ついてる。奴らまだ気が付いてないな」
「小林君、それ何?」
「あぁ、これですか。これはポータルがどの異世界のものか確認してます。ちょっと急いでるんで細かい説明は省きますが、とりあえずこのポータルは今まで遭遇した異世界のどれにも当てはまらないですね。周波数も安定している。こりゃ珍しい、少なくとも敵性異世界ではなさそうですよ。これなら、すぐに、あちらから仕掛けてくる事はまずないでしょうね」
小林君は素早く機械に何かを入力すると、すぐにポータルを閉じるよう促してくる。
「さぁ、はやいとこポータルを閉めちゃいましょう。室田さんお願いします」
「おう」
さっそく、ポータルを閉じようとするが、ふと足下に灰が撒かれている事に気づいた。なぜだが、嫌な予感がする。
「小林君、ポータルの周りに灰が散らばってるけど、何だと思う?それに、このあたりの土、少し赤いと思わないか?」
よせばいいものを、俺はどうしても気になって聞いてしまった。
「・・・おそらく、ポータルに触れた誰かの成れの果てでしょうね。周辺には流血の後もある。先に誰かがたどり着いたものの、誤ってポータルの縁に触れてしまって
ドカン。灰燼に帰した、と、まぁそんなとこでしょうね。前にもこんな現場、見たことあるんでたぶん間違いないですよ。あの時はまだ体のパーツが少しは散らばってましたがね」
思わずえずいてしまう。必死で耐えていると、ポータルの背後、朽ちた建物の陰から、腕が出ているのが見えた。誰かが倒れている。
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