9-1:初陣
その後も、俺と巴ちゃんは度々技術部に呼ばれては実験と検証を繰り返し、ハルモニアも参加しての異世界間移動阻止の訓練を行う様になった。
今までの異世界対策室が行ってきた異世界間移動の阻止は古典的かつシンプルな手法で行ってきたらしい。
異世界対策室ではポータルの開放を感知する事が可能で、さらに現場に瞬時に部隊が展開できる様に、移動用の転移ポータル、つまりは瞬間移動する技術も確立している。
これらの技術により、現場に駆けつけ、工事現場などに偽装して民間人を寄せ付けないようにして現場を隔離。その後、侵入してくる異世界人と状況に合わせて対応ししていたらしい。
友好的な異世界人であれば、その場で穏やかに接触できるというものだが、今のところ、そのケースはラークス以外では確認できていない。つまり、軒並みポータルからやってくる異世界人は非友好的であるということだ。
必然的に、中核世界側としては自衛のために戦闘せざるをえないが、基本的にポータルを閉じるには、ポータルを開いている魔法使いを見つけ出し、物理的に排除するか、魔法使いの魔力が枯渇し、ポータルが閉じるのを待つ以外になかったそうだ。
しかし、この方法では人員や装備の損耗が激しく、ジリ貧になる一方だったので、
俺と巴ちゃんの能力、クローザーがあれば容易にポータルを消滅できる可能性が生まれた。
うまくいけば、今までのように多大な犠牲を払わずにすむかもしれないのだ。そうであれば、確かに俺たちの能力に期待が寄せられるのは納得だ。並大抵ではないプレッシャーももちろん感じるが。
いずれ、その現場に行かなければならない時が来る。
覚悟はしていたが、ついにその時が来てしまった。携帯端末に出動の連絡が入ったのだ。
速やかにハルモニア本部に駆け付け、装備を整え転移室へ向かう。日頃覚悟していたとはいえ、心がざわついているのを感じる。平静を装いながらも、体は淡々とするべき行動をとる。これは訓練の賜物といえるだろう。そのとき、背中をポンと叩かれた。
「やぁ、室さん。いよいよ初陣ですね」
「あぁ。少し緊張するよ」
背中を叩いたのは小林曹長だった。今では彼は俺の事を、室さん呼んでいる。実は俺より少し年下で、一人っ子であるためか、どうやら俺の事を兄のように慕ってくれているらしい。
この地下都市や基地での生活で随分とお世話になっているが、やはり俺も小林君の事がかなり気に入っていたのだった。
いよいよ、実戦。
任務に関しては十分エステルやハルモニアの部隊員達と共に訓練は積んだし、それに関して不安はない。だが、やはり初めての任務ということでどうしても緊張してしまう。
「何事も初めてはありますからね。まぁ、無理かもしれませんが気楽にいきましょうや」
「あぁ、そうありたいが・・・」
ふと、ポータルに初めて接触した時のことを思い出す。
今思えば、あれはかなり危険な状況であったことは間違いない。そんな場所へこれから自分は向かわなければならないのだ。
心のどこかに、やはり命の危険を感じている自分に気が付く。
「小林君は、初めての実戦の時はどうだったんだい?やっぱり緊張した?」
「そりゃもちろん。それでも、数をこなしていけば、慣れていくもんですよ。いろんなことにね」
明らかに彼のセリフには含みがあった。ハルモニアの戦闘部隊員の戦死率は、高い。初の異世界との戦闘から比べれば、少しずつ生還率は上がっているものの、依然として犠牲者の数は多いのだ。
ひとたび出動すれば、誰かが傷つき、死んでいく。それがハルモニアの日常。
「任務が始まれば、あとはやるだけですよ。とにかく、室さん。俺はあんたを死なせねぇ。巴さんの為にもね。だから気張れよ!」
小林君は、拳をこちらにスッと差し出す。
「おうよ」
俺も小林君に応え、拳を合わせる。
支度が整ったので、部隊の集合場所へと急ぐ。
異世界対策室戦闘部門ハルモニアには専用の転移室が用意されている。
敵性異世界のポータルが開けば戦闘は避けられず、場合によっては重火器の運用も必須となる。ただでさえ負傷者も多いので、負傷者を迅速に搬送できるように、また、戦略の面でも戦車や軍事用ドローンの転移もすぐに行えるようにという配慮からこのような特別な待遇を受けている。
転移室には、すでに部隊は集結し、これからブリーフィングが行われるようだった。俺が所属する小隊の仲間達をみつけ、合流する。
実を言うと、小林君を除くと、俺は今のところこの小隊内では、まだまだ馴染めていない。というのも、俺が受けている訓練はまだ戦う以前の段階にあって、本格的な戦闘訓練は実施されていない。
なぜそんなことになっているかというと、ハルモニアの方針で俺と巴ちゃんは作戦の要として護衛対象になっているからだ。したがってわざわざ鉄火場の最前線に立たせる為の訓練は最小に、いかに小隊と連携して任務を達成するかというところに重きを置かれている。
つまり、正確に言うと小隊の戦闘員として人数には数えられていない。
それもそうだ。中途半端に訓練を受けた人間を投入しては統率が乱れる。ならば、護衛対象として小隊が護衛する体制を取ったほうが余程効率的というわけだ。それは情けなくもあるが、常に危険が付きまとう戦場においてはそれが最善の判断なのだろう。そして、ひょんなことからハルモニアに参加せざるを得なかった民間人であるという俺と巴ちゃんへの異世界対策室の温情でもあった。
それにしても、皆フル装備でヘルメットやマスクをつけているから誰が誰だが分からない。ハルモニアにはラークス人も含まれているから、亜人や獣人もいるはずだが、これではさっぱりだ。
しかし、魔族やドワーフなど明らかに体格や姿形が特徴的な隊員はその体格に合わせた装備をしているので、彼に関しては非常にわかりやすい。
ほかにも、みんな戦闘服の上に、薄い装甲服を着ているが、ラークスの文字や見たこともない文様や紋章を施している隊員達はラークス人達だろうことは予想がつく。武器も、ロングソードやバトルアックス、槍に弓と中世ヨーロッパのような武器を装備しているのも分かりやすい特徴だ。
一方で、現代兵器を装備した中核世界の隊員達もよくよく見ると、小銃や手榴弾の他、日本刀や小刀を腰に差している隊員がいる。
小林君に至っては、大小二本の刀を差しているのだから、面白い。小林君曰く、これが戦場では大いに役に立つんだとか。
俺はというと、装甲服は同様だが、ハンドガンに予備のマガジンとナイフという質素なものだ。戦闘が目的ではないし、小銃を持たされたところでまだ戦場で扱えるレベルではないので、仕方ない。
極めつけは、自決用の毒が仕込まれた小さなカプセル。ちなみに、これは全隊員に支給される装備品らしい。異世界人に捕まった者の末路を聞けば、無理もないが、やはりぞっとする。
再度、周囲を見渡す。
「巴ちゃんの姿が見えないけど・・・」
「そうですね。ってことは、今回は呼ばれなかったんでしょうね」
「そんなことってある?一応、俺達、キーパーソン扱いのはずじゃ」
「ん~、上層部の匙加減ですからね、こういうのは。俺にはわかりません!」
「そうか。まぁ、危ない目に会う機会が減っていると考えればいいことか」
「彼女想いですね。いいなぁ相方いる人は」
「そういう間柄じゃないよ」
「そうなんですか?あんなに仲がいいのに」
そうこう無駄話をしているうちに、転移室の壇上に大竹指令が現れ、作戦の概要が説明が始まる。
「皆ご苦労、早速だが本任務の内容について説明をはじめる。今回は自然発生したポータルの閉鎖処理が任務だ。場所はこの山間部にある廃村だ。今のところ人も通れない程の小さなポータルしか開いていないが、今後穴が大きく開くことも考えられる。直ちに現場に向かい、クローザーによるポータル閉鎖を行う。
周囲には集落は見当たらないが、近隣の山々はハイキングコースもあることから、民間人の作戦領域への進入が起きてしまうことも想定される。偽装班は現場に到着後、速やかに現場を封鎖せよ。
その他の部隊は周囲を警戒しつつクローザーをポータル発生場所までエスコートだ。基本的に普段やっている仕事と同じだ。だがらといってぬかるなよ。以上だ」
作戦説明後は速やかに解散し、転移に備える。
エステルが転移室中央に陣取り魔法陣を敷いている。いよいよ初陣だ。
「まぁ、緊張せずいきましょう。現場に出たら、俺達の指示には絶対に従って下さいね。さっきの説明では危険はないとのお話でしたが、状況は一瞬で変わっちまいますからね。臨機応変に対応できる様に、落ち着いて行動しましょう」
「了解だ」
ブリーフィングでスクリーンに映し出された現場の状況写真には美しい山や廃村の景色が映っている。まだ人がいなくなって時間が経っていないのか、どの建物も完全に廃墟化しているものは見当たらない。
「最近はこういう場所増えたんですよね。少子高齢化もありますが、生活するには不便でみんな街に出て行きますからね」
「なるほどね。だが、かえってそのほうが俺達の仕事はやり易くならないかい?」
「派手に暴れられる、と言う点ではね」
こういうときの小林君はニヤニヤと邪な顔をしていて楽しそうだ。それに、こうして無駄話ができていると言う事は、そこまで危険な任務ではないのかもしれない。
「皆、ポータルを開く。神々の加護があらんことを」
エステルの言葉と共に、大きなポータルが開かれる。大きなガレージ程の大きさに広がり切ったところで、各部隊が整然と速やかにポータルを駆け抜けていく。
「さぁ、行きますよ。俺のけつから離れないでくださいよ」
小林君は、パンと自分の尻を叩き、ダッと走っていく。いつも思うが、小林君の身のこなしはまるでトラのように俊敏かつ力強い。
同じ小隊の皆も一気に駆け出す。遅れをとらぬよう、俺も歩調を合わせ、ポータルへと駆け込んでいく。
この時、俺は恐怖にかられ体がわずかに震えながらも、どこか不思議な高揚感を感じ、昂らずにはいられなかった。
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