8-4

 ジーナに促され、更に奥の部屋に通される。


 実験室と表記されている部屋には、実験の準備をしている技術部の職員達に加えエステルと巴ちゃんが既に入室し談笑していた。


 それにしても、技術部も他の部署のように、多くの人種が共に働いている。中核世界の人間のみならず、エステルやジーナのようなエルフの他に、ドワーフや亜人に獣人、それから、魔族と呼ばれるゲームに出てくるモンスターのような人々。実に多様な人種が働いている。


「やぁ、室田。すまんな、急に呼び出して」


「気にしないで下さい。仕事ですから」


 最近は、俺もエステルに慣れてきた。エルフは異世界対策室だけでなくオスロにも民間人として多数生活している。皆ビックリする程の美男美女揃いで、隣に立とうものなら自分の不細工さが際立ち肩身の狭い思いをする。


 特に女性のエルフに関しては、中核世界の男達にとってはアイドルのように崇拝されている始末だ。とりわけ、エステルは同じ女性エルフからも絶賛される美貌であるからして、普段から女慣れしていない俺にとってはまともに目を見て話すのも憚れるように感じてしまっていた。


 しかし、当のエステルはとても気さくな人物で、気軽に話しかけてくれる。これで惚れない男はいないと思われるが、神がかった美貌は崇敬の対象になっても恋愛の対象にはならなにのが幸いした。エステルの美貌のお陰で俺は女性というよりは女神と話していると思えば心穏やかに会話できる事を発見したのだ。


 挨拶もほどほどに、実験の準備が進んでいく。


「では、早速だが実験に移るとしよう。君達の能力に付いて私なりに仮説を立ててみたのだが、おそらく転移魔法を物理的に阻害、消滅できる能力であると考える。仕組みなどはまだ分からない事だらけだが、私は君達の能力をクローザーと名付けた。現時点ではポータルを閉じる事は確認済だ。そこで、今回は異世界からの召還に対してもクローザーが有効であるかを検証してみたいと思う」


「了解しました。それで、俺達は何をすればいいですか?」


「私がラークスに繋がるポータルを開く。それを、君達の能力で消して欲しいのだ」


「わかりやすくて、ありがたいです」


「そうだろう。それではさっそく取り掛かろう」


 エステルは実験室の中央に移動すると、杖の先を足下に向け、なぞる様に足下に半円状にゆっくりと動かしていく。杖は鈍色の光を淡く放ち、それに呼応する様に足下にも同じような光を放つ模様や文字が浮かび上がってくる。見た事の無い文字。これがラークスの文字なのだろうか。


 浮かび上がった文字や模様は一つの円の中に収まり、機械仕掛けの様に規則的に蠢く。これがいわゆる魔方陣というやつなのだろう。まさにファンタジーの風景が現実のものとして目の前で展開されている。思わず息を呑み魅入る。


「さて、魔方陣はこれで完成だ。それでは、ポータルを開くぞ」


 魔法陣が空中へと浮かび上がると、轟音と共に魔法陣がひゅるひゅるとひも状に解けながらものすごい速さで回転し、光の球を形成する。なおも回転する光の球は次第に輪っかになり、その輪の中には見たこともない景色が広がっているを目にした。


「これが、ポータル・・・」


 確かに、あの夜公園で見たものと同じだった。

 光の輪のなかに美しい景色が見える。これが、ラークスの世界・・・。


「きれいな草原ですね。これがラークスの世界ですか?」


 巴ちゃんは興味深そうにポータルの中を覗いている。


「美しいだろう。ここはラークスで一番広い草原で、人もいない。何か事故があっても大丈夫だぞ」


 怖いことをおっしゃる。苦笑いしながら、俺はポータルに近づいていき、ポータルお縁へと手をのばす。


 恐る恐るポータルに触れるが、何も起こらない。市村は、普通の人間が不用意に触れれば消し炭になると言っていたから、内心ビクビクしながら触ったのだが、何事もなくてよかった。


 あたりから、安堵のため息や、驚きの声が上がっている。


「よかったー。触った瞬間、爆発四散するかと思ってヒヤヒヤしてましたが、何事もなくてよかったです」


 そう言い放つジーナをエステルは窘めている。

 しかし、驚愕の眼差しを向けている技術部の面々の様子を見ていると、やはりポータルに触れることが出来るということが、どれだけ驚愕であるかを物語っている。

 

 様子を見守っていた巴ちゃんも、ツカツカとポータルに近づき、何気なくポータルの縁を触る。


「やっぱり、私も触って問題ないんだね」


 さらに大きな声がそこかしらから上がる。気づけば、技術部の面々は喧々諤々の議論を始めている。

 その熱気たるや、変態と言わしめるほどの熱量を肌で感じ、思わずたじろいでしまうほどだ。

 

「見事だ。室田、巴。これは今後の異世界間移動の阻止に大きく役立てるだろう」


「お役に立てそうで、何よりです」


 ひとまず、心の重荷が少しではあるが、軽くなった気がした。このために俺達は半ば強制的に異世界対策室に引き入れられたわけだが、実は巴ちゃんも俺もここでの生活に愛着を感じ始めていたところだ。

 そこにきて、能力が使えなかったりした日には、放逐されてとしても仕方がないが、そうなると行く当てがない俺達にはとても寂しいことになってしまう。


「てっきり、みんな触れるものかと思ってたました。初めてポータル見つけた時も。異世界の人間がポータルからにじり出てこようとしていたので」


「何?それは本当か?」


 エステルとジーナはとても興味津々に俺の話に食いついた。


「通常、ポータルは高出力の魔法で半ば無理やり二つの世界に風穴を開けるので、そのポータルの縁はその風穴を開け続けるだけの膨大な魔力が発生しています。生物であれば触れた瞬間、消し炭になってもおかしくはないはずですが・・・」


 ジーナは首を傾げながら俺の話を訝しんでいる。


「たしかに、例外はありえます。ポータルを開く魔力にも劣らない高レベルの防御魔法がかけられていれば、可能かもしれません。一兵卒にそこまでの超高位魔法をかけるのは考えにくいですが・・・」


「案外、人間ではなかったりしてな」


 何気なく言ってみたつもりだが、エステルもジーナは小さく頷いている。


「可能性は捨てきれないな。しかし、判断するには情報が少なすぎる。このことは頭の隅に置いておこう」


 なるほど。よく分からないが、安易に断じるのは早計ということだろう。

 あの時、ポータルで出会った異世界人。人間に間違いはないはずだ。しかし、どこか人間味が感じられなかった奇妙な感覚も覚えている。まるで、石や岩みたいに無機質というか・・・。

 

「それでは、引き続きこの能力の解析を始めるとしよう。皆、はじめるよ」


 ひとまず、気持ちを切り替えることにする。

 ポータルに触れることが確認できたので、エステルとジーナの指揮の下、様々な実験が開始された。

 俺と巴ちゃんは、エステルが開いたポータルを何度も何度も閉じていく。

 ポータル事態の感触は、若干の熱を帯びた固めのゴムのような感触で、押せばたわむが、閉じようとすると意外と力を使う。俺は昔からの肉体労働と日々の訓練のお陰でそこまで体力を奪われはしなかったが、元々運動をあまりしていなかった巴ちゃんは、さすがに堪えていたようだ。俺と同様、訓練もこなしていたが、息を切らし、疲労困憊とみえる。


「よし、今日のところはここまでにしよう。みんな、お疲れ様」


 ようやく実験が終わり、さすがに疲れた俺と巴ちゃんは休憩室へと案内されベンチへと座り込む。


「巴ちゃん、大丈夫?」


「なんとか・・・。いくら訓練をはじめたからって、やっぱり事務員しかしてない身には堪えるわ~」


 巴ちゃんはヒィヒィいいながらも気丈に振る舞っている。俺はそんな健気な巴ちゃんに尊敬の念が絶えない。


「いや~、今日は本当にありがとうございました!とても有意義な実験でしたよ!」


 ジーナはとてもにこやかに言いながら、俺と巴ちゃんに青い液体が入った瓶を渡してきた。


「これは一体、何ですか?」


「ポーションってやつです。聞いたことはありませんか?中核世界ではまず手に入らない、体力回復アイテムです」 


 これが、かの有名なポーションか。ゲームでしか登場しない架空の飲み物をまさか現実に飲む日が来るとは。

 早速、ビンの蓋を外し、一口飲んでみる。その味は、何とも表現しがたい薬草的な何かの味をしているが、不思議とのど越しが良く、味を気にしなければ割と飲める代物だった。


「ん?お?おおおお?」


 驚きだ。さっきまでの体の疲れがサーッと消えていく感覚。

 巴ちゃんもポーションの効果を実感したらしく、グビグビとポーションを飲み干していく。


「マズい!けどすごい効くコレ!」


 ポーションをのむだけでここまで一気に回復するとは、恐るべしポーション。


「これは実験に付き合ってもらったお礼です。味に関しては、もっと中核世界の人達に合うようまだまだ改良中なんで、期待していてくださいね」


 ジーナが言っていた技術革新にはこういったものも含まれるのだろう。なるほど、こんな便利なものが現代社会に普及することができたら、それは素晴らしいことだ。


 ジーナは一息ついたところを見計らって、実験の今後について話してくれた。細かいことは俺の頭では理解できない話ばかりだったが、簡単に言うと、なぜポータルに触れることが出来て、かつそのポータルを閉じることが出来るのか、魔法と科学の両面から研究していくとのことだった。


「とにもかくにも、ポータルをこちらから閉じることが出来るというのは僥倖です。異世界転移は、先ほどエステル様がやってみせたように、術者が魔法を行使して行えるものです。これはハルモニアが管轄する異世界からの武力侵略から中核世界を守るうえで強力な対抗策になり得ますからね」

 

 ジーナはとても興奮している。技術部の職員たちの反応からしても期待以上のものだったらしいが、こちらはというと、なんだかプレッシャーを感じてしまう。それに、異世界問題はポータルによる転移だけではない。

 せっかくなので、素朴な疑問をぶつけてみる。


「俺たちがポータルを閉じれるのはいいとして、他にも異世界への渡り方はあるだろ?そちらの対策は何かあるのか?」


「ほほう、室田さんはご興味がおありな様子で・・・。よろしい、説明しましょう!」

 

 いかん。変なスイッチを押してしまったかもしれない。俺が公開する間もなく、まくしたてるようにジーナは説明を始めた。

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