8-3:技術部員、ジーナ

「おー、御早い到着痛み入ります!私、技術部の責任者をしてます、ジーナです。今日はよろしくお願い致します!」


 彼女はおもむろに俺達の手を掴みぶんぶんと振る。握手のつもりなのだろうが、早くもそのテンションの高さに若干引いてしまっている。


「・・・こちらこそ」


 更にこの方、見た目がヤバい。既に直感でヤバいの単語が頭に浮かぶ出で立ちだ。ビン底眼鏡にボザボサの髪。焼けこげた白衣。身嗜みなど微塵も気にかけていない様子だ。昼夜問わずひたすら研究に没頭しているご様子。


 女性としてこれは如何なものだろうかと、男の俺でも考えさせられてしまう衝撃を与えたこの女性は、ジーナという名のエルフだ。なぜだが、エルフである事がとても勿体無く感じてしまう。せっかくの綺麗な人が台無しだ。


「随分、お忙しいようで」


 俺はジーナの境遇を案じて思わず言ってしまった。


 地上にいた時は、毎日の様にニュースでそこかしこの企業のブラックぶりが露呈し、もはやこの国にまともな企業はないと思わされてしまうほど、暗澹とした労働環境ばかりだった。


 誰もがこの状況のおかしさに気付いていたが、とはいえその対策も思いつかず、ただ目の前の仕事を片付けるのに精一杯で頭を使う時間も気力もなかった。


 ところが異世界対策室に入る事で、俺の待遇は一気に改善された。当然、危険を伴う任務もあるが、トラックの運転だって毎日が危険との隣り合わせだったし、そもそも生きている以上なんらかのリスクを背負い続けることは自明の理だ。異世界対策室はリスクに見合うだけの報酬は約束してくれている。だから今の仕事に不満はない。


 にもかかわらず、こうして違う部署の者がブラックな労働環境に苛まれているのは心苦しい。国が関わる組織ですらブラックではいわんや民間もブラックになるかと思わざるを得ない。


 ジーナはビン底眼鏡を指でクイっとあげながら、俺の表情を観察している。顔に出したつもりはないが、どうやら思い切り出ていたらしい。


「ひょっとして、私の事心配してくれてます?」


 思った以上に軽い声で問いかけてくる。てっきり、見た目も満身創痍だし、精神的にも参っていそうだったが、この声の調子はそれとは全く違っていた。


「優しいんですね、室田さんて。だいたい他の部署の方って私達技術部の者を気味悪がる人が多いのに、奇特な方もいたものですね」


 彼女は自虐気味に恥ずかしそうに喋る。そのハニカミはとても可愛らしいと思うが、ビン底眼鏡から覗く上目遣いは少々不気味でもある。


「でも安心して下さい!これでもちゃんと食事と休息は取ってますから。昨日だって二時間も寝ましたし」


「二・・・二時間ですか」


 絶句する。いくらなんでもそれではいつか倒れるぞ。


「もう少し休む事はできませんか?仕事も大事でしょうが、体も労らないといつか倒れちゃいますよ」


 本当にジーナの事が心配になってきた。慣れはとても恐ろしい。どれほど劣悪な環境に置かれても、ちゃんと生存できる様に身も心も適応してしまうからだ。だが、それだって限界を越えればそれまでだ。


 ところが、ジーナはキョトンとした表情をしている。その後、手をポンと叩き、何か納得した顔をする。


「あっ、すいません。正確な睡眠時間は確かに二時間なのですが、実質的には八時間以上寝てまして。実は技術部には秘密兵器があるのですよ」


 そう言うとジーナは俺の手を掴み、技術部の部屋の一角へと半ば無理矢理に連れて行く。


「実は今、こんなものを使っているんですよ!技術部で開発した科学と魔法を駆使して制作された圧縮睡眠装置です。この機械に入れば一時間の睡眠でも一晩眠ったのと同等の疲労回復効果が得られます。ただ、まだ臨床実験段階なので技術部の試験志願者のみしか使用は許可できませんが」


 目を煌めかせて熱弁するジーナに圧倒されながらも、俺はその圧縮睡眠装置とやらを眺める。パッと見は棺だ。それ以外には何物にも見えない。


 だが、確かにジーナをよくよく見ると肌や髪の艶は悪くなさそうだ。


「そんな物まで作ってるんですね、技術部って。というか、自分を実験台にしているとは驚きです。危険じゃありませんか?」


「最悪、事故が起きても、死なない限りはエステル様やその他の魔法使いが治療魔法をかけて下さいますので大丈夫ですよ」


 いや、それは大丈夫じゃないだろうに。エステルもあんな綺麗な顔をして、エグいことさせなさる。


「いくなんでも、それは無茶が過ぎませんか?」


「確かに、そこまでやるかと言われる事は日常茶飯事です。ですが、挑戦無くして成功無し。失敗は発明の母という言葉も中核世界にはあるではありませんか。何事も効率を重視し、失敗せず成功したがる嫌いがありますが、その過程にこそ成功へ至る本道が隠れているものです。


 だから正解を見つける為に己を犠牲にすることも大事なんですよ。それに、私達が仕事をがんばればがんばる程、異世界対策室に貢献できます。特にハルモニアに関しては新兵器の開発は急務です。


 魔法と科学が合わさればこれまでに無い新兵器が産まれる事でしょう。あぁ、なんと素晴らしい・・・。そして、ゆくゆくはこれらの新技術はラークスと中核世界に恩恵をもたらすでしょう。そうすれば、今よりも素晴らしい世界を見る事ができるはずです。そうは思いませんか?」


 新兵器の開発。心躍る言葉ではあるが、しかし、無邪気に喜んでいていいものなのだろうか。座学では異世界との戦闘において、新兵器の開発は急務とあった。それは、魔法に対し現代兵器が必ずしも有効ではないことが判明しているかららしい。

 味方を守るため、より強力な兵器の開発は大事だろう。その考えは分かるし、否定する気もないが、結局のところ、人を効率よく殺す為の道具を作っていることには違いない。

 

 そんな釈然としない気持ちで考え込んでいたところ、ジーナは俺の顔を覗き込み、優しく微笑んだ。その顔はやはり美しく、ついハッとしてしまう。


「殺戮の果てに平和は訪れるのか。それは分かりません。しかし、降りかかる火の粉は払わねば、我が身が燃えるのみ。新兵器は、戦闘から仲間を守る為のもの。戦闘で優位に立つことが出来れば、結果的に敵の被害も少なく済むのです。私たちだって、何も考えていないわけではありません」


 ジーナは先ほどのハイテンションと違って、冷静だった。


「それに、私たちが主に研究しているのは兵器開発ではなく、あまねく世界に貢献できる新技術の開発です!高度なテクノロジーを持つ中核世界と高度な精神性を持つラークスが合わさればこれまでに無い種の繁栄に至ると考えます。私は技術を通し二つの世界の繁栄の礎になるのであれば、この命を捧げても構いません。


 一人でも多くの魂が幸せに生きれる世界になるのなら、リスクを冒す意味があると、私は思ってます。もちろん、これは私の覚悟の話なので、他人に強制する事はありませんよ」


 彼女の言葉に、嘘はないと感じた。本気の言葉には力が宿る。久々にこんな熱の籠った言葉を聞いた気がする。


「気合いが入ってますね。確かに、中核世界はテクノロジーに限って言えば便利な機械はやたらと増えました。けど、便利になったはずの世の中で俺達は寸暇を惜しんで働く生活です。どれだけ働いても生活をするだけで稼ぎの殆どを持ってかれ、蓄えもできない。


 お陰で心はすり減る一方で、自分の正体すら分からなくなっちまう始末。こうなると、テクノロジーが果たして俺達の生活にどんな恩恵をもたらしてるのか分からなくなってきます。それに、そんな不完全なテクノロジーをラークスに持ち込んで何か問題は起きたりしませんか?」


「それは興味深いお話ですね。科学技術は中核世界の文明レベルを引き上げているというのに、生活が増々困窮するとは」


 彼女は腕を抱え考え込む。


「エステル様もとても訝しがってました。これほどの科学文明が発達していながら中核世界の暮らしぶりは釣り合いが取れていないとか」


「政治次第でどうにかなるのであれば、この国の政治家は皆無能ということになるでしょうね。なんせ、テクノロジーは進歩しても、かれこれ四十年以上は経済が悪化しているらしいですから」


 正直、今の俺はジーナに対し、さも経済について知っている素振りを見せているが、これらの情報は全てメディアや政府公報の受け売りでしかない。そもそも大した学もないし、経済についての知識も皆無だ。この話題を掘り下げようにも、これ以上は俺も付いていけないだろうな。


「ともかく、技術部の活躍で世の中が良くなるなら俺は大歓迎です。死んだような顔して生活する人達が少しでも減るのであれば、それは素晴らしい事だ。俺みたいなしがない肉体労働者は頭使うのは苦手ですが、できることは技術部にどんどん協力します」


「そう言われると励みになります。でも、得手不得手は誰にでもありますよ。あなたの体格はドワーフのように恵まれていますもんね。それは私達にはない長所です。それに随分と人間の割に厳つい顔でいらっしゃる」


「それは、どうも」


「褒め言葉ですよ。私はあなたの様に無骨な男性が好みですから」


 ジーナはからかう様に笑う。


「さて、このままお話を続けたいところですが、ぼちぼち仕事にかかると致しましょう。これも世界のためです。では、こちらへお願いします」

 

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