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ひとたび生活が始まれば、自然と日々のリズムが出来上がり、スムーズに進んでいくものだ。異世界対策室で働く事になった俺は、日々新しい事を出来の悪い頭に叩き込みながら、訓練を行い、有事に備えている。
とはいえ、新人の俺達がやることは、まず学ぶことだ。異世界対策室はその組織の性格上、ほぼ軍隊の組織だ。まずは組織の一員としての基本的な規律や軍独特の礼儀作法やらとにかく叩き込まれていく。それも急ピッチで。
午前は座学で、異世界や魔法、政府組織としての基本的な知識にはじまり、戦闘に際しての兵器の扱い方や戦術等々を学び、午後はハルモニアの隊員と共に訓練に臨む。当然、はじめのうちは体力作りから始まり、拳銃など比較的扱いやすい武器の取扱いから学んでいった。
ポータルがいつ開くかは誰にも予測がつかない。従って、異世界対策室は常にポータルの発生に備え臨戦態勢をとっている。はじめはこの緊張感溢れる環境に戸惑ったし、心が挫けそうになったこともある。だが、思った以上に仲間同士の結束力は高い。背中を預け合うからだけではなく、こんな地下にある閉鎖空間にいる以上、自然と人間関係が濃くなるのは当然だろう。
そんな忙しい日々もあっという間に過ぎていく。すでに、訓練開始から早一ヶ月が経とうとしていた。
おおよそ、地下都市での生活の在り方は理解できたし、体も慣れてきた。自分が配属される部隊の隊員や関係部署の人間とも打ち解け、順調に打ち解けていると思う。軍出身者が多いのは真実だが、みな気さくでいい人ばかりというのが率直な感想だ。
エステルや大竹指令の話では人選はかなり慎重に行っているという話だ。単に能力が優れていれば言いわけではなく、協調性や自制心、それに異世界の魅力に負けない人物。選抜にあたってはかなりの項目があり、その人間性を精査しているらしい。
ならば俺や巴ちゃんはどうかと言えば、普通であれば論外の人物にあたるだろうが、それらを無視してでも活用したい能力。即ち、ポータルを閉じる能力に非常に期待されているからというのは理解している。なので、基地ではその点を踏まえて言動に注意しているが、これがなかなか肩が凝る。
とはいえ、日々の厳しい訓練や座学の嵐を除けば、ここはとても良い環境が形成できているのは間違いない。今までの貧しい生活を思えば贅沢を言っていてはいけないだろう。
贅沢と言えば、座学の初日に異世界対策室の待遇についての説明があったが、地下都市オスロの福利厚生施設の優先使用権の他、病気療養制度や有給の完全消化。日々の勤務にあっては有事を除き定時上がりという今まででは考えられなかったようなホワイトな待遇に舌を巻いた。
中でも、給与に関しては本当に驚いた。今までとは比較に成らない高額の報酬。七桁に届くであろう給与が今の俺達の月収だ。これは同時にそれだけ危険を伴う職務であり、かつ今後の異世界対策室において貴重な戦力として評価されているからと説明されたが。
正直、ここでの生活ではお金を使う事はほとんどない。元々貧乏生活が板についているせいか、美味しい物を食べたいだとか、遊びに行きたいだとか欲求が極端に無い。服やアクセサリーにも興味がない。貯金も今までできなかったので、貯金という発想もでなかった。
ではどうしたかというと、俺は基地での最低限度の生活ができるだけの給与の他は、全ておやっさん夫婦とれん君に給与が渡るよう手配をお願いした。
この仕事をする以上、いつ命を落としてもおかしくないのは、初めてポータルに接触したあの晩の時に分かってしまった。使い道のないお金を溜め込むよりは、恩返しと思ってお世話になった人達に送ろうと決めたのだ。
奇しくも、巴ちゃんも同じ考えだったようだ。恩返しができて良かったと笑って言う巴ちゃんは、相変わらず眼に隈がありやつれた顔をしていたが、とてもいい顔をしていたと思う。
携帯端末が鳴る。
これは異世界対策室職員専用の通信端末だ。wi-fiで自由に外部の情報にアクセスできるが、情報のやり取りは徹底した情報管理の下、監視付きかつ短時間であれば電話など外部との通信も可能だ。
魔法を応用した新たな情報技術の開発に成功した事もあり、このようにゆるい規則で済んでいるらしいが、情報秘匿のため職員間の連絡はこの端末でしかできない見た目はスマホだが、機能もシンプルで、メールと電話機能がついているのみだ。
先ほどの着信は、異世界対策室の部署の一つで、魔法の研究やその応用方法を研究したりしている技術部からであった。この部署は噂では中核世界とラークスの変態達を集めた魔境のような部署らしい。
この場合の変態は、悪意ではなく敬意をもって呼ばれているのが面白いところだ。古来より、なんらかの技術に携わる者は、その道を往く過程で自然と己の分野を究めていくものらしい。そんな技術畑の人間が両世界から選りすぐられ結集した部門が技術部ということらしいのだが、まさに究めし者共の巣窟というわけだ。
だが、究めし者という名は伊達ではない。新技術の研究、開発はこの技術部が一手に担っており、この端末も魔法と科学を融合させた画期的な道具であるという。畢竟、技術部の異世界対策室への貢献著しく、奇異の目で見られながらも全ての部署から尊敬を集める部署とのことだ。
そんな技術部からの呼び出しだが、用件は想像がつく。前々から俺のポータルを閉じる能力の解析をしたいとエステルから言われていたのだが、そのことだろう。
未知の能力の研究など、技術部の面々にしてみたら垂涎の能力であれば、催促の連絡が来てもおかしくない。ともかくこれも仕事のうち。早速、技術部へと向かう。
技術部はオスロの外壁に沿う形で研究施設が建てられている。実験場はさらに地価都市の外に向かって建設されているのは、万が一事故が起きた際に証拠隠滅とオスロに被害が及ばない様にするためというなんとも物騒な話がある。ともかく、俺は技術部の門を叩く。呼び鈴を押しすぐさま飛び出てきたのはひとりのラークス人だった。
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