8-1:ハルモニア
だが、無慈悲にも心を落ち着かせる前に、ジープは止まり、俺達は異世界対策室の本部に到着した。
異世界対策室の軍事、諜報部門を統括する部署。通称ハルモニアというその部署は、現代科学と魔法を融合させた今までに無い軍事組織という話だ。あらゆる戦闘行為や諜報活動を一手に担い、異世界からの侵略を水際で防ぐ特殊部隊で、俺達はその中で新たに新設される部隊に配置されるとのことだ。
ジープから降り、俺達は小林曹長と別れ、ハルモニアの司令官室へと向かう。まずは部署の責任者への挨拶というわけだ。
基地内は至って普通の作りだ。街はファンタジー感があったが、ここは完全に現代の建物だ。司令室に行くまでの間も、窓から訓練の様子が見えた。軍の通常兵器もあれば、見た事の無い兵器もある。現代兵士に混じり、ファンタジーの世界の住人が合同で訓練している姿はとても不思議だった。
「ここが、司令室だ。それでは入室しよう」
市村はノックし、ドアを開ける。
「大竹大佐、二人を連れて参りました」
「おう、市村か。ご苦労!それにエステルさんもお疲れさまです」
威勢の良い声で答えたのは、ハルモニア戦闘部門のトップ、大竹大佐だ。
「待ってましたよ。彼らが噂の新人だね」
大竹大佐の横には、副司令の川上中佐が控えていた。
この二人が俺達の上司か。なんだか緊張する。
「大竹、川上、紹介しよう。
俺と巴ちゃんは二人の司令官に対し礼をする。
「了解した。君達が例の二人か。俺がハルモニアを指揮する司令官の大竹だ。思ったよりいい顔つきで安心した。これからよろしく頼む」
大竹大佐は大きな声で答える。軍人らしい、といっていいのか分からないが、竹を割ったような性格を思わせる人物だ。
「私は副指令の川上だ。突然のことで困惑していると思うが、我々は皆、君達の活躍を期待している。だが、決して無理はしない様に。仲間として歓迎しよう」
川上中佐にも礼をする。物腰が柔らかい人だが、語気からは芯の強さを感じさせる。二人とも根っからの軍人のようだ。その気迫に気圧される。
「指令、それでは予定通り明日より訓練を開始致しますが、部隊への合流は今しばらくお待ち頂きたく存じます」
「承知している。色々とここの基本を教えてやってくれ。報告は逐次に頼むぞ」
マジか。もう明日から訓練か。
さすがに軍人、一般人相手でも容赦はしてくれなさそうだ。そんなこともあるだろうなと予想はしていたが、的中してしまった。
挨拶を終えた後は、今日から俺達の住処になる寮へと案内された。
巴ちゃんは市村とエステルに連れられ、女子寮へ。俺は先ほどジープを運転していた小林曹長に案内され、割り当てられた自分の部屋へと向かう。
「どうです?けっこう綺麗な作りでしょ。異世界対策室はホワイトで全隊員に個室を用意してくれているんですよ。軍にいた頃を思うと、ほんと待遇がいいですよ。昔は、タコ部屋みたいな寮に押し込まれ、給料も据え置き、危険手当なんかも一切出ませんでしたからね。それでも、ここは働きに応じて相応の報酬がもらえますから、ありがたい限りです」
そうニコニコしながら言う小林曹長には悪いが、俺としては公務員であるはずの軍人の待遇の悪さに閉口してしまう。ただでさえブラック企業だらけの現代でせめて、公務員ぐらいはまともに生活できているかと思いきや、そんな事はなかったわけだから。
「軍人やるのも、大変なんですね。尊敬します、ほんとに」
素直に、そう思った。特に、基地内での訓練風景をみて心底そう思った。
俺は今まで公務員はこれだけの不景気でも、まともな生活ができる職業だと思っていたが、あれだけ厳しい訓練を毎日こなし、命令があればどれだけ危険があっても遂行しなければならない軍人を目の当たりにし、公務員だからと条件反射で罵られる軍人が哀れに思えた。
「では、室田さんの部屋はこちらになります。私物等は間違いないよう搬入してありますが、問題があったらすぐに教えて下さい」
「えっ?私物?」
「ハイ、しばらく地上には帰れませんから、アパートの荷物全部持ってきてありますよ」
いつの間に。
俺は部屋を開け、中を確認する。
「こりゃ驚いた」
ボロアパートにあった俺の荷物は全て運び込まれていた。もともと余計な物を買う余裕も無かったから、必要最低限の家財しか持ち合わせていなかったが、全て丁寧に運び込まれていた。
「今日からここがホームになりますからね。とりあえず、今日は他にする事も無いので、ゆっくりしてください。あとこれもどうぞ」
二つに折られた白い紙を渡される。中を開いてみると、羅列された英数字が一行書かれていた。
「小林曹長、これは一体・・・」
「ん?wi-fiのパスワードですが、何か?」
至れり尽くせりではないか。いや、それよりいいのか、機密情報を扱う組織の人間がこんなに簡単にネットができて。
「よくわからない組織だなぁ、ここは」
使い慣れた布団へと倒れ込む。見上げる天井は初めて見るが、きっとすぐ見慣れた天井になるのだろう。
まだまだ疑問も尽きないが、ともかくこうして俺は新たな仕事と住処を手に入れたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます