7-2

 異世界対策室は、地下深くに建設された広大な秘密基地であり正確な所在地など施設に関する情報は組織の人間であっても極一部の上位職員しか知らされていないらしい。


 非常時用の非難通路以外には物理的に地上と繋がっている場所は無く、原則立ち入り禁止となっている。通常、地上への移動は全てポータルを介するらしい。


 エステル曰く、ポータルは異世界間を繋げるだけではなく、テレポートとして用いることも可能らしい。軍も極秘で研究開発をしてきた技術であったらしいが、ラークスと技術交流が始まったことで一気に技術が完成したらしい。つまりは、地下施設にいてもポータルを使えば即座に部隊を展開できるという事だ。なんとも凄い話だ。


 凄いのはそれだけではない。この地下施設はあまりに広大だ。ドームどころの話ではない。一つの街がすっぽり入る大きさだ。にもかかわらず、地下空間を支える支柱はほとんど見当たらない。これも異世界の技術が使われているらしい。


 さらに極めつけは照明だ。本物の大陽と見間違うほどの光が常に地下施設に降り注いでいる。おまけに、ちゃんと日の出や日没、夜になれば天体や月齢すら再現されるらしい。これは是非とも見てみたい。


 小林曹長が運転するジープは街を周回しながら、遠くに見える各部署の主だった建物を紹介する。


 異世界対策室の基地に始まり、ラークスの大使館、工業施設に研究施設、田園や畑も多い。住人向けのショッピングモールや各種娯楽施設などなど。事前に知らされていなければ、ここが地下都市とは露程にも思わないだろう。


 興味を引かれるのは、オスロの住人達だ。軍人も民間人も、そして異世界人も隔たり無く生活しているように見える。


 俺と巴ちゃんはその奇妙で不思議な光景をただただ驚きながら眺めていた。


「すごい、こんなの見たこと無い」


 巴ちゃんは子供の様にはしゃいでいる。俺も、この時ばかりは童心に帰った気分でいた。


「楓、なんでみんな普通に言葉が通じてるの?エステルは言葉を覚えたって言ってたけど、まさかみんな日本語マスターしたの?」


「それはラークスの魔法のおかげよ。ラークスの住人はエステルが解読した日本語をラークス語に即時翻訳できる魔法の装飾具をドワーフの職人達と作ったの。みんなそれを身に付けているから言葉の壁はここではないわ」


 すごい、もう仲良くなってる。巴ちゃんのコミュニケーション能力は相変わらずだな。


 それにしても、言葉を翻訳する魔法の道具か。これはもう完全にファンタジーの世界だ。だが、それ以上に俺が驚いたのは街に活気が溢れている事だった。こんな活気に満ちた街は今のこの国では珍しく感じる。もう何十年も続く不景気の中で、人間はこうも希望を持って生きられるものなのかと衝撃を受けたのだ。


 今では見なくなった光景に、俺もどこか心が温かくなる気持ちがした。それにしても、あらゆるものが金や手間がかかっているように見える。やはり、国や異世界が管理している施設だから、なのだろうか。


「この街はね、友好世界のラークスとの交易の場でもあるから、お互いの世界の文化の見本市でもあるのよ。なにより、この施設は隔離された施設ということもあって、自由も制限されてしまうから、職員が健康で文化的に働くために国とラークスが協力しているってわけ。話は変わるけど、ここで働く上で絶対に外せない条件があるのだけれども、それがなんだか分かる?」


 唐突な質問だ。だが、この市村という女、行動を見ていると無駄が無いと感じる。この質問も、ただの世間話の話題ではなく、何か意味があるのだろう。


「覚悟がある、ということでしょうか?」


 俺は市村の反応を観察しながら答える。


 ここでの仕事は異世界という未知の世界と接触する特殊な仕事だ。それに、不測の事態もいくらでも起きるリスクはあるだろう。ならば、当然のように命を失うリスクもある筈だ。現に、それは俺達が体験したことでもある。


 だが、巴ちゃんは少し違った意見を持っていたようだった。


「故郷を愛する心ですか?」


 市村とエステルは満足げに頷いている。


「どちらも大事だけど、特に重要視されているのは、巴の考えね」


「市村の言う通りだ。オスロは異なる世界の文化や技術に触れることが出来る唯一の場所。異世界はとても魅惑的なものなのだ。決して多くはないが、異世界に魅入られ、故郷を棄て渡ろうとする者は少なからずいる。中核世界にも、ラークスにも。


 だが、節度を弁えぬ交流は互いの世界にとって後戻りのできない程の不利益をもたらすことも考えられる。だから、故郷に愛着心が無いものや異世界の魅力に囚われる者はここでは働くことはできない。冷静で分別をもち己の居場所を弁えている者ではないと務まらないのさ」


 なるほどそういう考え方か。


 確かに、それはとても大事なことなのだろう。異世界はあくまで異なる世界にほかならない。アレクや他の異世界転移者達のように、あたかもゲームやマンガの世界に入り込むのとは訳が違うのだろう。俺達の世界がそうであるように異世界にも、日常を生きる人々がいる。種族が違えど、本質的には俺達も異種族の人間も変わらないだろうし。ならば、その生活を無理矢理変化させる事はおせっかいもいいところだ。


「あの、ちなみに魅入られた人ってどうなったの?」


 巴ちゃんはビクビクしながらも質問を投げかける。


「記憶を消して後、解雇するだけよ」


「えっ、それだけ?」


「口封じでもすると思った?政府もそこまで人でなしではないわ。万が一記憶が回復した時に対応できるよう最低限の追跡調査はしてはいるけど、危害を加える事はしないわ。解雇したとはいえ、元仲間だったわけだしね」


「そっか・・・」


 巴ちゃんはなんとも微妙な顔をしている。


「みんな、自分の世界が嫌いなのかな」


「どうかしら。異世界を望む人全員が、この世界から逃れたいと思っているとは思いたくないけど・・・」


 沈黙が流れる。


「その答えは、ここで仕事をしていけばいずれわかるかもしれない。まずは問題に向き合う事からだ。ほら、もう基地に着いたぞ」


 エステルは正面に見える基地を杖で指し示す。


 見た目は軍の基地そのものだが、基地内はなかなかのカオスを呈していた。


 基地内では、ちょうど射撃訓練をしているところだったが、通常装備の兵士に混じり、奇妙な恰好をした兵士が混じっている。模様やら装飾品を身に付けた兵士は小銃を発砲すると、鋭い光の弾が発射された。その威力は大砲でも打ったかのようだ。


 さらに別の兵士達がそれぞれ発砲する。


 発射された弾は、火球や雷、水の弾や氷の塊、様々な形をとり目標を破壊していた。


「エステル、魔導兵士の育成は順調のようね」


「あぁ、これなら近いうちに実戦に投入できそうだな」


 二人は鋭い視線で魔導兵なる兵士達に視線を注いでいる。


 ジープはさらに基地内部へと進んでいく。今度は広い草原のような開けた土地が見えた。


 奥では数台の戦車が物凄い早さで草原を走っている。さらにその後を追いかける大きな蜘蛛のような生き物が見えた。


「なんですか、あれ!」


 俺は小林曹長に尋ねる。


「アレは開発中の新型戦車ですよ。まんま蜘蛛みたいな見た目ですよね。でも多脚戦車ってやつで、あらゆる地形に対応できる化物戦車なんですよ」


 小林曹長が答えている間にも、多脚戦車は目の前を走る戦車達を捕捉し、発砲する。かなりの速さで動いているはずだが、砲身は少しもぶれず、性格に目標にペイント弾を命中させている。


「アラクネの開発も順調のようですね。さすが技術部。相変わらずの変態性能ですね」


「あぁ、あの子達は張り切っていたからな。予想以上の働きをしている」


 兵器開発もラークスと共同で行っているのか。ということはあのアラクネとかいう蜘蛛みたいな戦車も魔法が使える仕様なのだろうか。兵士の魔法銃であの威力なら、この戦車の威力はどれほどなのだろうか。興味は尽きない。


 その他にも、基地の本部に到着するまでに様々な光景を見た。獣人と軍人による対人戦闘訓練や、魔法使い達と兵士達による模擬戦。その空気感はさっきまでの穏やかな空気とは全く違っていた。これはおそらく、戦時の空気なのだろう。訓練のための訓練ではなく、生き残る為の訓練。


 実戦さながらの訓練を目の当たりにし、俺は気圧されていた。さっきまで覚悟を決めたつもりだったが、この光景を目の当たりにし、早くも心が折れそうだ。

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